第222話 『処女を捧げに』②
そんな事があった翌日、非常事態に見舞われた。
リカが昨日は有難うと言って珍しく学校で声を掛けてきた。シルトはガードマンがいる事を思い出して急に警戒した。しかしリカは構わず話しかけて来た。なんだか開き直ってるみたいだった。
「昨日私と一緒にいたあの男、私をあそこでホテルに誘ったの。とても不快だったから喧嘩になったのよ。男ってどうしてあんなにイヤラシイの?身体にしか興味がないのかしら?」
リカが明らかに責めてる。何故か俺の事を・・・・シルトは困惑した。
「そんな男ばかりじゃないと思うけど・・・」
この回答は正解だろうか。慎重にリカの顔を見つめる。
「ねぇあなた、そう言えば私には手を出さないって言ったわね。どうして?興味が無いから?ずっと不思議だったの」
「・・・・どうしてそんな事聞くの?」
「教えてよ」
「それは・・・・リカは・・・・・」
本当に特別だからだよ、でもそれは言えない。
シルトは答えに困って言わなくても良い事を言ってしまった。
「それは・・・・、処女だから。手を出したりしないよ」
ああ!しまった。なんでこんな事言っちゃったのかな!
何か間違った方向に行かないといいけど。シルトは困り果てて背中に大汗をかいた。
「どうして処女だとわかるの?違うかもしれないじゃない」
「・・・・・分かるよ。リカはずっとエイチの事を追いかけていたし・・・・」
「そうね、でも違うかもしれないわ」
シルトは首を振った。
「リカが交換条件を出しに来た時、気がついたんだ」
コートを拾い上げて腕に触った時にそう感じた。ほんの少し腕が触れただけだったのに、とても恐がって怯えた顔をした。あの夜の事は忘れられない。
リカはシルトの事を睨んだ。そして、
「じゃあ、私が処女じゃなくなればあなたの態度も変るの?」
「え?」
リカ?言っている意味が分からないよ?
・・・そういうわけじゃないよ。どうしてそんなに怒るんだろう?
おかしいよリカ。
彼女はカールした美しい髪の毛をなびかせながら振向くとそのまま怒ってどこかに言ってしまった。
取り残されたシルトは狐につままれたかの様に放心してその場に佇んだ。
シルトは仲間と一緒に食事をした後、夜になってもリカが言った意味が分からずトレーラーに戻って本を広げながらその事ばかり考えていた。
ホットココアを入れたのに何故か飲む気にならなかった。ぼーっと考えを巡らせている時だった。
バンッ!
突然、大きな音がしてトレーラーの扉が開いた。そしてなんと中に入り込んで来たのはリカの父親だった。片手に猟銃を持っている。
「うわあああああああああ!」
シルトは真っ青になった。
殺される!
父親は入ってくるなり顔が真っ赤で怒り狂っているのが分かった。
シルトはベットの上に正座になり、両腕を上げて降伏した。
「娘を出すんだ!」
「知りません!ここへは来てない!本当だ!見て、どこにも居ないよ!」
シルトはトレーラーの中を見回して見せた。
父親は舌打ちすると外に出た。シルトは直ぐにそれを追いかけて聞いた。
・・・まさか!
「ねぇ!リカがどこかへ泊まりに?」
父親が何か知っているのかと勢い良く振向いた。
「友人の家に泊まると置手紙を残して行方が分からなくなった。お前のところじゃなければどこに行ったんだ!」
「マズイ!どこかの男のところだったらどうしよう!」
シルトは真っ青になった。
「なんだって?」
シルトは慌てて靴を履くとトレーラーから飛び降りた。
「あの、どうやって、その・・・話して良いのか分からないけど、こんな事説明しにくいなぁ!あああ!もうっ!」
父が興奮して叫ぶ。
「早く言え!」
「リカに、今日の昼『処女じゃなくなればあなたの態度も変るのね』って意味不明な事を言われたんだよ!」
「なんだと?」
二人は大急ぎでスペンサーの車に乗り込んだ。
「何としても止めなきゃ!どこの誰とも分からない男にリカを犯されたくないよ!」
「そんな事断じて許さん!どうしてそんなバカな事を急に言い出したんだ!」
「あんなに奇麗で神々しい人はこの世にいないよ?エイチにならともかく、その辺の男にバージンを奪われるなんて信じられないよ!」
「同感だ!」
「思い当たる節は無いの?」
「リカに電話しろ!」
「あなたが変えちゃったから知らないよ!」
「これを使って掛けろ!」
父はシルトに携帯を渡した。
「いや、私が掛けると警戒して出ないかもしれん、お前のを使って掛けろ!」
「分かった!」
二人は大慌てで方々に電話を掛け、リカの行方を追った。
行きそうな店にも行ったし、レストランも探した。友人達にも全員に連絡したが見つからなかった。
三時間も探し続けた。二人は疲れ果てて車から降りた。そしてノースバンクーバーのフェリーの発着所であるウォーターフロントに着いて車を停めると二人は海に向かって佇んだ。
遠くには真夜中のダウンタウンの夜景がきらめいていて美しかった。二人は困り果てて放心した。
一体どこの誰に処女を捧げる気なんだろう・・・信じられない悪夢だ。俺がもっと早くに気がついていればこんな事させなかったのに、それに、俺があんな話をしなければ思いつかなかったかもしれないのに。リカは気が強いし、負けず嫌いだから俺にあんな風に言われて悔しくなったのかもしれない。
悪夢だ・・・・リカが・・・・
変な男の手に!
シルトは泣きたくなった。
「・・・リカみたいな輝いてる子に会った事がないよ。かわいい子も美人な子も大勢知ってる。でも、あんなにキラキラしていて神々しいのは彼女しかいない。初めて見た時に天使だと思ったのを覚えてる。もう何年も経つのに彼女はいつまでも気高くて、遠い存在で高嶺の花で手が出ない。世界一美しいのにリカはエイチの事を諦めた。恋が叶わなくて本当に可哀相だった。でも仕方が無いよ。リカは『今度は誰かに愛されたい』ってずっと言ってたんだ。口先で愛してるなんて言うのは簡単だよ、そんな男になんて抱かれて欲しくない。リカには本当に幸せになって欲しいんだ。ずっと片思いだったんだから今度こそ好きな人と一緒になってほしいんだよ。本当にそう思ってる」
リカの父は疲れきった顔でシルトの事を見た。
「お前は最低の男だ。しかし、リカの事を大切に思っているようだな。ろくでもない奴なのに」
父は金色の瞳を見て言った。
「何故、処女を抱かない?」
男同士の会話が始まる。
シルトは柵に肘をついて遠くの夜景を見つめながら言った。
「恐いんだ」
「何言ってるんだ?毎日の様に女を変えてる遊び人が。保護者の間で有名な話だ。お前に娘を近づけるなとな」父は鼻で笑った。
「だって・・・その・・・」
「遠慮するな。言ってみろ」
「だって、全く傷が無い小さい穴を自分ので突き破って血が出るだなんてオカルトじゃないか!絶対嫌だよ」
リカの父は眉をしかめてシルト見ると言った。
「・・・・お前は男として間違ってるな」
「そうかもしれないけど、傷つけたくないんだ。痛がる事なんてしたくない。嘘だと思うかもしれないけど、今まで女の子を無理やり抱いた事なんて一度も無いよ。強引なマネもした事無い。女の子に嫌な思いなんてさせないよ絶対。気持ちよくなってもらいたい。シルトって優しいのね、って褒められたいんだ」
シルトは自分のセックスを彼に熱弁した。そして我に返ると、
「どうして、あなたとこんな話をしちゃってるのかな・・・・・・」
そう言ってうつむくと深いため息をついた。
「お前はリカを好きなんじゃないのか?」
シルトは黙った。
「・・・大好きだよ。でも近寄れない。絶対手を出さないから安心してよ。恐くて何も言えないんだ。大昔に一度フラれてる。それに、汚らわしいって言われて手を払われた事もあるんだよ。それぐらい嫌われているから安心して。それに彼女に手を出そうだなんて一度も考えた事無いよ。リカは天使なんだ」
リカの父はあっけに取られた。
「・・・・」
そしてしばらく空中を睨んで考え始めると、急に怒り出した。
「だらしない男だ!そんな事でどうする!もっとしっかりしろ!片思いが叶わないと言って好きでもない女を次から次へと抱くだなんてただの負け犬だ!いい加減な男じゃないか!両親に対して恥かしくないのか!」
「恥かしいから家出したんだ」
「けしからん奴だ!人間のクズだぞ!」
「・・・そう思うよ」
「兄弟は何人いる?」
「8人」
「そんなにいるのか?!」
父はビックリした表情でシルトを見た。
そして勝手に子沢山の貧しい家庭を想像した。
教育が行き渡らない酷い環境で育ったに違いない・・・・
「何故あんなに汚らしいところに住んでるんだ?学校の寮はどうした?」
急に惨めな子供のように思えて来た。
「本当は寮にも入れるけど、自由な暮らしが好きなんだ。寮則とか嫌いだから。門限とかね。自分で好んでそこにいるから気にしないで」
確かに俺が気にする事ではない。金が無いのか?
「学費はどうなってる?卒業できるのか?」
「うん。実家からちゃんと送って貰ってるよ」
「メシはどうやって食ってるんだ?」
「メシ?朝はジャムパンを食べて、後は学校のカフェテリアだよ。時々仲間とダウンタウンのレストランにも行くけど・・・・・それがなんなの?」
「そうじゃない。食費はどうしてる?どこかから金を盗んでるのか?」
「え?誰から?そんな事一度もした事が無いよ。ちゃんと自分のお金で払ってるよ。大昔にお腹が空きすぎてドックフードを犬から盗んだことはあるけど。アハハ!」
「ドックフード!・・・・」
父は驚愕してシルトを見つめた。そこまで貧しい家庭とは・・・
シルトは何を勘違いされているのか分からずぽかんとして父を見つめた。
こいつは、浮浪者みたいな男なんだ・・・不幸な生い立ちに、心までネジくれ曲がっていて最低の奴だ。娘が汚らわしいと言って手を払いのけるのも頷ける。正解だ。しかし、どうにかならんものか。近くで見ると中々優しそうな顔をして、性格が穏やかだ。悪い男じゃないのに。
「・・・・・」
娘の相手にはふさわしくない。しかし、本当の恋愛を知って愛する他の誰かとまともに付き合うべきだ。
父はそんな事を考えながら渋い顔でシルトを見た。
もう夜中の二時を回っていた。
父はリカと誕生日に行った三ツ星レストランの事を思い出して聞いた。きっとあんなご馳走一度も口にした事が無かったはずだ。必死にマナーを習得してから行ったに違いない。店長が妙な事を言ってたな。完璧なマナーだったとかなんとか・・・
「三ツ星レストランに娘と行ったな?異世界だったろ?マナーを練習したのか?」
「え?マナー?テーブルマナーは大嫌いだよ。あんなのもう二度と勉強したくない」
イギリス式とかフランス式とか各国の言い分があって、客のマナーに合わせるのが大変だからね。大嫌いな勉強の一つだった。
「シルト、世の中には金が必要だ。良い女を手に入れるにはやはり金が必要なんだ。分からんのか?もっと真面目になれ。メインに居られると言う事はそれなりに勉強は出来るのだろ?だったら両親に恥じんようにもっと勉強して成功しろ。そうすれば周りもお前を見直すだろう。それからいい加減な女遊びなど絶対止めろ!変な性病をうつされて終わりだぞ!いいな?」
「もう女遊びはしてないよ。それから誰からも病気は貰ってない。健康診断もオールクリアで血液検査も大丈夫。だから心配ないよ」
どうしてこんなに変な会話になってるんだろう。
リカの父親からなんで俺が説教を?
わからないよ。なにもかも。
それにしても・・・・リカ、どこに居るんだろう。
父親と別れた後もシルトは港に残って夜風に頭を冷やした。
最低の夜だ・・・・
頭の中に急にチベットの寺院が思い浮かんだ。黄色い袈裟を巻いて、手を合わせて歩く僧侶の姿が目に浮かんだ。壁に書かれた派手な仏像の絵を図書館で見たことがあった。異世界の文化だ。女の気配が一つも無い世界で、男僧だけが黙々と修行をこなす。そこには恋愛とか、キスとかそんなの無い。「無」があるだけだ。今はそんな世界に憧れてしまう。
誰か・・・・助けてくれ・・・・
シルトは何度もお経の様に小さな声で唱えていた。
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