善は急げ、世辞も方便

和登

善は急げ、世辞も方便

「私って何してるように見えますか」

本間ホンマは質問に答えられずにいると女性はおもむろにこちらに手を伸ばしてくる。その手は彼の左側を向いていて、避けた本間は鎖骨の上にあるほくろに目がいっていた。


 数分前

店内は学校の教室ほどのスペースに12、3組が座れる席が用意してあり、いわゆる懐メロが流れている。木目調で統一している空間は高級でもないが安っぽくもない気取らない居酒屋然としていた。


『相席の開始はカンパイから』

元来酔いが進みやすい本間にとってこの酒場のルールは少し厳しいものだった。


悪友である山岸に連れてこられたのがこの居酒屋なのだ。彼とは店に入ってそれきりだ。これもルールらしい。


店内には学生時代に流行ったアイドルグループの恋愛歌が流れ始め右手の席でその話題をしている。


彼の手元には最初に注文したジョッキ入りのハイボールと同サイズの水だけ。せめて食事だけでもを楽しみたいと厨房の方に目をやる途中、ちらと女性と目があった。彼女は向かいの男性に軽く会釈をすると飲みかけのグラスを持ってこちらに歩いて来た。


「こっち、いいです?」座りながら女性は言う。

「構いませんよ。どうぞ」本間はさっきのが色目だと思われてやしないかとヒヤヒヤして次の言葉は出なかった。


 お待たせしました!焼き鳥3点盛りでーす!

 元気いっぱいの店員から焼き鳥が置かれる


「さっきの人、質問ばっかりして」女性が言う。そうなんですかと本間。

「せっかく楽しく飲みたくて来たのに仕事何とか血液型はとか」

「話題が無い人の話し方ですよ」それくらいならこっちの話を聞けばいいのにとため息をした。

「結構来てるんですか」ああこれも質問かと本間はあわてた顔をした。

「初めてなんですね、わかりますよ。私は…3回目かな」

「最近って出会い少ないじゃないですか、コンカツなんてタイプじゃないですけど」ついでに飲めるしとグラスに口をつける。カンパイを忘れていた。


グラスワインを飲む彼女は白のブラウスとそれが際立つ褐色の肌をしていて髪はふんわりアップでまとめており、ひと束が右耳から垂れていた。一人で来ているんだろうか。


「知らない人とご一緒できるのは確かに新鮮で刺激的ですよね」

「若い子はアプリで上手いことしてるんでしょうけど、わかんないですし」おもう所あるのだろうか。


彼女の話がだんだんと悩み相談になる気配を察知して本間はよかったらとさっき届いた焼き鳥を差し出す。あ、いただきますと彼女はねぎまを取り少し黙ったあと言ったのだ。


「私って、何してるように見えますか?」



 そして今

鎖骨に目がいく本間に

「唐辛子もらっても」申し訳無さそうな声に本間はもちろんと対応した。気まずい

せっかくなら楽しく食事をしたい。そう思った彼は言う


「女優、ですね。若い子に人気の頼りになるお姉さん役が多そう。初対面でも話しやすいようにリードしてくれているので」


今年一番のはったりだ、自信を持て。


そうすると変に甘えられちゃったりしますよねウンウンと続けていると、女性はごくりとねぎまを飲み込んで「少し失礼します」と席をたった。



焼き鳥の残りの皮を頬張りながら店内音楽が失恋歌に変わっているのに気がつく。

あって間もない相手を褒めたところで世辞と取られるだけか。しょっぱいなこれ。


ぼうっとしているところに「お待たせしました」と彼女が戻ってきた。黒縁メガネをかけていて雰囲気がより落ち着いてみえる。


「さっきの大外れですけど、なんか笑えて、泣けて来ちゃったんです」そしたらコンタクトがと説明される。

「末っ子なんでお姉さんって憧れなんですけど、まわりからはそんな風に見えたりするんですね」



あー楽しかった。よかったらまたご一緒しませんかと帰り際に連絡先を交換した。初の相席、なんにせよ今回の食事が楽しめてよかったと本間はほっとした。



一連にやりとりを聞いた山岸にこのラッキーボーイがと恨まれるのは後の話である。


 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

善は急げ、世辞も方便 和登 @ironmarto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ