焼き鳥屋

虫十無

1

「この焼き鳥おいしいねえ」

「なんかお祭りで買うと違うんだよな」

「ここの焼き鳥が毎年楽しみでねえ」


 お客さんはみんなうちの屋台の焼き鳥が好きだと言いながら買いに来る。けれどこの屋台の親父さんと知り合ったばかりでなぜか店番をやっている僕はここの焼き鳥を食べたことがない。そんなに違うのだろうか。

「ああ、お前はやめておいた方がいいぞ」

 後ろに座る親父さんが声をかけてくる。考えていることが声に出ていただろうか。

「どうしてですか」

「そりゃあ、跡継いでほしいからに決まってんだろ」

「いや、この間知り合ったばっかりじゃないですか。どうしてそんなやつに継がせるんですか」

「多分お前が似てるからだろうなあ」

「誰にですか」

 親父さんは笑って、答えてくれなかった。


 祭りが終わってからも、僕は親父さんと一緒に暮らしている。僕としては住むところがなかったからちょうどよかったけれど、親父さんには迷惑じゃないんだろうか。それとも住むところがないことまでわかっていたから跡を継いでほしいと言ったのだろうか。

 親父さんの考えていることはわからないけれど、僕はとりあえずこのまま暮らすことにする。


「行くぞ」

 ある日親父さんが声をかけてくる。この暮らしをしばらく続けて、親父さんの唐突さに逆らうのは無駄だと学習した。それでもさすがにどこかに出かけるなんてことにその唐突さが出てくるのは初めてだったから少し戸惑った。けれど親父さんは待つ気がないようなので、僕は仕方なくそのままの格好でついて行くことにした。

 親父さんはドアを出て、アパートの階段を降りていく。降りて、降りて、床を蹴る。すると少し変な音がして、親父さんはそこを開けた。地下への入り口だ。この古びたアパートにこんなものがあるなんて、知らなかったし思ってもみなかった。

「こっちだ」

 親父さんは僕を入れる。その後親父さんも入ってきてまた入り口を閉める。降りた空間は思ったより広い。暗くてちゃんとはつかめないが、このアパートの敷地いっぱいの地下がここなのだろうという広さだ。

 親父さんがどこかを触る。カチという音とともに電気がつく。明るくなってもここが何なのかわからない。

 臭いがする。動物を飼っているところの臭い。小学校のうさぎ小屋を思い出した。それ以外の動物を僕はあまり知らない。

「ここを、継ごうと思ってな」

 親父さんが話し始める。理解はできても認識できない。

「俺ももう長いからなあ、もうそろそろ誰かに継いどかないときついんだ」

 あの時の、祭りの時の話だということは分かる。これがきっとあの焼き鳥の材料なのだと分かる。けれど、目の前にある動物の臭いをさせるものは肉塊にしか見えない。けれど生きている臭いだ。

「こいつらは管理とかは別にいらないんだがな、やっぱり補充が大変なんだ。いくら増殖すると言っても同じやつがそこまで増えるわけじゃないしな」

 端の方に明るい色が見える。白っぽく見えるそれに見覚えがある。

「誰も知らないまま放っておくわけにはいかない場所だしなあ。それでお前に継がせたいんだ、どうだ?」

 自分の手を見る。あの白っぽく見えるものと同じだと思いながら、それでも綺麗な手じゃないことをわかっている。親父さんはそこまで知っていたのかもしれないな、とふと思った。

 親父さんの顔を見る。頷く。親父さんは嬉しそうな顔をして、そのまま崩れだす。

「元のやつをここに置いとけばあれと同じようになってくからな。あとは端に稗とか粟とか置いとけば勝手に増える。焼き鳥屋、出してくれよ」

 言い終わるのと同時に親父さんはなくなる。灰のようなものだけをほんの少し、似合わない量だけ残して。


 そうして僕は親父さんの跡を継いだ。何年経っても僕の見た目はあの時と変わらない。親父さんも誰かから継いだ時からずっとあの見た目で、ああ見えてだいぶ年だったのかもなと思った。

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焼き鳥屋 虫十無 @musitomu

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