電車で出会った女子高生が僕のことをお兄ちゃんと呼んでベタベタしてくる
ゆーき
第1話
「あの、待ってください、おじ……お兄さん」
朝、通勤客でごった返す駅のホーム。
それから、覚悟を決めたように、身体ごと向き直ると、少女が続く言葉を口にするより先に、頭を下げた。
「あのっ! 不快な思いをさせたならごめんなさい! でも僕は、痴漢とかそういうつもりはなくて……満員でぎゅうぎゅうで、動こうにも動けなかったんです!」
制服姿の、高校生の少女に、スーツにネクタイを締めた大人の男である自分が深く頭を下げる、などという光景は、なんとも間抜けな絵面だっただろう、と慎吾は思っていた。
しかし、それ以外に選択肢はなかった。慎吾に痴漢、要するに、乗車率の高い電車で偶然を装って少女の身体を触ろうという意図はなかったが、意図がなかったこと、などは、証明ができない。一方で少女が、この男に身体を執拗に触られた、この男は犯罪者である、と糾弾すれば、慎吾に言い逃れはたぶんできない。全く触っていない、言いがかりである、というのなら鑑定でもなんでもしようがあるのかもしれないが、先ほど自ら口にしたように、事故の影響でダイヤが乱れた電車内は凄まじく混雑していて、少女のすぐそばにいた慎吾は、彼女から離れることも、向きを変えることすらもできなかった。激しく押されて、彼女と密着していた。せざるを得なかった。それは、確かなのだ。
そういう中でもできるだけ彼女に触れないように、少なくともデリケートな部分には触れてしまわないよう、努力はした。しかしそういう努力など、自分の無実を証明する要素には、なってくれない。
であれば、無礼は誠心誠意、詫び、避けられない事態だったと説明して、理解してもらうしかない。とすれば、できることは謝ることだ――慎吾はそう考えたのだ。誠意を見せて、それで相手が自分を糾弾するとか、慰謝料を要求してくる、とかしようとするならば、そのときは受けて立とう、出るとこに出よう、そういう覚悟が、慎吾にはあった。
さあ、どう出る……こっそりと息を呑んだ慎吾に、少女は言った。
「あっ、はい! わかってます!」
驚いて顔だけを上向けた慎吾に、少女は少し、慌てた様子を見せた。
「あっ、あの、すいません、わたし、そういうつもりじゃなくて……頭を上げてください」
彼女は周囲をキョロキョロと見回した。奇異の視線が向いていることを、気にしたのだろう、言われたとおり、慎吾は頭を上げた。
そんな彼に、少女はぐっと近づいてきた。不意の接近に、思わずのけぞる慎吾。
彼女は構わず、そんな慎吾に顔を近づけ、言った。
「あっ、あの……明日――明日の朝も、同じ時間、同じ車両に乗ってください!」
「…………えっ?」
慎吾が聞き返したときには、一歩離れた少女はペコリと頭を下げ、それから人目を気にするように、急ぎ足で駆け去った。
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