第1話:地雷系カノジョのオモテ顔

 俺にはよく分からないが、世間では「地雷系」と呼ばれるファッションやメイクをするのが流行っているらしい。

 そもそも地雷系とは、男性の視点から見たときに「関わったらヤバそう」と思わせるようなメイクやファッションをする人の総称である。


 その「関わったらヤバそう」という定義も人それぞれだから、ここで俺が明確に地雷系を定義することはできないのだが、要するに「メンヘラ」や「ヤンデレ」を連想させるような身なりをする人のことを言うのだろう。


 俺個人の意見としては、あんまりそういう格好をする人とお近づきになりたいとは思わない。


 そもそも俺みたいなキモヲタが女の子とお近づきになろうと思うこと自体が女の子に対する冒涜だろうし、地雷系ファッションをする女の子は大体が陽キャだ。

 生まれてこのかた陽キャとほとんどつるんだことのない俺からしたら、そういう女の子と付き合うってだけでハードルは爆上がり。標高はおそらくエベレストを超える。

 跳び箱さえロクに飛ぶことのできない俺がエベレスト級のハードルを難なく超えることなんてできるわけがない。


 ……だから、たとえどんなに可愛い地雷系女子がいたとしても、俺からしたら観賞用のありがたい存在でしかなくなる。なんていうかこう、手をすり合わせて毎日拝むような、そんな感じの距離感がベストだ。

 

「おはよー早紀ちゃん」


「あ、結奈じゃん。おはよー」


 なんて、どうしようもない考えを朝の8時から繰り広げている俺の名前は渋谷しぶやしゅう。悲しいくらいにどこにでもいる普通の高校生だ。

 個人的にはこの「どこにでもいる」という表記がかなりコンプレックスだったりする。だけどこれがリアルなもんだからしょうがない。


「おっす、おはよう愁。もう7月だな」


「……おはよう」


 と、妙にガタイのいい男子生徒が俺の目の前の席に座ってくる。しかも背もたれに体の前面を持ってくる座り方で。

 ……いや、その座り方をしていいのは可愛いスポーツ系美少女だけだと相場が決まっているんだが? お前もしかして美少女志望なのか? 無理だよ。


「なんだよ死んだ魚みたいな目しやがって。そんなんじゃ今日という一日が死んだ魚みたいな一日になっちゃうだろ?」


「死んだ魚みたいな一日ってなんだよ……」


 と、力が抜けたように机に倒れ伏せる俺を見て、美少女志望の男子生徒が妙に焦った声をあげる。


「お、おい、大丈夫か? 保健室でも行く?」


「いや、いい」


「でもなんかすっげぇ顔色悪いぞ?」


「朝から暑苦しいのに出会って熱中症になりかけてるだけだ」


「おう、それは大変だったな」


「はあ……」


「?」


 と、アホみたいな顔を晒して首をかしげているのは俺の友達である平良たいら真司しんじ。いや友達と呼んでいいのか微妙な存在ではあるんだけど、少なくとも俺の中ではコイツは「友達」というカテゴリには分類されている。


 そのガタイのいい身体から容易に想像することができるのだが、真司は小学生の頃からラグビーをやっているバリバリの体育会系男子だ。

 つまり俺とは対になる存在。磁石で言うならN極とS極。どれくらい違うのかと言えばエロゲーと移植版ギャルゲーくらい違う。


「あ、そういえば愁。ここに来るまでにアイツ見なかったか? アイツ」


「アイツって誰だ」


「アイツといったらアイツだろ。ほらいまクラス内で話題を席巻しているあの」


「町灯か」


「そう! お前もやればできるじゃねえか!」


「なにが……」


 イマイチ何を言っているのか分からない真司は置いといて、俺は彼女の名前が出たことで少しだけ眉をひそめることになった。

 

 町灯まちあかり実里みのり。クラスは2年A組。つまり俺や真司とおなじクラスということになる。ちなみに血液型はO型。身長は155センチ。体重は47キロ。


 これらは別に俺が気になって調べたわけではない。いま目の前に座っているバカが一か月くらい費やして入念に調べ上げた成果を無理やり見せられたことがあるから覚えているだけだ。


 ……って、そんなことはどうでもいい。とにかくその町灯実里がどうかしたのだろうか。


「オレ、今日実里ちゃんに告白しようと思っててさ」


「やめとけ。どうせ玉砕覚悟で突っ込んで玉砕して俺に泣きついてくるパターンだろ」


「愁はオレのことを何だと思ってんだよ⁉ いやほら、実里ちゃんって彼氏いないって言うじゃん? だからその隙をついて高身長でイケメンなこの平良真司がすべてをかっさらって――」


「町灯がこれまで振ってきた男が何人いるか知ってるか」


「え、何人?」


「132」


「ひゃっ」


 と、ここで真司の動きが止まった。まあ止めるためにこの情報を開示したわけでもあるんだけど。だってこの人放っとくとうるさいし。


「同学年はともかく、後輩のみならず先輩までも容赦なく振ってきたと噂の鉄壁美少女だぞ、町灯は。そんなのに挑もうとしてるのかお前」


「……いやッ! オレなら絶対彼女のハートをゲットできる!」


「その自信はどこから出てくるんだ」


「まだオレは実里ちゃんに告白したことがないからフラれたときのショックを知らないだけだ! だからこんなことが言える!」


「熱に浮かされてるのか冷静なのかどっちかにしてくれ……」


「とにかくだ、愁。本当にお前は登校してくる最中に実里ちゃんを見なかったのか」


「……見なかったよ。つーか家の方向が違う可能性だってあるだろ」


「何をいうか、実里ちゃんが住んでいると噂のマンションはお前が住んでるところと同じって聞いたことあるぞ」


「……えっ、マジ?」


 なにそれ、初耳なんですけど。

 というかそんな情報をお前の口から聞きたくなかったんだけど。 

 

 なんていうかこう、そういうのって玄関を出たら偶然のタイミングでとなりから彼女が出てきて、「あっ、愁くん。キミも同じところに住んでたんだね。おはよう」的なイベントを通して知る情報ではないのかそれは。

 そしてギャルゲーやエロゲーというのは大体そこから物語が始まるものではないのか……! いや俺が生きてるここは残酷なまでにリアルなんだけど……!


「そーそー。だからよく1年間お前は実里ちゃんと通学中にバッタリ会わなかったのかが不思議でしょうがない」


「いや、そもそもそれは噂だろ? 本当に町灯がそこに住んでるのかは分からないし」


「でも信憑性のある噂話はどんどん信じていこうぜ? 実里ちゃんはあんまり自分のことを話さない女の子なんだしさ」


「まあ……それもそうなんだけど」


 なんてことを話していると、噂をすればご本人。

 教室のドアを開けて町灯が入ってきた。

 

「あっ、実里ちゃん! おはよう!」


「結奈ちゃんも早紀ちゃんもおはよー!」


 今日も今日とて町灯は元気だ。見ていると吸い込まれそうになる黒髪は可愛らしくツインテールに結っており、顔全体にもバレない程度に薄くメイクを施している。

 制服についてはさすがに彼女も校則を破って先生に怒られたくないのだろうか、きっちりボタンを留めて模範生徒らしく着こなしている。


「……何度も言うがオレ、この高校が私服登校じゃないことを生涯恨み続けるぜ」


 と、教室の入り口付近でワイワイやっている彼女たちを眺めながら、ふと真司がつぶやいた。


「ん? どうして私服の話になる」


 俺が言うと、真司は「はあー?」という顔を向けてくる。

 なんだろう、地味に腹が立つ。


「愁、知らないのか? 実里ちゃんはなぁ、私服が最高なんだよ」


「クラスメイトの女子の私服なんてこれっぽっちも知らないんだが」


「かーっ、だからモテねえんだよお前は」


「少なくとも真司に言われる筋合いはない」


「実里ちゃんの私服はさ、いわゆる地雷系? そんな感じでさ」


「……なるほどねぇ」


「フリルのついたふりふりの洋服着て、サラサラの髪を黒いリボンで結んで、極めつけにはむちむちの太ももを網タイツで包む! 最高だろ! そう思うだろうそうだろう愁!」


「あまり大きな声を出すな。俺まで迷惑がかかるだろ」


「とにかくだ、実里ちゃんの私服を見ていないっていうのはかなり人生を損してるぞ。本当だったら今すぐにでもお前に見せてやりたいんだが……」


「というか、真司は見たことあるのか。町灯の私服」


「おうよ!」


「どこで見た」


「町灯の男友達に土下座して写真見せてもらった」


「お前にはプライドというものがないのか」


「ないっす! 実里ちゃんの太ももが拝めるならオッケーっす!」


 ダメだコイツ、はやくなんとかしないと……。

 いや、もう手遅れだからいいか。


「はあ……」


 俺は机に肘をつくと、そのまま頬杖をついて斜めになった視界で町灯のことを捉える。

 まあ確かに彼女は美少女だ。それは認めよう。別に真司の審美眼が曇っているわけではなく、彼女はどこに出しても恥ずかしくない最高に可愛い女の子であることに間違いはない。

 ……ただ、


「ねーねーみのりん。今日の放課後スタバ行かない?」


「えー、いくいくー! 何の飲もっかー。チョコバナナフラペチーノ?」


 ああやって地雷系女子に状態の彼女を見ていると、そこはかとなく申し訳ない気持ちになってきてしまう。

 なんていうか、背徳感がえげつないというか、「俺ってあの子のあんな表情も知っちゃってるんだよな……」みたいなエロ同人的罪悪感というか……。


「なあ愁」


「……っ、どうした真司」


「ん? なにか考え事でもしてたのか?」


「いや、そんなことはない……続けろ」


「ん、そうか。実里ちゃんってさ、前に写真見せてもらった男友達いわく、めちゃくちゃ『尽くす』タイプらしいんだよ」


「『尽くす』……? なんだそのきょうび聞かないワードは」


「なんつーか、ヤンデレっていうの? 好きな相手には引くほどの愛情を注ぐらしいんだよ、実里ちゃんは」


「なるほど」


 それはヤンデレではなくメンヘラでは? というツッコミが口から出かかったが、いけないいけない。そんなことを言うと彼女の失礼に当たってしまう。


「というか、その言い方だとまるで町灯に彼氏がいるみたいだな」


「ああいや、男じゃなくて女。実里ちゃんは特に友達グループの神崎かんざき結奈ゆいなって子が好きみたいで、まるでヤンデレみたいな愛情のぶつけ方をするから」


「なるほど……百合ね」


「まあオレとしては女の子を愛してる実里ちゃんも余裕で萌えられるんだけどな!」


「町灯に告白するんじゃなかったのかよ」


「だから今度は神崎さんの枠を俺がいただくんだよ!」


「あっそう。がんばれー」


「なにその応援しようという気が一切感じられない応援は……!」


「まー、とりあえず玉砕覚悟で凸ってこい。ちゃんと涙をふくティッシュは用意しておいてやるから」


「バカにすんな! 実里ちゃんのハートをつかむのはこのオレ、平良真司サマなんだからなぁぁぁぁぁぁッ!!!」


「おいバカ、声が大きい」


 椅子から立ち上がり、両腕を振るって、何も考えずに大声でわめきちらす彼をがんばって止めようとしたが、時すでに遅し。

 教室はシーンと静まり返り、誰もが俺たちの座る机に注目していた。

 もちろんそれは、町灯も例外ではなく。


「……あ」


 と、事の重大性に気づいた真司がいそいそと座りなおす。

 その際に教室の向こうで「あはは……」と困ったように笑う町灯の顔がやけに頭に残った。

 俺はとりあえず用意していたティッシュボックスで真司の頭をひっぱたくと、窓の奥に浮かんでいる大きな入道雲を見やった。

 

 そういえば、俺が初めて町灯の秘密を知ったのも、あんな感じの入道雲が浮かんでいるときだったような気がする。

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