第13話 『熱い視線で』
今日は練習が終わった後、ミーティングがあった。
マチがモリエルに言われた通り掃除用具をもってミーティングルームに向っていると、廊下でSが角を曲がってやって来た。
「S!」
Sはマチが掃除用具を持って一生懸命掃除をしてる姿に嬉しくなり微笑んだ。
「頑張ってくれてるんだね。ありがとう。君のおかげで助かってるよ。男の力だけじゃたいして奇麗になら無いんだ」
マチは真っ赤になった。
微笑んでるSはなんでこんなに素敵なの?ハンサムで性格も優しくて何から何まで本当に最高だわ!私が今誰と話してると思う?Sよ?私の憧れの人、マネージャーになれてよかった事はここなんだから!これからはSに会える。ここにくればSに会えるんだわ!マチは目をキラキラさせてSを見た。
軽い挨拶をしただけでもマチは天にも昇る気分だった。リンクに戻るSの後ろ姿がかっこ良かった。彼に恋焦がれるマチにとってはどんなしぐさも愛しかった。
マチはSが去った後も今の会話を何度も何度も繰り返し思い返しては一人微笑みながら嬉しそうに掃除した。夢うつつでそんな事を考えながら仕事をしていたのですっかり遅くなってしまった。もうそろそろ部員がロッカーに戻って来てしまう。急がなくては!
モップを持ったまま急いでロッカーを出るとそこに帰ってきた部員達と鉢合わせした。
マチは男達よりも軽いので簡単に掃除用具もろとも突き飛ばされてしまった。
「きゃぁ!す、すいません!」叫ぶマチに男達は苦笑いをしながら、
「あぶねーな、早くどけよ。また俺達の裸を見に来たのか?」
「ぎゃははは!」
とマチを馬鹿にしてロッカーに入っていった。
ところがマチは何を言われても、それどころではなかった。ぶつかった拍子に眼鏡が下に落ちてしまった。
どうしよう!どこにいったの?探さなきゃ!結構突き飛ばされたから眼鏡もとんでもないところに行ってしまってるかもしれないわ!何も見えない!
マチはパニックになりかけていた。すると、マチの手が誰かの足に触った。
「何やってるんだ?はいつくばって。こんなところに金は落ちてないぞ」
低い意地悪な声がした。エイチ!
なんで、よりによってこんな時に来るのよ!あぁ、もう絶体絶命だわ。早くこの場から立ち去りたい!マチは立ちあがってよろよろしながら壁を探した。眼鏡は諦めてとにかく一旦エイチの前から消え去りたい。壁伝いなら歩けるわ!
エイチはマチが妙な動きをしているのを見て不審に思った。
なんだ?壁を探してるのか?
すると、少し向こう側から
「マチ?眼鏡落したの?ここにあるよ」そう言ってSが眼鏡を拾ってマチの手元に渡してくれた。
「S!」マチは声だけでSだとわかった。
この万事休すの事態に急遽現れた人がいつも助けてくれるSだったことが何よりも嬉しくてマチは思わず喜びを身体全体で表現してしまった。
「ありがとうございます!眼鏡が無いと何も見えないんです!本当にありがとうございました」
マチはSから受け取った眼鏡を掛けるとようやく落ちついた。後ろにエイチがいることも忘れ、Sの優しい笑顔に惚れ惚れして酔っていた。
「何も?見え無いだって?」
一部始終を見聞きしていたエイチの頭はいつになく高速回転し始めた。
そうか、この女は『何も見えない』んだ、だからいつもダサい分厚い眼鏡をして。これでわかった、乱入してきた時のあいつの事をよく覚えている。
片方しかレンズが入ってなかった。もう一つは曇っていたしひびが大きく入っていた。あいつは見えてなかったんだ。
エイチは目の前の無防備な蛙を一のみにしそうな蛇のような鋭い目つきでマチを見た。
Sが近くにいようが容赦無く食いついてやる。馬鹿女め、これでお前ともおさらば・・・
ふと、エイチは冷静になった。
この女、平気な顔をしてるってことはまだ気づいてないのか。鈍すぎてなんで自分がマネージャーに合格したか知らないのか?
彼は時に高ぶる自分の感情を一瞬整理して見直す事があった。相手がより一層傷つくやり方が無いかと試案するのだ。そして今回も思いついた。
そんなエイチを目の前にマチはうかつだった。何も知らないで熱い視線でSを見つめ続けた。
「・・・・」
Sを見ているな。その目は・・・・
エイチはその事実に気づくと言葉では言い尽くせないような意地悪な顔になった。世界で一番おもしろい物をみつけた悪魔のような口元だった。
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