塗仏

平中なごん

一 仏像

 これは、某ちゃんねるの掲示板(※都市伝説板)で数年前に流行っていたお話です……。


 〝シンエモン〟というハンドルネームで書き込まれ、実際の体験者は〝M君〟という若い男性だということです。


 このM君、地方の大学に通っているいたって普通の大学生で、適度に勉強し、あとはアルバイトやサークル活動をして過ごすという、やはり平凡な学生生活を送っていたんですが、そんな学生の常として、暇を持て余した時には仲間達とドライブがてら、一台の車に乗り込んで心霊スポットを訪れるという遊びをしていました。


 そんなある日のこと。M君達は一つの興味深い、心霊スポットにまつわる都市伝説をネットで見つけたんです……。


 それは、M君達の住む都市からわりと近くの山中にある廃寺で、そこには奇妙な仏像が一体、厨子ずしの中に祀られているんだそうです。


 ただ、その仏像、人を選ぶというか、廃寺へ行っても見つけられる人と見つけられない人がいるっていうんですね。


 そして、幸か不幸か仏像を見つけてしまった者のところには、後日、その仏像と同じ姿をした魔物が現れ、見たもののことを早く忘れて一切関わらないようにしなければ、その者は魔物に取り憑かれて命を奪われてしまう……というような、そんなお話です。


 最後の注意書きのせいか、その仏像がどんな姿をしているのかは、いくらネット検索をしても一向に出てきません。


 いかにもな都市伝説といった話ですが、その分、興味をそそられる、おもしろい話でもあります。


 場所が近かったこともあり、早々、M君達はそこへ行ってみようということになりました。


 全員の都合がついたある日の深夜、中古車の白いセダンにいつもつるんでいる四人で乗り込み、ネットで得ただいたいの住所をナビに入れてM君達はその廃寺へ向かいます。


 こういう時、道に迷ってなかなかたどり着けないだとか、異世界のような奇妙な場所へ迷い込んでしまっただとか、そういう話もよく耳にしますが、その筋では有名な心霊スポットだったせいか、ネット情報もわりと正確で、なんなくその廃寺へはたどり着くことができました。


「――うわっ……マジでなんか出そう……」


 それでも、車から降りたM君達は、懐中電灯の淡い光に浮かびあがるそれを見上げ、誰もが背筋に冷たいものを感じます。


 深夜の山奥に佇む朽ちかけた廃寺は、それなりに不気味な雰囲気を漂わせる場所でした。


 真っ暗な闇に満ちた山林の中、草した長い石段を登った先の山腹に、屋根瓦も半分以上が崩れ落ち、今にも倒壊しそうなお寺が一棟建っています。


「よ、よし、行こうぜ……」


 言い知れぬ恐怖に足をすくませながら、M君達は傾いた石段を恐る恐る登り、床板も腐って苔むした廃寺の中へと足を踏み入れました。


 大きなお寺ではありませんが、お堂というほど小さくもなく、いくつかの建物が廊下で連結しているような感じです。


 以前に訪れた者達の仕業か? 本堂の木の扉は傾いた状態で外れたままになっており、内部にはなんなく侵入することができます。


「ここにはないなあ……どっか他の部屋なのか?」


 まずはみんなで本堂へ入り、あちこち懐中電灯で照らしながら調べてみましたが、堂内のどこにも仏像はおろか、厨子のようなものも一つとして残ってはいません。


 お寺なのに仏像が見当たらない……これが都市伝説で云われている「見つけられる人と見つけられない人がいる…」というやつなのでしょうか?


 廃寺になった理由について、ウワサでは寺に強盗が押し入って住職一家が皆殺しになったからだとか、例の仏像のせいで全員呪いを受けて死に絶えたのだとかいわれていますが……これはどうにも後付けっぽい、いかにもな話です。


 周囲に民家も見当たらないですし、おおかた過疎化で檀家がなくなり放棄されたか、あるいは村ごとどこかへ移転したかして、まあ、その時に祀られていた仏像も運び出されただけのことなんでしょう。


 とはいえ、皆、そんなことは百も承知の上で、本当にあるかどうかもわからない例の奇妙な仏像を探す、そんな〝遊び〟を楽しむためにここへやって来ているんです。


「よし。ここは肝試しもかねて、一人々〃手分けして探そう」


 部屋が幾つかあったこともあり、誰が言うとでもなくそんな流れになりました。


 一緒に行った仲間の内に誰も霊感のある者がいなかったせいか? 暗く薄気味悪い雰囲気ではありますが、特に何か感じるだとか、変な音が聞こえるだとか、そういうことも一切ありません。


「じゃ、仏像見つけたやつにみんなで飯奢るってことにしようぜ!」


「いいねえ。よーし、勝負だ!」


 いざ入ってしまえば恐怖心も薄まり、学生特有の軽いノリで盛り上がりながら、意気揚々と散らばっていく友人達に負けじと、M君も自分の思う所を探し始めます。


 M君が向かったのは、本堂をぐるりと取り囲む回廊を廻ったその裏手でした。


 一旦、表の扉から外へ出た後、湿気を含んで気色悪くたわみ、うっかり踏み抜いてしまいそうな回廊の床を慎重に進んで行くと、本堂正面の真裏の壁に、また別の出入口らしき扉があることをM君は見つけました。


 こちらは外されている表側と違い、まだしっかり閉まっている観音開きの丈夫な木戸です。


「鍵かかってないといいけど……あ! 開いた」


 施錠されていることを心配しながら、とりあえず手をかけてみるM君でしたが、意外なほどすんなりとその扉は開きました。


 鍵もかかっていなかったですし、廃墟とは思えないくらい建て付けも悪くなく、肩透かしを食らうほどにすっと簡単に開きます。


 場所的には本堂の裏口だと思われたのですが、真っ暗なその中を懐中電灯で照らしてみると、どうやら独立した小部屋のような空間になっています。


「……あ! これってひょっとして……」


 しかも、闇に向けた懐中電灯の光の中に、白い土壁を背に置かれた長方形の箱のようなものが映りました。


 子供の背丈ぐらいの大きさがあり、全体が黒塗りの金属でできていて、いわゆる〝厨子〟と呼ばれるようなものに見えます。


「これがその厨子なら、ほんとに例の仏像もあるのか……?」


 半信半疑ながら、恐怖心よりも好奇心の方が優ったM君は、さっそくその小部屋へ入ると厨子の扉を開き、中にあるものを確かめてみることにしました。


 キィキィ…と軋む扉をゆっくりと開き、真っ暗な厨子の中を懐中電灯の明かりで照らしてみます……。


「……っ!」


 と、その瞬間、思わずM君は息を飲みました。


 本当にその中には、じつに奇妙な・・・仏像が一体、納められていたのです。


 いや、仏像と呼んでいいものかどうかもわかりません……それは膝立ちをした腰巻だけを着ける半裸の僧侶のような格好をしており、厨子同様、全身真っ黒な色をしていて、ただ、唯一白く闇に映える両の大きな目玉が、見事なほど眼窩から飛び出してしまっているんです。


 また、乾漆像か何かなのか? 劣化して表面の剥がれかけた坊主頭の後頭部からは、人間の髪の毛のようなものもちらほら乱雑に生えています。


 こんな仏像、今までに見たことも聞いたこともありません……ただの僧侶の像というわけでもなさそうですし、それが何を表しているものなのかさえわからないんです。


「……そうだ。みんなにも知らせなきゃ……おおーい! あったぞーっ!」


 その得体の知れない奇妙な像を目にすると、なんとも言い表しがたい嫌な気分になるM君でしたが、しばらく呆然とした後に我に返ると、友人達を呼ぶために本堂の表の方へと戻って行きました。


「……どこだよ? そんな扉、どこにもないじゃん」


 ところがです。みんなを呼び集めて再び本堂裏へやって来てみると、先程見たはずの扉がどこにも見当たらないんです。


「おかしいな? 確かにここにあったんだけど……」


「場所が違うんじゃねえのか? 周りを探してみようぜ」


 なんだか狐に抓まれたような気分になりながら、友人に言われて他の場所も探してはみるんですが、どういうわけか? あの確かにあったはずの扉はどこにも見当たりません。


「なんだ? ビビって幻でも見たのか?」


「あ、そうか! 俺達を担ごうとしたな? すかっり騙されちまったぜ」


 唖然とするM君本人を他所よそに、友人達はそう言って、彼の見たものをまったく信じようとはしてくれません。


「ま、充分楽しんだし、そろそろ帰ろうぜ?」


 そして、なんだか興醒めしてしまった友人に促され、皆とともに廃寺を後にするM君でしたが、内心、彼だけは都市伝説で云われている「仏像を見てしまった者のところには、その仏像と同じ姿をした魔物が現る…」という話を密かに思い出していました……。

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