部屋の中の少女(お母様視点)

 結局、浮気相手の子供ルネリアは、ラーデイン公爵家にやって来た。

 最初に見た時、彼女は明らかに怯えていた。それは、そうだろう。ここは彼女にとって、未知の場所なのだから。

 それを、私はいい気味だと思っているのだろうか。自分でもそれがわからなくて、ただ自嘲的な笑みを浮かべることしか、私にはできなかった。


「さて……」


 私は、ルネリアの部屋を訪ねることにした。

 何れは、顔を合わせなければならないのだ。それならば、一度話し合っておいた方がいいだろう。

 そう思って自分の部屋を出てから、私は色々と考えていた。

 あの小さな子に対して、自分は何をするつもりなのだろうか。この胸にある激情をぶつけるつもりなのだろうかと。


「あら? 何をしているのかしら?」

「あ、奥様……」


 ルネリアの部屋の前まで辿り着くと、そこにはメイドが立っていた。

 彼女は、私の方から気まずそうに視線をそらす。私とこの部屋にいる彼女の関係性を考えて、そうしたのだろう。


「例の子は、ここにいるのかしら?」

「は、はい……ですが、今は入らない方がよろしいかと」

「……どういうこと?」

「それは……」


 私の視線に怯えたのか、メイドは少し怯んだ。

 それによって、私は今自分がどういう顔をしているか理解した。私は怒っているのだ。恐らく、ルネリアという子に向かって。

 しかし、それでもメイドの言っていることが気になったため、私はそっと戸を開けて中の様子を確認してみる。それは、私の中に残っていた理性が取らせた行動なのだろう。


「……お母さん」


 部屋の中を覗いてみて、目に入ってきたのはベッドの上で泣いている少女の姿だった。

 その女の子は、枕に顔を埋めながら、泣いている。苦しそうに、母を呼びながら。


「……」


 私は、そっと戸を閉めてメイドの方を見た。すると、彼女がなんともいえない表情をしている。

 私は、どうすればいいのだろうか。そう問いかけたかったが、そんなことを言われても困るだけなので、それは言わないことにする。


「困ったものね……」


 代わりに口から出てきたのは、そんなか細い感想だった。その感想に対して、メイドはゆっくりと笑みを浮かべる。


「奥様は、お優しい方ですね……」

「そうかしら?」

「はい……奥様程、お優しい方を私は他に知りません」


 メイドから返ってきたのは、そんな言葉だった。ここで部屋に入らなかった私に対して、彼女はそういう感想を抱いたようだ。

 それに、私はどういう表情をすればいいのかわからなかった。お礼を言うこともできず、ただ押し黙ることしかできない私は、もう一度だけ部屋の中の様子を窺う。


「お母さん、お母さん……」


 ルネリアという少女は、今どのような気持ちなのだろうか。

 母を失い、見知らぬ場所に連れて来られて、それで彼女はどんなことを思うというのだろうか。

 それに対して、私はどうするべきなのだろうか。それが私には、未だにわからないのだった。

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