【KAC20226】焼き鳥屋という名の怪盗

ゆみねこ

焼き鳥屋という名の怪盗

 俺の名前は長瀬豊。意外と売れてる焼き鳥屋の店主さ。 


「豊、今日も美味いぞ」

「豊君も立派になったわねぇ」


 選び抜いた肉をばらして、骨を取る。それに串を打って、タレに通して炭火で焼く。

 簡単に言うとたったそれだけの工程で、極上の焼き鳥になっちまう。きっと秘伝のタレがいい味出してんだ。


 親父の代からの常連さんもやっと俺の焼き鳥を認めてくれる様になった。


 曽祖父に代から続いているこの焼き鳥屋はつい一人前まで親父が継いで切り盛りしていた。

 俺とは違って親父の料理センスは非常に高く、客からは凄く人気だった。


 そんな親父だったが、病気でぽっくり逝った。原因は詳しくは知らないが、治療不可能だったらしい。

 それで親父が唯一残していた子供である俺がこの店を継いだ。代々続いてきた店を潰さない様に必死に働く健気な青年──


──というのが表の姿だ。


 俺の裏の姿は『怪盗』。悪どい方法で稼いでいる金持ちから金品をスマートに頂く、言わば現代のアルセーヌルパン。まあ、自称だけどな。

 親父にも誰にも知られていないこの姿。バレたらアウトの危険な仕事。俺はこの滅茶苦茶興奮して、生を実感出来るこの仕事が天職だと思う。


 今回の獲物は須藤正明。表の顔は地方議員、裏は奴隷商の男で、路地裏で子供を攫っては海外に売りつけているクズ野郎だ。

 都内の高級住宅街に邸宅を構えていて、中は表と裏で稼いだ金で手に入れた金銀財宝でザックザクだ。


「さて、準備も終わったし行くか」


 黒のタキシードにシルクハット。今日は黒の蝶ネクタイがイカしてる。

 諸々の小道具を持った俺は玄関口から出ようとすると──


「あんれ、豊の坊ちゃん。そんなに決め込んでどこさ行く気だい?」

「……ッ!」


 隣のばあちゃん! どうしてここに!?

 この格好を見られたのはマズイ。とりあえず誤魔化さなければ。


「ああ〜、近くでダンスパーティーがあってそれに出るんだよ」

「そうだったんか。そうとは知らんで、呑気に串カツ持って来ちまっただ」


 ばあちゃんはそう言うと何処からかプラスチックの入れ物を出して、渡してきた。


「冷蔵庫にでも入れときな。じゃあの、頑張ってな」


 そう言うとばあちゃんは帰って行った。ただ単に串カツを渡しに来ただけの様だ。


「ふぅ〜、なんとかバレなかったか」


 我ながらちょうど良い嘘をついたと思う。お陰で間一髪に所で、怪盗だとバレる事はなくなった。


「って、時間やば。予告状の時間になっちまう」


 俺は仕方がなく、プラスチックの入れ物に入った串カツをタキシードの内側に押し込んで、駆け出した。



♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎



 時刻は午後八時二十九分。目的の部屋に踏み込む一分前だ。

 事前に見つけていた物置に忍び込んで、俺は時間を潰していた。


 須藤はしっかりと警察を手配していて、目的の部屋だけではなく屋敷中に警備を配備していた。

 その中には俺を必死に追いかけてくれている沖田刑事もいる。どうやら俺にご執心の様だ。


 五、四、三、ニ、一……ゴー。

 俺はブレーカーを落として、部屋に飛び込んだ。


 光のない部屋は人間にとって恐怖そのもの。何がどこにあるのか知覚出来なければ、自分がどの状態であるのかすら分からなくなっていく。

 俺はそんな自分すら見失った者達の間を滑りながら宝へ近づいていく。


──その時だった。


 激しい銃声と共に俺の足元に銃弾が着弾した。幸いにも足にダメージはないが、この射撃──暗視ゴーグルを使っているな。

 実はブレーカー落としは今回で使用回数が十回を超える。流石に向こうも対策してくるか。


 俺は仕方がなく、あらゆる方向から飛来する銃弾を避けて宝へと歩を進めていく。


「泥棒! 今回こそは捕まえてやるぞ!」

「捕まえられるもんなら捕まえてみな!」


 依然として銃弾は飛んでくるが、まるでダンスをするかの様な足取りで避けていく。

 おばちゃんについた嘘もあながち間違いではなかったのかもしれない。


「これでも食らいな」


 俺は上着のうちから特製閃光玉を取り出して、沖田刑事に投げつけた。


「ぶべっ……」

「あっ」


 俺が投げたものは沖田刑事の目を塞いだ。狙い通りの効果、狙い通りの結果。

 で、あったが俺の思っていた過程と違う。


「舐めているのか、泥棒め」

「ごめんなちゃい」


 俺が投げつけたのは──隣のおばあちゃんに貰った串カツだった、

 幸いにもパックに入っていたから被害は少なかったが、重さが違うそれは刑事の顔面に直撃して、パン粉やらが掛かってしまった。


 激昂した沖田刑事は俺を狙って拳銃を放ちまくる。

 防弾服に身を包んだ味方に撃とうが関係なし、撃って撃って撃ちまくる機械となった。


「あれ……えーっとこれか。改めて食らえ!」


 俺は串カツではなく、しっかりと閃光玉である事を確認して投げつけた。

 辺りが光で包まれて、警官達の視界を奪う。


 俺はその隙に金目のものを片っ端から頂いて、窓から外に飛び出した──



♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎



「皮タレ十とネギマのネギ抜き五に、ずり九っすね」


 俺はリーマンの注文を取ってから厨房に引っ込んだ。

 俺は客が求める料理達をぱっぱと準備をしていく。


 ちょうどそれらを出し終えた時、新たな客がやってきた。


「いらっしゃい……あっ」

「沖田さん、ここの焼き鳥ちょー美味しいんですよ。だから機嫌直してくださいよ」

「飯で釣られるほど、俺が子供に見えるか」

「見えないですねぇ……」


 今回のお客はまさかの刑事。恐らく正体がバレている訳ではないだろうが……滅茶滅茶心配でスリリングだ。

 何故ならこの沖田刑事、異常に鼻が効く。


「ん? 君……」


 ほら食いついた。面倒なことにならないといいけど……。


「……手先が器用そうだ。いい仕事をしそうだな」

「あっ……はい。ありがとうございます。ご注文は?」

「オススメを」

「了解しやした──」


──俺の焼き鳥屋兼怪盗人生はもう暫く続くらしい。

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【KAC20226】焼き鳥屋という名の怪盗 ゆみねこ @yuminyan

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