これはとある鬼の話
外山文アキ
プロローグ
夜も更けた深夜二時。夜の雨でジメリとした暗い路地裏には二つの人影があった。
「別にいいじゃんかお姉さんよおぉ俺と遊んでくれよぉ……」
一つの影がそう言って病的なまでの興奮気味に呼吸を荒くしている。
「だから嫌ですって……なんでこんなとこまで連れてくるんですか! 腕離してくださいよ警察呼びますよ!!」
もうひとつの人影は、必死に抵抗を試みているが、あくまでも男と女。力の差は大きく、掴まれた両手を動かすことはできない。
「いい加減離して下さいよ……」
「うるせえぞクソアマァ!」
そう食い気味に叫んだ男は折りたたみ式のナイフを取り出すと、女はそれを見て小さく恐怖を口からこぼした。
「エッへへへッへへ……黙っとかないとどうなるかわかるよねお姉さん……。大丈夫だよきっと楽しいさ……リラックスしなって──」
その瞬間、男は自分の腕に鈍痛を感じ、ナイフを落としてることに気がついた。しかし、何故そうなったのかを理解することができずに動揺し、その隙に女性は男の腕を振りほどいた。そして男はそれと入れ替わるかのように、何者かによって首を締め付けられていた。
「できるだけ遠くへ走って逃げて!」
その声の主は叫ぶ。女性は一瞬戸惑ったような顔を見せたが、「早く!!」と急かされ、すぐに我に返って走って逃げていった。
「なっにしやがんだぁってめえぇ!! せっかくの楽しみ台無しにしやがってぇ!」
「知るかよ。お前みたいな屑の楽しみなんて。オレはお前みたいなやつと違って生きるのに必死でな」
「何ほざいてんだてめえ……!!このっ……離せよオイッ! 聞いてんのかぁぁ!」
男は不審に思った。抵抗しても全く動かないのだ。そんなことは他所に、声の主はその腕の力を強めていった。
「お前、腕に針の痕があんな。それも大量に。顔もやたらと痩せてるし、全身がボロボロだ。さては末期だろ」
「アア? なんのことだよ……てか離せッ……そろそっ…マジで…!!」
男は命の危険を感じ、もうなりふり構わなくなって全身を必死に動かして抵抗する。
「お前みたいな屑に屑からの慈悲だ。可食部は少ないがいいか……そんな体じゃ辛いだろう。楽にしてやるよ」
伸びきった爪を立て、爪が剥がれることも厭わずに腕を抉る。粗雑な靴のかかとで脚を蹴る。しかし、男がそんなことをしても力は緩むどころか、どんどん強くなっていく。
「は……何を……言ってん……だよ!ガッ……ァ……クソが……なん、で……女…なんか、に……」
突如として例えがたい鈍い音がした。そうすると、男はすぐに動かなくなってしまった。
彼女は、腕を離し、動かない男を壁際に座らせるようにして置いた。
「うーん……。首とかなら何とか、いけるかな……」
そういうと、彼女は男の首を噛みちぎった。彼女はそのあとも何度か男の肉を貪った。そして、「もういいか」と言って、男の体に手を当てると、男の死体はそこを起点に少しずつ見えなくなっていった。
「……そういえばお前さっき、『女のくせに』とかなんとか言ってたな。オレは女である以前に鬼だからな。人間より強くて当たり前だ。……って、聞いてねえか」
そんなことを言いながら、彼女は路地裏を後にした。
──鬼。それは人の血肉を食らい、魂を喰らう怪物。しかしそのようなモノであろうとも、苦心し常世で足掻いているのだ。そんな鬼の「人生」を辿る物語の結末は、どのようなものになるのだろうか。
これはとある鬼の話。
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