ありがたさ
荼八
ありがたさ
アパートから出てすぐ左
いつもひとりで切り盛りしている 焼き鳥屋さんがある
僕は脂っこいのと内蔵が好きだったので ぼんじりをハツ レバーを2本ずつ 彼女のが好きなのは 若鶏 モモ あと ねぎま どうせ彼女は適当な自炊しかしない人だと思いながら ちょっと多いが4本ずつ 余ったら明日にでも食べるだろうと頼み終えしばらく待ちながら 電車や下校する小学生達の声を聞いていた
205号室
相変わらず 汚い部屋だった
玄関は斜めにしないと靴は置けないし
シンクには1週間は放置したであろう 食器類にタッパーの山 もう夏だっていうのにホットの小さなペットボトルにはミルクティーが入ったまま床に放置されてるのが6本は見つかった この部屋に通うようになって 片付けの大切さを知ったが 毎度のように放置されたペットボトルが発掘されるものだから 僕もまだまだゴミをゴミと認識出来ないタイプなんだと再確認をする 部屋の掃除の出来ない人間はちゃんとした大人に成れないなんておばあちゃんによく言われていたが 僕も彼女も言葉の通り真っ当な大人には成れなそうだ それでも彼女が愛おしいのだから仕方がない
シンクの水通りが悪い 後々判明した事だったがいつか飲んだ 瓶のジンジャーエールの王冠が一番底で蓋をしていたそうだ すぐ後ろにある風呂場で洗い物をこなし 乾燥台も無いものだからキッチンペーパーを厚く敷いてその上に大きな鍋や皿から順に積み上げた
冷蔵庫から米を取り出して炊飯器でタイマーのタイマーをセットした あとは洋服とペットボトルに塗れた床を掃除する訳だが何処から手をつけていいものか
洋服は一通り畳んでベッドの上に ペットボトル 空いた缶をそれぞれ分別しながら中身の入ったままのものは混沌としたシンクの中に捨て気休めのパイプユニッシュで匂いに蓋をした
テーブルの上にはピアスやら使用済み未使用のカラーコンタクトが散らばっていたのでそれもゴミ袋 化粧台として使う姿見鏡の中に仕舞う 片側が行方不明になったピアスが二つほどあったがその在処は彼女しかわからないしなんだったら彼女も知らないことだろう
洗い物で手はシワシワ やっと大股で歩かずに済むようになった床に座り込んでベッドに凭れかかる はぁーと大きな溜息を着いて携帯を見る SNSでは今日もあることないこと有象無象の意味をもた無い情報がタイムラインを占拠していた 病んでいる人 子供が生まれた同級生 死にたがり それを虐めたがり やりたい事ができる人 できない人 こんな世界ならいっその事手放してもいいんじゃないかなんてそんな言葉も過ぎる頭の中 どうしようも無いから寝てしまおうかと彼女のバイトの終わる時間に合わせてアラームを掛ける
シェイクスピアはきっともっと葛藤の中で生きていたのだろう 僕は何をしたって鳴かず飛ばずで 彼女と付き合う前まで熱を込めていた執筆もする気力が起きない また一つ溜息に合わせて深呼吸をした 塩酸のキツイ匂いと彼女の香水の匂いが混ざった僕の部屋じゃしない空気が何とも落ち着く気がした
人に害を及ぼす様な 嫌な音がする そのアラームですら聞き慣れたものだったが 目を擦り起き上がる どうにも狭い玄関で靴を履きスペアキーで部屋に施錠をする
一番近くのコンビニでタバコを吸い 線路を超えた正確には駅ビルの下を潜り JRとは違うローカル線の駅に隣接するコンビニの前で時間を潰す 中間レジ締めが上手くいかずに苦戦している彼女の横顔が見えた ハッと此方を見つけたのか顰めっ面が明るくなって軽く手を振ってきた 僕も軽いガッツポーズでそれに返し作業に戻る彼女を見守った 五分程たって萎びた姿勢で店を出てきた彼女に声を掛ける
「お疲れ様 どうだった?」
「ほんとにレジ締め嫌いだよぉ もぉなんであんなに合わないものかねぇ」
「今日 焼き鳥なんだけど他になんか食べたいものある」そう聞きながら 手を繋ぎ帰路につく
「お酒!」お酒だそうで
「じゃぁ コンビニ寄って帰ろっか甘いもんとかも買うか」「牛乳も欲しい カルーアに入れる」焼き鳥にカルーアは合わないだろうと思うがそれは言わないことにした
「あんた もしかして洗い物してくれた?」
「そうねぇ 汚ったなかったからねぇ部屋の掃除もしたけど大丈夫だった?」
「ありがと〜う助かる〜」その言葉が励みで僕は生きてるような気もした
「「いただきます」」
まだまだ狭い床の上に丸い座布団を敷き
向かいあわせで座る コンビニで買い揃えた適当なサラダ ご飯茶碗 カップの味噌汁 それぞれの飲み物と大皿の焼き鳥で机はもう置く場所が無くなっていた
焼き鳥
何から食べたものかと 毎度悩んでしまうが実家でもそうだが 大抵はレバーから食べるのに落ち着く
どうせ僕しか食べないとはわかっていても 串から外す レバーは火を通し過ぎるとボソボソになってしまうのだが しっかりネッチリとした食感が残っている 嫌な臭みはしっかり抜けていて旨味に昇華されたクセはご飯に良く合う この一本だけでご飯一杯いけてしまう いったら怒られてしまうので我慢しながらチビチビと摘むことにした
次は若鶏 この場合の若鶏ってヒヨコなのか?なんて思っていた時期もあるが スズメの姿焼きを食べてからは 若鶏は産んでいない若めの鶏のことを指すのだなと知った 若鶏は柔らかめでぷりぷりの食感だ それに対してモモは脂っ気としっかりとした食感だ どれもタレはご飯が進む ぼんじりもいってみよう ぼんじりはもうぼんじりだハズレ無し 何より独特な歯ごたえこれはもうぼんじりにしか出せないのだ それでいうならば 砂肝なんかもそれにあたる 脂っこい 良い脂っこさだ ほんとにご飯の減りが速かった ハツ そうだ ハツ 心臓だ 心臓 生命を感じる元の形を平べったく開いて 血の塊を取ったりと自炊で加工するのが少し面倒なのにこれも一本100円 ひと串に4つも あぁ生命の味がする ありがたいものだ
どうにかご飯のお代わりも一杯ですんで
サラダ お味噌汁もカップの底が見えた
「じゃぁお皿洗っちゃうわ のその前に」
「「ごちそうさまでした」」
焼き鳥 炭で焼いたり秘伝のタレがあったり
家で再現することは難しい味 ハツ レバーそれこそぼんじりなんかは普通のスーパーだとあんまり見なかったり 下処理が大変だったり
僕達はそれを100円とか200円で頂けるって当たり前のようだけど とっても有難いことなのかもしれない 確かに自炊も大切だけれどもそれ以上に払う価値のあるお金は払っていかないとこの店も どの店も無くなってしまう それはみんなが 幸せじゃないと思うそれは本当に悲しい事だ だから当たり前を当たり前にせずに ありがたくいただきますと言えるようになりたい 掃除した時にありがとうって言われて嬉しいのはそれを当たり前にせずしっかり言葉で伝えてくれたからだと思うだから僕もたくさんありがとうって言える人になりたい
ありがたさ 荼八 @toya_jugo
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