クラスメイトの地雷系女子が実はめちゃくちゃ素直で可愛いことを俺だけが知っている
こんかぜ
第0話:地雷系カノジョとの邂逅
「ふああ……」
朝。ゴールデンウィーク明けの学校ということでやる気はほとんどゼロに等しい。というか学校とか行きたくない。今すぐ回れ右して帰りたい。
なんて、駄々をこねたところで結局はいかなくちゃならないから、どうしても俺にはズル休みをする勇気なんて生まれそうにない。
俺は寝ぼけた頭で玄関に鍵をかけると、そのままエレベーターに乗ってマンションのエントランスへ直行。
高校生でありながら現在進行形で一人暮らしというこの身の上はなかなかに悪くない。口うるさい親もいないし、反抗期をこじらせている妹も実家に置いてきたし。ただまあ、その代わり家事も料理も自分で全部こなさなくてはならないのが難点ではあるけれど。
「あっつ……」
エントランスを抜けると、空には吸い込まれそうなくらいの青空が広がっていた。まだ夏と呼ぶには早い時期なのに、白いもくもくした雲がゆったりと流れている。
あの大きさは完全に入道雲だ。少なくとも5月初旬に見えるものではない。
「……あ」
と、そんな炎天下の住宅地に一人、ぽつんと佇んでいる女子高生を見つけた。制服を見た限りだとウチの高校だろうか。
ちょうど女子高生のいる方角に学校があるため、俺はちょっとだけ視線を寄こしながら彼女の前を通過する。
……黒髪。そしてツインテール。肌はきめ細かくてシミひとつない。豊かな胸がセーラー服の胸元を大きく押し上げており、その大きさを実感させる。ついでにスカートの裾からのぞく眩しい太ももは、眩しすぎてちょっと俺にはよく見えなかった。
「町灯……」
ふと、彼女の名前をつぶやいてしまう。
私立
ツイッターのフォロワーは余裕で20万人を突破しており、別のSNSでも絶大な影響力を持っている最強のインフルエンサー。
そんな彼女がどうしてこんなところに……?
「あ」
俺がじっと見すぎてしまったのか、ふと彼女と目が合う。
慌てて逸らしたが、時すでに遅し。
町灯は小首をかしげると、興味ありげに近づいてきた。
「おはよーっ、
「えっ」
「ちょっと、なんでそんな驚いた顔してるのー? もしかしてあたしに話しかけられてびっくりした?」
「いや、びっくりしたっていうかなんというか……町灯さんが俺の名前を覚えてくれていたことにびっくりしたっていうか」
「渋谷クンって一年のときC組だったよね?」
「え、はい」
「だったら覚えてるよー。あたしもC組だったもん」
いや、それは俺もしっかり覚えてるんですけども……。
なんていうか、彼女みたいなトップクラスの陽キャが、俺みたいな最下層の陰キャの名前を覚えてくれているとは思わなかった。
「え? キミ一年のとき同じクラスだっけ?」とか言われても全然おかしくないというのに。
「えっと……町灯さんはここで何してるんですか?」
控えめに問うと、町灯はにっこりと笑って手に持ったスマホを差し出してきた。
「写真撮ってたの」
「写真?」
「そうそう。今日の髪型とか制服とか、ちゃんと可愛くなってるかなーって」
「……で、その写真をSNSに投稿とかしてるんですか」
「えーっ、そんなことしないよ。だって通ってる学校とかバレちゃうじゃん」
だよね。よかったよかった。ちゃんとネットリテラシーがある子で。
最近のSNSでは写真のうしろに映っている電柱だけで居場所を特定されることもザラにあるから、学校の制服みたいな個人情報載りまくりの服装なんてもってのほかだ。
特に町灯みたいな女子高生のSNSユーザーなんかは特にそういった被害に遭いやすいから、より一層のリテラシーやモラルが必要となってくる。
「この写真を送るのはあたしの友達。
「あー……いつも一緒にいる子ですか」
「そうそう、結奈ちゃんって髪型のセットとか服の着こなしとかすっごい上手でね? あたしもときどき私服のコーディネートとかしてもらってるんだ」
「なるほど。コーディネート、ねぇ……」
キモヲタの自分にとってはきょうび聞かないワードだ。なにしろ休日の俺は上下スウェットが主だからコーディネートもクソもない。
「渋谷クンはいまから学校?」
「そうですね」
「じゃああたしもついてっていいかな? 喋る人いなくて暇だし」
「えっ」
突然の言葉に頭がフリーズしてしまう。自分に送られてきた言葉の情報が多すぎて完全にキャパオーバーだ。
「あれ、もしかしてイヤだったりする?」
「いっ、いいいいや全然。むしろこちらがお礼を言いたいくらいで」
「そんな、お礼なんていーよ。ささ、はやくいこ?」
にっこりと満面の笑みをこちらに投げかけてくる。まるで天使のような微笑み。そんなことをされたら俺みたいなちょろいヲタクは一発で引っかかってしまう。
しかも、彼女の場合はこれを意図的にやってるんじゃなくて完全に無意識でやってるからな……ぶっちゃけ余計にタチが悪い。
そんなわけで、ゴールデンウィーク明けの早朝から、俺は最強のインフルエンサーと肩を並べて登校することになった。
「あれ、そういえば渋谷クン。渋谷クンってゴールデンウィーク中の課題やった?」
「え、やりましたけど」
「えっ、嘘」
「えっ、なんすかその反応」
なんとなく嫌な予感がする。
町灯は頭のうしろに手をやって「てへぺろ☆」みたいな感じで舌を出した。
「あたし、実はまだ国語以外に手つけてなくて」
「えぇ……」
「あっ、でもでも! 今日ってたしか居残りできるよね?」
「居残り前提で話すのやめてもらっていいすか」
せめて朝のホームルームが始まるまでに最大限課題を減らす努力とかしてもらいたい。いやまあ、それでも結局居残りはすることになるだろうけどさ。
「でも、終わらなかったものはしょうがないし……」
「しょうがなくないでしょ一週間近くあったでしょゴールデンウィーク」
「時が経つのってけっこう早いんだよね」
「俺たちに与えられた時間はたぶん平等だと思うんですけど」
「そんなっ、明らかあたしに与えられた時間だけとんでもなく少なかったよぅ⁉」
「それは毎日遊んでたからでしょう」
「いや、ずっと遊んでたわけではないよ」
「そうなんですか」
「流行のファッションとか調べたり、スタバのベリーベリーフラペチーノっていう新作のフラペチーノを研究したり、あとはまあ、写真をインスタに投稿したり」
…………。
「ああちょっと! なんでそんな早く歩くの!」
なんていうか、彼女と話しているとこっちが疲れてくる。陰キャの俺でも滞りなく話すことができるのは彼女が生まれ持った会話スキルのおかげなんだろうけど、それ以外があまりにもひどすぎる。
流行のファッションってなんだよ。こちとら休日はスウェットだぞ。
あとスタバのベリーベリーフラペチーノってなんだよ。異世界語か。
「とにかく、そんなこんなであたしに課題をやる時間が無くなったのは必然的なんだよ」
「『そんなこんな』の内容が重すぎるんだよ……」
「そうかな?」
心の底から疑問、という風に小首をかしげる。
ダメだ。やっぱり陽キャの女の子にはついていけない。ただでさえ最近の女子高生の流行りをよくわかっていない俺が、町灯みたいなハイパー女子高生の言うことを理解できるはずがない。
「とりあえず、せめてもの償いとして朝のホームルーム中に課題を少しでもやっといた方が身のためかと」
「そっかー……やっぱりそうだよねー……」
「そんな残念そうな顔されても悪いのは全部自分ですから」
「やっぱり宿題は悪」
「高校生にもなって小学生みたいなこと言わないでよ……」
町灯といっしょに限りなく説教に近い雑談を交わしていると、向こうのほうに学校が見えてきた。私立英明高校だ。
創立10年にも満たないウチの高校は、「時代の最先端で活躍する人材を育成する」というご立派な理念を掲げており、その理念に恥じないとても近代的な造りをした校舎がある。
いまの時代、校舎の中がすべて吹き抜けになっている学校なんて、たぶんウチくらいではないだろうか。
「ああ、あたしを陥れる恐怖の監獄が大きな口をあんぐりと開けてこちらを待ちわびている……」
「やけに小説的だなあ」
ゴールデンウィークの課題も国語だけはやったみたいだから、もしかしたら彼女は国語とか文章を読むのが好きなのかもしれない。
「怒られるかな」
「担任の
「もし怒られたら土下座すればどうにかなるかな」
「その土下座にはもはや何もこもっていないだろ」
「でも最近の日本ってそんな感じだよね」
「急に話の規模をでかくするな。ついていけなくなる」
俺と町灯は校門をくぐると、町灯は昇降口にいた結奈と合流し、そのまま俺とは別れることになった。
「じゃね、渋谷クン」
「ああ、はい」
最後に、町灯はこちらを振り向いてウィンクしながら手を振ってきた。こちらもとっさに手を振り返したが……なんとなく、心ここにあらずといった感じだ。
……なんだか、さっきまでの時間が夢みたいだ。まさか町灯といっしょに登校することができるなんて。しかも歩いている最中となりからめちゃくちゃいい匂いしたし。
本当に、夢みたいだった。
「……よし、じゃあ行くか」
昇降口の奥に見える澄み切った青空を眺めた俺は、いつもよりも軽い足取りで教室へと向かうのだった。
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