いんしねれぃと
ムラサキハルカ
焼き鳥の火葬
焼き鳥の火葬を行う。
無二の友の
焼き鳥の火葬ともなれば、上等な土産物を持っていかなければという使命感にかられたはいいものの、生憎、わたくしのからから空っぽな頭ではなかなかいいあいでぃぃあというやつが浮かばぬ。ああでもないこうでもないと考えていると、顔から電柱にぶつかってお気に入りの伊達眼鏡が落ちた。瞬間湯沸かし器のように膨らむ額と飛び出る目玉を押さえながら、こいつはいけねぇ、と屈んで眼鏡に触れる。直後、わたくしの左人差し指・中指・薬指と伊達眼鏡の上をたいあぁが横切っていった。手を押さえてぐぎゃぎゃぎゃと転げまわっていると、黒いかあぁのどあぁが開いて上下すうぅつ姿の女性が出てくる。彼女はさんぐらぁすのふれいむに手を添えて、大丈夫ですか? と尋ねてきた。
大丈夫じゃないです。だから、結婚してください。さんぐらぁすをかけた女性の容姿に惚れこんだわたくしは土下座した。三本指から激痛が襲いかかってきたが、歯茎が出そうなくらい食いしばって耐え抜いた。わたくしも男だから当然である。直後に真っ赤なはいひぃるの踵がわたくしの指を踏み抜く。耐え切れず、ぎゃいんと犬のように鳴き狂った。男だって泣き叫びたいときはあるのでいたし方なし。
なぁにをふざけたことを言ってるんですか、この貧民風情が! そう言いながら、女性はさんぐらぁすを外す。途端に露わになったたれ目を見て、百年の恋も冷める。
これはこれは大変失礼しました。では、せめてこの指をどうにかしてもらえないでせうか? 再び頭を下げるわたくしに女性は、卑しい男ね、と吐き捨てるように告げたあと、ごきぶりみたいに黒光りする手提げ鞄の中で手をごそごそとさせたあと、じゃらじゃらとこいんを節分よろしくわたくしに何百枚も投げつける。
のぶれすおぶりゅぅじゅというのは面倒くさいものね。盛大に舌打ちした女性は、さんぐらぁすをかけ直したあと、黒塗りのかあぁに乗りこみ、そそくさと去っていった。やはり、惜しかったな、とさんぐらぁすをかけた女性の横顔を名残惜しく思いつつ、さしあたっては医者に行くかとこいんを拾いあげる。よく見るとこいんはげぇむせんたぁのめだぁるげぇむ専用のものだった。金持ちの癖にしみったれた女だ。これではせいぜいお医者さん行きだな、と心当たりの場所へと足を急がせる。
程なくして、町外れのげぇむせんたぁに辿り着いたわたくしは、その隣の熊のお医者さんを尋ねた。
これはこれは
旧知の仲である熊のお医者さんにそう尋ねられたわたくしは、真ん中の指三本がぐぎゃばぎゃごぼになってね、と左手を見せる。
おやおや、こいつはひどい。なにをしたらこんなぐぎゃばぎゃぼごになるんだい?
わたくしは、綺麗なさんぐらぁすをかけた女性に土下座したらさ、と答えた。違ったかもしれない。
あのお嬢様か。だったらそういうこともあるだろう。
得心したというように応じた熊のお医者さんは、ぐぎゃばぎゃぼごになったわたくしの左手に聴診器を当てた。
心音なし。こりゃ、だめだね。
だめって、そりゃないよ。なんとからないのかい?
なんだかんだいって生まれてこの方ともにあった三本指だけに、簡単に諦められるものではない。
なんとかならなくもないがね。君の莫大な保険金ってやつが必要なのさ。
君の保険金という言葉を聞いてくらくらする。それじゃあ、わたくしは死ななければならないということではないか! まだ、あの世とこの世の隧道を見つけていないのに、そんなりぃすくを侵すことはできぬ!
いたしかたあるまい。そら、取り替えてくれ!
覚悟を決めて人差し指・中指・薬指をさしだす。その瞬間、じゃらじゃらじゃらとぽけっとに突っこんでいためだるが溢れでた。元々、出すつもりだったから、手間が省けたと思って熊のお医者さんの方を見れば、真っ黒な目をぐるぐるさせている。
ほら、治療費だ。好きなだけ持っていくといい。
げぇむせんたぁの通貨に明るくないゆえ、もしかしたら足りないのではないのか、という疑惑が頭を過ぎる。さんぐらぁすをかけてない時はしみったれた女のことだ。のぶれすおぶりゅうじゅなどと言ってもたいした金は出していないかもしれない。
これだけあれば、一生、すろっとを回せるじゃないか!
直後に、熊のお医者さんは癇癪を起したように叫んだ。さすがに一生は無理なのではと思ったが、ぬいぐるみじみた熊は既に正気を失っている。
治療費は足りたかい?
今の熊のお医者さんに言葉が聞こえるかどうかはわからなかったものの、尋ねるだけ尋ねてみる。するとこの熊は、当たり前だろう! と応じてから、ぎゅっとわたくしの三本指を握りこんだ。無茶苦茶痛い。
足りる足りないどころの話ではないよ。君の指はぐぎゃばぎゃぼごでなくなるどころか完璧なかたちになるし、ぼくももうこんな稼業畳んで一生すろっと三昧さ!
後半は本音が駄々漏れだったがとりあえず治るは治るらしいとわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
それはありがたい。手術はもうできるかい?
ああ、もちろんさ。上野様とぼくの仲だからね!
そんなに早く終わるのかとおどろくわたくしは、熊のお医者さんが取りだした子供用救急せっとの注射を受けて、意識が遠のくのを感じる。
さあ、上野様。起きろ。完成だ!
熊のお医者さんの声で我に返る。体感としては十分どころか一瞬だった。礼を言わなくてはな、と自らの左手に視線を落とし目を見張る。
どうだい、会心の出来栄えでしょう! もうすろっとに行ってもいいかな?
既に全て終わった気になっている熊畜生に対して、わたくしは、なんだいこの指は? とおそるおそる尋ねる。熊畜生は、見ればわかるだろう、一転して面倒臭そうに告げた。
蛸の足に決まってるでしょう? なんでも掴めて便利ですよ。さあ、ぼくはもうすろっとをやりに行っていいかい?
なんで指を蛸の足にされなきゃならんのだ! 戻してくれ!
わたくしの願いに熊畜生は、大きく溜め息を吐いてみせたあと、治るわけないじゃないですか、と告げた。
完璧な指にするために挿げ替えたんです。もう二度と戻せませんよ。子供じゃないんだから受けいれてください。じゃあ、ぼくはすろっとをやりに……
長い三本の指をながぁく伸ばして熊畜生の首と両腕をそれぞれ締め上げ引っ張る。やつはじたばたしていたが、途中で動かなくなり首と両腕が捥げ綿が飛びだした。
秋葉にこの指のことをどう説明すればいいのか。頭を悩ましつつ、戦利品よろしく動かなくなった熊の首を手にして、げぇむせんたぁを後にする。
三本の蛸指で頭を掻きながら、はて、わたくしはなにをしに家を出たんだったかしらん? と首を捻りながら、旅に出たことだけはおぼえていたので、とりあえず街の中をぶらぶらしているうちに裏通りへと出た。すると、眼前にある煌びやかな城みたいなほてぇるの前に見覚えのある男女が腕を組んでやってくるのが目に入る。妻の秋葉と我が親友御徒町だ。この二人はここまで仲が良かっただろうかと首を捻りつつも、せっかくだし三人で食事でもするかと、声をかけようとした矢先、二人が情熱的な眼差しを向けあって接吻を交わしあった。頭がまっさらになっている間に、二人は微笑み合って城へと入っていった。
そうか。御徒町も秋葉もそういうやつだったのか……。
どろどろになった感情とともにほてぇるへと飛びこんでいく。途中、蛸指と熊畜生の首を見たほてぇるの受付と支配人にぺっとぉと一緒の入場はできませんと止められた。仕方がないので、二人とも鞭のようにしならせた蛸指で締め上げ壁に叩きつけてやった。
一階から一部屋一部屋、裸の老若男女が抱き合っているのを開け放って確かめているうちに、とうとう最上階の一番奥にあるどあぁへと辿り着いた。ふつふつと湧きあがる親友だったものと妻だったものへの言葉にできない思いで胸をいっぱいにし三本の蛸指で鉄のどあぁを強引に引っぺがす。
中には当然のようにべっどぉで抱き合う御徒町と秋葉の姿がある。二人が目を瞬かせているうちに、ぐいぐいと部屋の奥へ奥へと踏み入っていく。
いいお土産ね。
秋葉が熊の首を指差してそう言った瞬間、わたくしは旅に出ていた目的を思い出す。違う、そうじゃない、と口にしようとしたところで、全裸のまま立ちあがった御徒町が、待っていたんだ、と満面の笑みを浮かべ、べっどぉ脇にある冷蔵庫を開け放つ。皿の上に山のように積まれた焼き鳥が入っていた。もも、かわ、ぼんじり、ねぎま……。多種多様の焼き鳥がそこにある。
御徒町は抱きつく秋葉とともに部屋の中心までやってくると、皿からぼろぼろと焼き鳥を落とす。
さあ、上野も。
促されるままに、熊の首を同じところへと投げる。ついでに蛸の指も焼いてやろうとしたが、頬を栗鼠みたいに膨らました秋葉に、可愛いんだからいいじゃない、と言われたので引っこめた。
御徒町はらいたぁを点けてから、全ての焼き鳥のために、と床へと落とした。
燎原の火のごとく広がった炎は焼き鳥と熊、絨毯を燃やし尽くしていく。
ほら、行くよ!
わたくしは御徒町と秋葉に手を引かれて、部屋を出て行く。そうして三人で非常階段を降りていった。なぜだか、かつてない繋がりと充足感をおぼえた。
ほてぇるが燃え尽き、火葬がなされたことを見届けてから、新たな焼き鳥を火葬しに行くと告げた御徒町と秋葉を手を振って送りだす。二人の姿が消えたあと、なにかを忘れている気がしたが、まあいいかと家路についた。
今日の夕食は焼き鳥にしようかしらん?
いんしねれぃと ムラサキハルカ @harukamurasaki
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