焼鳥のある暮らし
眞壁 暁大
第1話
町田ミチと町田サチは孤児である。
町ならぬ町、「穴」の縁の集落に住んでいる。
*
ある日世界に空いた小さな穴から、ヒトならぬものが湧き出した。
すわスプラッタ終末スペクタクルか、と思いきやそれらヒトならぬものは、おおむね無害。
ただ見た目が「ヒトから見て」気に入らないので、ヒトはそれらを湧き出した穴の周りに閉じ込めておくことにした。
閉じ込められたヒトならぬもの、ヒトから排除されたものたちとて生きねばならない。
*
サチは今日も買い出しにでかけている。
穴べりの集落でも、より穴に近い方の繁華街地区にあるスーパーだ。
サチらが住んでいるマンションは町はずれにあって、ヒトの世界にやや近い。
(距離がほんの少し近いだけで、ヒトの世とは大きな断絶があるのは変わりないのだが)
普段の買い物であれば、近場のコンビニでも済ませられた。
コレは穴が出来上がった当初、万単位の大規模な調査団が穴の周りで活動する時に臨時に出張してきたのがそのまま続いているもので、ヒト向けの菓子類が充実しているのがウリだった。
しかし、生鮮食料や弁当・パン・惣菜のたぐいはほとんど並んでいない。
この町ではヒトの数はたかが知れている。
ヒトの嗜好に合わせた食料品を頻繁に配送するだけの需要がないし、ヒトの街とこの町の交通には煩雑な手続きがあってなかなか出入りが難しいので、物流の確立が難しかった。
なのでコンビニには消費期限の長い菓子類や消耗品ばかりが並んでいた。
スーパーに着くと、サチはヒト向けの食料品コーナーへ向かう。
今日は目当ての品があってここへやってきたのだ。
サチがたどり着いた時、うず高く積まれたその商品の山が崩れる気配はまだなかった。
大型スーパーであってもヒトの姿はまばら。客の多くはヒトならぬものだった。
サチから見れば鳥やウマ、牛や魚、タコやイカのように見える者ばかり。
そのいずれもがいずれでもない、というのに慣れるのには少し時間がかかったが、慣れてしまえばただの他人である。意識することもほとんど無くなった。
しかし、まったく意識しないというわけにもいかない。
サチはその缶詰の山に近づくと、ぐるりとあたりを見回した。
缶詰を狙っていそうなヒトはいない。
ヒトは居ないが、鳥っぽく見えるひとと、イカっぽく見えるひとと目があった。
サチは缶詰の山の隣をすり抜け、先に青果と食肉コーナーへと進路を変更した。
青果はヒトの世界のスーパーと品揃えは大差ない。
少しカラフルだったりイビツだったりする野菜が増えるくらい。
大きな差があるのが食肉コーナーだった。
ここでは培養肉しか扱っていないのだ。
どういう事情でそうなったのかはわからないが、サイコロのように整形された肉が、摘めるサイズから抱えるサイズまで取り揃えてある。
牛豚鶏、といった種類分けはない。獣肉と魚肉という区分もない。
ただ動物性たんぱく質としての性質を満たしているだけのサチから見ればなんとも味気ない陳列だった。
サチは青果売り場でもやしと白菜を取り、食肉売り場ではサイコロのように陳列された店の隣、培養過程で撥ねられた肉の寄せ集めからなる合成ミンチハンバーグを手に取った。
奇麗に整形された培養肉は高い。ヒトの世界の牛豚鶏のどれよりも少し高いくらいの値段だったが、合成ミンチハンバーグの方はg辺りのお値段が豚と同じくらい。町田家でも買えるお値段だった。
それらをかごに入れると、サチは本命の缶詰の山へと引き返した。
幸運なことに、缶詰の山の周囲には誰も居なかった。サチは小走りに山に駆け寄り、頂上に手を伸ばす。一つ一つ掴まないといけないのがもどかしい。
ヒトの世ならばまとまった数をシュリンクパックにしたものが売ってあったのだが、ここでは個売りだけしかないので、手間だが仕方なかった。
カゴの中にひとまず入れるだけ入れた後、サチは予算と勘案して買いきれない分は山に戻す。カゴの中に残ったのは26個の缶詰だった。
目当ての品は確保できたものの、精算までは気が抜けなかった。何条もあるレジ待ちの列でも、レジ打ちに鳥っぽいひとが居たら気まずい。サチが買い求めた大量の焼鳥の缶詰を見られてしまうのは流石に気が引ける。
レジ打ちにヒトがいる待機列を見つけて、サチはホッとする。そのおばさんは大量の焼き鳥缶に驚いた顔はしていたものの、それで見咎めるようなことはなかった。
ようやくのことで買い物を終えると、缶詰をリュックに詰めて背負い、買い物袋には他の野菜と肉とを詰めて手に提げてサチは家路についた。
帰宅するとまず肉と野菜を冷蔵庫にしまう。
それを済ませると下ろしたリュックから一つずつ焼き鳥缶を取り出した。缶の裏の消費期限をチェックしながら並べていく。この町に入ってくる缶詰は、ヒトの街で売れ残ったのをあちこちから集めてきたものだから、消費期限はほとんどバラバラだった。
いちばん消費期限が近いのは明日までのものが二つ。
サチはそれを手に取ると料理する。
料理といっても、子供のすることだから簡単な調理しか出来ない。今は死んだ父が作っていたのを見様見真似で始めたものだから、もともとの手本が簡単すぎたというのもある。
火にかけたフライパンに、焼き鳥缶の中身を無造作に開け、缶の中にこびりついた脂を落とすためにフライパンの縁で缶を叩く。それでも落ちない分はスプーンですくい取って入れた。脂が溶けて焼け始めると冷蔵庫にしまったばかりのもやしを二袋、追加してフタを落とす。もやしを入れてすぐは蓋がちゃんと閉じないものの、雑に蒸し焼きにされて蓋が沈み、ちゃんと閉じたらほぼ完成で、大ざっぱにかき混ぜて塩コショウでも振れば終わりである。
その程度の雑な調理だから、味の方はしれたものだった。
とはいえ、この町でミチやサチにとって馴染みのある肉はコレくらいだし、それもなかなか手に入らない。
その日の夕食、焼き鳥缶ともやし炒めは二人にとってはごちそうの部類であった。
二人は餓鬼のようにあらそってそれを食った後、フライパンに残った脂で追加のもやしを焼いて食らう。
最後まで焼鳥の味を絞り尽くす勢い。
ふだんは妹に譲ることの多いミチも、ここでは一歩も譲らない執着を見せる。
その二人のただならぬ食事に、ワトソンは自分の飯(菜食主義のため肉は食わない)を喰らいながら
「子供ながら、ヒトの食い物に対する執着はなかなかすごいものがあるな」
と半ば呆れ、半ば恐れる思いを抱いた。
焼鳥のある暮らし 眞壁 暁大 @afumai
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