第6話 『犯人を見つける』


 バンッ!

 彼はロッカーの扉を閉めた。再び暗闇に戻ったマチは息することなくひたすら固まるしかなかった。外で声が聞こえる。

「おい?どうした、エイチ?」

「・・・何でも無い」

「早くしないと間に合わないぜ?ミーティングに遅れるとコーチがうるさいからな」

「・・・・・リンクに忘れた物がある。先に行っててくれ」

「――?ああ、分かった、早くしろよ?」

 一斉にロッカーが閉まる音がして全員が二階のミーティングルームに急いだ。

「エイチ!本当に急げよ?」

 Sは心配そうにエイチを見て声をかけるとエイチは振り向きもせず

「うるさい!先に行ってろ」と乱暴に答えた。

 移動した部員達の後には静まり帰った空気だけが残った。更衣室にいるのはエイチ。そしてもう一人、ロッカーの中のマチだけだった。


 誰もいなくなったのを確認するとエイチは再び自分のロッカーを開けた。

「っクソ野郎!なんでこんなところにいるんだ!」

 エイチが怒ってるのが痛い程分かる。マチは自分が被害者にもかかわらず怒りでわなわなしてるエイチに申しわけ無いような気持ちになった。

 青い目が恐ろしい程光り、目の下が痙攣するように小さく震えている。物凄く怒っている。

「――――」

「いつやられた?誰にやられた?男か?女か?言え!」エイチの低い怒声が尋問を開始した。

「――――」

 エイチはマチがガムテープで何も話せないことにようやく気づくと「チッ」っと舌打ちして乱暴にマチをロッカーから引きずり出し、遠慮無く一回でガムテープを引き剥がした。

「痛いっ!」 

 悲鳴を上げたマチにかまわず、エイチは質問攻めにする。マチがあられもない姿をさらしている事には無頓着なようだった。怒りに燃える瞳は痛い程まっすぐにマチの瞳を凝視していた。

「誰にやられた?なんで俺のロッカーにした?名前を吐くんだ!」

「・・・・ご、ごめんなさい・・・・」マチは彼に謝った。怖くて目を合わせられない。

「質問に答えろ!」彼の低い声が恐ろしい。

「あ・・・の・・・」

 答えなければ答えないだけエイチはマチににじり寄って圧倒した。そして腰をかがめマチの視線に自分の顔を持ってくると威圧的に聞いた。

「よし。お前は服を破かれ、口にガムテープを貼られた。手も足も縛られて動けなかった。ロッカーから出る事さえできなかった。つまりお前が犯人じゃない。自分で入ったんじゃ無い」

「・・・・」

「誰がやった?お前に恨みを持ってる奴か、それとも俺に恨みを持ってる奴だな」

 マチは首をほんの少しだけ左右に振って『違う』と無意識のうちに合図した。

「違う?じゃあ、お前に恥を掻かせるために俺のロッカーに入れたんだな」

「―――」エイチは細い目をし、視線を動かさずに首をかしげた。

「なぜ犯人の名前を吐かない?こんな恥を掻いた上に俺に殴り殺されたいのか?」

「ち・・・違うわ・・・・」

 ようやくマチはそう答えるとエイチから顔を逸らした。

「違う?早く吐くんだ!どうせ女だろ?お前を憎んでる腐った女だ!名前を言うんだ!タダで野放しにするつもりか?お前がどう思おうが俺は絶対に許さない!この俺のロッカーに腐ったネズミみたいな汚い女が押し込められていたんだぞ!仲間に知れたら格好の笑いもんだ。必ず復讐してやる。これがどういう事なのか分からせてやる!」

 マチは目の前でシャウトされて恐怖で身体がビクッとなった。

 名前は絶対言えない。ロアンナの為に。

「なぜ言わない?」青い目がマチの瞳に容赦なく入り込み真実を探そうとした。

「――――そうか」

「・・・・」

「名前を言ったらどうにかすると脅されたな?」

 この男は、勘が良い・・・私が言わなくても彼女達が見つかるのは時間の問題のような気がした。

「言いだろう。お前は首を縦と横に振るだけで良い」

 何?何を考えているの?

「分かったら首を振れ」

 ・・・・こくっ。訳もわからずマチは静かにうなずいた。

「犯人からお前が言われたのは名前を吐くなってことだな?」

「こくっ」

「じゃあ、名前は吐かなくて良い」

 エイチは目を閉じてまた開くとさっきよりは落ちついた目つきになった。こんな状況なのに恐怖の中、マチはエイチをこんなに近くで見るのは始めてで不思議な気がした。目鼻立ちが異様な程はっきりしている。

「髪は何色だ?ブラック、ブロンド、レッド・・・」

「こくっ」

「赤だな。校内に何十人もいるな。長いか、短いか?」

「こくっ」

「目の色を言え。グリーン、ブルー、バイオレット、グレー、ブラック、ダークブラウン・・・・」

「こくっ」

 エイチは特徴を言わせて見つけ出す気だわ。確かにこれなら私が名前を言った事にはならないけど・・・・マチは必死にジャスパーの容姿を思い出していた。

「特徴があったか?例えば『ほくろ』・・・・」

「こくっ」

 確かに右の頬にはっきりしたほくろがあった。そのほくろが上がった目じりを更に押し上げていて、気の強さを強調していたのが思い出された。

「口の周り、鼻の近く、頬の近く、目の近く・・・」

「こくっ」 

「左目、右・・・」

「こくっ」

 エイチは質問を止め天井を仰いだ。しばらく考えると言った。

「何人でやったか当ててやる」

「・・・・・?」

「三人だろ」

「!」何故わかったの?

「赤茶の長い髪は校内に何人もいる。ダークブラウンの瞳も多い。だが左目にほくろがある髪が短い女は一人だけだ。ジャスパー・ミリガンだ」

「!」

「その顔は当たりだな。もうお前に用は無い。とっとと失せろ!」

 エイチはマチの腕を離すと残酷で冷たい目線で言った。

「俺がミーティングから帰って来てもこの辺にいてみろ?女だろうが構わない。鼻を潰してやる。今の俺は半端じゃないくらいイライラしてる!分かったか?」

 眉間に寄った皺を見ればそれが本当か嘘かが良く分かった。マチはわなわなする足を奮い立たせ精一杯急いで連れて来られた道を戻った。破られた服をかき集めるようにして誰にも見られないように隠れながら寮へと走った。外は真っ暗だった。

 

 マチが出て行き静かになった更衣室ではエイチが握りこぶしを振るわせていた。

 こんなに腹が立ったのは久しぶりだ。イーストケースに女が越してくると聞いた時と同じくらい馬鹿にされた。この怒りを誰かにぶつけずにはいられない。

 マチが越して来た時、何よりも腹が立ったのは学長に対してだった。伝統ある男子寮に取柄もないただの女を入れる神経が腹立たしかった。緊急とは言え他にどうとでもなっただろう?マチを守る義務を負ってるだかなんだかだがゴタクは知らないが、俺達を侮辱するにも程がある。相手が学長じゃなければ思いっきり復讐が出来たのに。あの時のイライラが未だに治まらない。

 だが、今回は思いっきりし返しが出きる。 

 近くに犯人がいるからな。しかもその女は浅はかだったな。マチに恥を掻かせることに必死で俺がどう思うかなんて考えなかった。馬鹿な女だ。 

 残念ながら俺は女に甘くない。馬鹿にされたらそれだけの報いは受けてもらう。必ず。

 バトミントン部、十一グレードD組、ジャスパー・ミリガン。

 よりによってあのブスをこの俺のロッカーに入れるとはな!

 何百倍にもして仕返ししてやる!

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