人造人間はドリーの夢を見るか?

こあ

人造人間がやってきた

 荒唐無稽こうとうむけいな話であるが、私の家に人造人間が訪れた。正確には人造人間を自称する頭のおかしな女である。

 ここ坂戸さかど市は地理的に埼玉県の中心部であるにも関わらず県民にとって無形だ。東京のベッドタウンと化した街並みには、文化的なのか通俗的なのかよく分からない『五千頭の龍が登る聖天宮』というもはやアミューズメントパークじみた道教の宮があるばかりで、人造人間などという近未来的かつ文化的、通俗的な存在が最も似合わない都市である。

 ましてやこのアパート近辺は平凡な収入源の草臥くたびれた若者か、道路を好き勝手に横断する枯れたような老人ばかりが潜む住宅街。近隣に存在する大層なものといえば線路を越えて北坂戸駅付近にある丸広ぐらいなものだ。最早この街に於いて、彼女は興味の対象ではなく異物であろう。草臥れた街に腰を据えた者は新しい風を鬱陶しがるものなのだ。

 しかし、私はその限りではなかったようだ。いや、その眼力と昨今の極めて激しいSNS戦争社会に怯え、押し入って来た彼女を家に上げてしまったが、実際は孤独を愛する私にとって自宅という最も繊細なパーソナルスペースを侵害さることは内心気が気でなかった。


「お茶のひとつも出ないのですか」

「あ、すみません」


 なんという理不尽であるか。彼女は茶を要求するだけに留まらず、ちゃぶ台の上に乗った敬愛すべき埃積もる文庫本の山を払い除けては文庫本を種類に分けて並べ替え、歴史ある塔を破壊しだしたのだ。それは私の聖域であったので堪らず女の顔を凝視したが、彼女は非常に不機嫌に眉を釣り上げ文句の一つも許さぬといった様相である。私は甚だ虐げられる新妻の気分であった。


「あ、どうぞ」

「はい、ありがとうございます」


 一人暮らしで醜く膨れ上がった承認欲求を抱えこみ人を招くことなど頭の片隅にも無かった私の家に客人用の湯呑みなどあるはずも無く、愛用していたマグカップにインスタントコーヒーを注ぎそのまま女に使わした。何か小言を言われるだろうと身構えていたが意外にも女は気にしていない様であった。彼女は極めて上品にコーヒーを口にした。

 一五〇より少しあるかくらいの小柄な身体で幼さを孕んでいるが確かに成人していそうな雰囲気も漂っており、また若者らしく痩せ型で、ふんわり癖のついた少々短めのセミロングの髪の毛は焦茶を含んだ黒であった。顔は分かりやすいほど若者らしく整っており、はたまた忙しいパートの中年女性よりも落ち着いた雰囲気があって、艶のある唇や角のない肌、疲れのない目元などは愛らしくあっても全体的な印象としてはそうではなかった。言うなれば誰もが思い浮かべる出来すぎた二十歳、という印象である。この印象は最も現実的であるにも関わらず、私は彼女に対して根深い奇妙な嘘臭さを覚えた。

 私は極めて論理的に彼女のことを考察した。

 恐らく家出少女か何かであろう。若者には良くあることであり、昨今の社会ではあまり歓迎されないだろうがモラトリアムとしては至って健全である。ならば家に入れてしまった行為は極めて不健全である。なお後の祭りである。後悔は先に立たないのである。

 私は冷静な思考によって自身の置かれた状況を完全に把握すると、それに応じて矮小わいしょうな自尊心と怯えた虚栄心が同時に顔を出した。

 しかし、しかしだ。

 これでは私ばかりが加害者ではないか! こんなことが許されるのだろうか、いや許されるはずが無い。しかし、世間はそれを許し、私を許さないというもの。これが現実であると認識する度、視界は海の中へ沈んだように波打ち、肺は太平洋に溺れていくようだった。しかしリアルな話、埼玉県生まれ埼玉県育ちの内陸産貧乏人カッペが浸かるのは、せいぜい長瀞ながとろの荒川ぐらいなものである。


「名前はなんですか?」


 こちらの台詞である。

 いきなり押しかけてきて悪びれも無く茶を要求し、自ら名乗ることなく相手に名前を問うとはとんだ傲岸無礼ごうがんぶれいな女だ。私がこうして女に対しての不満を口に出さず言葉を探しているその間にも、女は正位置にある道具たちを分類ごとに纏めて綺麗に荒らしていった。


「あ、えっ。あ、宮下みやしたです」

「私は大留優実おおとめゆみです。以後宜しくお願いします」

「あ、はい」


 私はこの感情をいかに派手にぶち撒け奴の間抜けた顔を盗んでやろうかと目論んだが、まるでノーガードの大留に貫禄と恐ろしさを感じて手を出せずにいた。というか以後ってなんだ、居座る気なのか、一体誰がそれを許可したんだ!


 時を戻して確認してみよう。


 私の家のインターホンは基本宅配か郵便、集金、宗教勧誘以外では鳴らないのがデフォルトである。そして、インターホンは鳴っても出ないのが私のデフォルトである。

 平日は会社と電車の中にいる時間が一日の半分以上を占めるように休日は半日以上が夢の中であり、私の眠りを妨げるものといえばなけなしの金で得る虚しきギャンブルの高揚感か、会社からの電話ぐらいだ。家の中にあるのは私の睡眠を助けるものばかりであり他人との関わりを持つものは一切ない。冷蔵庫にて肩を寄せ合うラガーはパブリック睡眠導入剤である。

 しかし、その日は珍しくインターホンが私を起こした。というのも、これまでの来訪者はインターホンをいたずらに何度も押すことなど有り得なかったので、私は思わず何事かと起きてしまったのだ。

 私が充分な警戒心を持って玄関にチェーンを掛けてそろりと開けると、何やら辛気臭い顔をした女が腰を低くして立っているではないか。


「突然の訪問で申し訳ありません! 今すぐ家の中に入れては頂けませんか!?」


 彼女はよっぽど逃げ出そうと思ったかという様相だったので、私は一度ドアを閉めてチェーンを外そうとした。すると閉められると思ったのか彼女は腕をグイと中に入れてきた。


「迷惑なのは承知です! お願いします!」

「わかりましたから! 入れるので一度チェーンを外すために閉めさせて下さい!」


 彼女はハッとして「あっ!」と声を上げると腕を引っこ抜く。瞬間、彼女の腕にアザが見えてヒュッと寒気が駆け抜けた。とにかく中に入れようと私なりに素早くチェーンを外してドアを勢いよく開けるとドアは彼女を吹き飛ばし、彼女は後ろの手すりに思い切り頭を打ってしまったのだ。

 私は今度こそ寒気を取り逃さなかった。生まれて此の方二十七年、自分を冷静な人間だと思っていたがこの時ばかりは全てが驚くほどに熱烈であった。

 私は気絶する彼女をまるで死体を隠す殺人犯かのように挙動不審になって家の中に引っ張り入れると、ドアに鍵をかけ、水とありったけの氷を持ってきて、最早記憶もないほど取り乱しては目と手と頭と足をバラバラに動かしながら彼女が目を覚ますまでを忙しく待った。

 ぬらぬらとした滝行の中で生まれて来たことを後悔しながら、救急車を呼ぼうかと手を震わせたり、目の前に横たわる女の子は何者かと考えたりした。果ては本当に殺人犯のように彼女を隠蔽するため窓とカーテンを閉め、途端に部屋が蒸し器へと変貌を遂げたので冷房を付けようとしてはエアコンが去年の夏に壊れたことを思い出して絶望し、結局窓とカーテンを開けるという滑稽な姿を披露してみせた。

 しかし、これを愚かだと笑うならば私は貴様の前に立っていきなり腹を切りその面を拝んでやろうと思う。そして鏡を見るようにして笑うのだ。

 それは煌びやかな罪悪感に影を落とす巨大な羞恥心である。

 そうとも! 私こそ生粋の小心者であり不遜者である! 心身共に不健康であり、空飛ぶような恋愛や燃え上がるような青春に羨望を持ちながらそれを皮肉に笑う捻くれ者である! 私は加害者として内心滾るこの苛立ちを忘れることはないだろう!

 安らかに寝息を立てているこの女が何を与えると言うのだろうか! 忘れてしまった童心の産む夢の内容でも語ってくれるのだろうか!

 否! 語るのは私とは無関係な幸福か羊の数くらいである!

 そんなこんなで、内心居直り演説をしながら一時間程度経過して、ようやく彼女の穏やかな寝息に気が付いた。なんという一人相撲。

 急に腹が減ってきて食事でも作ろうかと立ち上がった時だった。まるで糸で繋がれたように女はむくりと起き上がり、私の方をこともなげに見つめて起き抜けに突飛なことを言い出したのだ。


「私は人造人間です」


 流水であった。

 安谷川橋梁あんやがわきょうりょうを渡るSLを眺めるのが心地よい季節であることを思い出した。

 隣の家の風鈴の音の波に押し返されるほど、心は軽かった。

 説き伏せる必要すらなく私は開き直り、彼女の真剣な顔を適当に流し見した。

 さて、彼女を通報するべきか否か。まだ若いから多少は間違いを犯すこともあるだろう。追い出すだけで勘弁しようか。


「そうですか」


 一転、私は彼女を受け入れた。

 その瞬間、部屋に六年以上居座り続けていた陰気な空気が頭を下げて換気扇や窓からひっそり逃げて行く。がらんどうの中でいつからか忘れていた温もりに触れた。それは心地よい来客の合図である。私の部屋の中に一つの社会が誕生し、一つのコミュニティが突如として出現したのだ。

 これに刹那的せつなてきな快楽を覚えた。


「何やら事情があるようですから。どうでしょう、しばらく私の家にいては?」


 なので、彼女を置いてやることにした。


 私は人並みにお人好しではあるがあくまで人並みであり、人助けを無闇矢鱈むやみやたらに行うヒーローなわけでない。その基準は利己的な承認欲求の源泉である為そこから産まれる動機もまた、利己的である。故にこの行為自体、私がやりたくてやっていること、というのを理解して欲しい。


「ああ、ありがとうございます……。本当にありがとう……」


 比類なき健全であった。若人よここに君達が忘れし先人の魂があるぞ、と私は大層満足した。




 先人よここに君達の魂を忘れた若人があるぞ、と私は大層不満を抱いた。何故人は美しい思想を忘れ、失敗の歴史ばかりを残してしまうのか。

 いや、すべからく偏見である。実際は偉そうな顔をしている年功序列世代の壮者よりも若者の方が極めて礼儀に敏感だし、過去に対して執着するものだ。目の前の女が特殊な人種であり、それが目の上のタンコブである若者であれば、まるで若者全体の傾向であるかのように槍玉に上げる。これが壮者の実態であることを私は自覚した。

 では壮者はどうするべきであるか。私は説教と教訓であると考えた。評判の急落はもはや留まるところを知らず、これから少しでも評価を上げようなどという試みは、その見苦しさに拍車を掛けるばかりだ。ならば、いっそ嫌われてでも正しい道を示してやるのが役割ではないか? 厳しい態度で家を締め出し、女に世間の冷たさを教えるのが役目ではないか!

 しかし、どうやら家主は利己的な理由をもって居座ることを了承していたらしい。このひとえに愚鈍で見苦しい家主が、マグカップに入ったコーヒーの水面に映っている。よく知る顔だ。よく見れば私であった。


「私、着替えコレしかないんですよ」


 彼女は太々しい態度でハッキリ言った。いや、寧ろ用意していたら驚きである。驚きを通り越して恐怖である。

 私は女の言葉の先を理解したが「はあ」とはぐらかしてみせた。私なりの反骨精神である。あわよくば彼女を揶揄えたら多少は溜飲も下りるかという大人げなさでもある。


「あと、お金もないんですよ」

「はあ」

「布団もないし」

「はあ」

「ついでにお腹も空きました」

「はあ」

「『じゃあ出掛けよう』とか、そういう気の利いたことも言えないんですか? ほら、目の前に座ってる年頃の女の子は大変困ってますよ? どんな安月給で働いてるか存じ上げませんけど、一応社会人でしょうに」


 彼女はため息をついたが不思議と冷静であった。彼女には感情の起伏は無く淡々とした理性があるように見えて奇妙に思った。そもそも人造人間を自称する女が奇妙でない筈は無い。しかし、それを理解していてもなお、それとは別の、言うなれば気が狂っているような奇妙さではなく、何か崇高な志とわざとらしさを含んだ奇妙さなのだ。だからだろうか、私は自然とその言葉に苛立ちもしなかったし、素直に出掛けるか、とも思えた。


「しかし、貴女──」

「大留優実です。さっき教えましたよね」

「失礼、えっと、大留さんは──」

「優実です」


 親しく無い相手や初対面の相手を下の名前で呼ぶというのは、いくら捻くれ者の私といえども憚られた。ではこれに対してはどう答えるのが正解なのか。

 というかなんで下の名前で呼ばせようとして来るのだ一体いつからそんな親密になったのだ私達は。もしや嫌がらせでは? いやしかし、親しくも無い人に下の名前を呼ばれる方が嫌なのでは?


「えー、大留優実さんは」

「普段から人の名前をフルネームで呼ぶんですか? おかしな目で見られているでしょうから止めといたほうがいいと思いますよ」


 彼女は大真面目であった。

 しかし、お前に言われたくは無い。


「えー。優実さんは、追われているのでは? 外出してもよろしいのですか?」

「誰かとなら大丈夫、だと思います。一人だと危険ですけど」

「はあ」


 一体どんな理屈だろうか。

 家出少女だとしても、誰かと一緒にいることで一才怪しまれないというのは無理な話である。当然一人よりはマシだろうが、ならば家にいる方が賢明である。


「家にいた方が賢明なのでは?」

「いや、一人で居ることが危険なんです」

「えっと」

「それ以上は言えません……ごめんなさい」


 これ以上なく困る反応である。

 まだ先程のように太々しい態度を取ってくれた方が気負わなくて済むというものだ。これに関しては誰かに相談したい気持ちが先行するもやめておくことにした。

 というのも、割と現実味のある事を真剣に相談したところで大抵は他人事である。言うだけならば簡単で最もらしい考えを相手の自尊心の為だけに聞かされるのは想像に難くない。

 ならばいっそ人造人間という単語を使ってしまおうか。冗談と思われた方が、まだ参考になる意見もありそうだ。しかし、その先の責任を取ることは出来ないのでそれも断念する。全ては彼女の大真面目な態度が原因である。


「それなら仕方ありませんね。日が暮れる前に行きましょうか」

「あ。私、ニナリッチかルネしか着ません」

「どこのハリウッドセレブリティだよ。嘘も大概になさい、貴女のそれのどこがニナリッチですか」


 やはりこの女、態度には出ないだけでふざけているのでは?

 私は訝しんだ。しかし、それを口には出さずに外行きの服に着替えることにする。


「私、ブランド物以外着ると死ぬプログラムが組み込まれてるんです」

「そんな金ばっか掛かりそうなプログラムを組み込む馬鹿が居てたまるか。貴方なんてユニクロで十分です。ユニクロも立派なブランドですからね」

「そんなんだから恋人居ないんですよ?」

「やかましいな! 恋人が居ないのと私がユニクロはブランド派なのは関係ないだろ! 因みに、私は恋人が居ないのではなく作らないだけです。ユニクロと私に謝りなさい」

「出来ない理由を作らないだけとか言っちゃう人、本当に居るんだぁ……」


 ガチでムカつくなこいつ!


「これ以上余計なこと言ったら出掛けませんからね?」

「家に連れ込まれたって腕の痣の写真と一緒にSNSに載っけちゃおっかなぁ〜」

「何でも言って下さい。私、貴女になら何でも買ってあげたい」

「お願いは?」

「当然何でも聞きます」

「じゃあ早く着替えて下さい」


 今にも泣きたい。


×××


「下の名前教えて下さい」

「え?」


 フードコートで食事をしていると優実が唐突に聞いてきた。一応顔を隠すと買ったキャップが驚く程似合っていて、ツバの間から覗く顔は人目を避ける芸能人を思わせた。いや、もしや本当に芸能人なのかも知れない。すると、妙に顔立ち整ってるのも納得がいく。


「ねえ、答えて。お願いは何でも聞くって言いましたよね」

「ぅぅん……」


 私の下の名前なんて知ってどうするんだと思ったが昨今の情報社会、フルネームを知るだけで本人も知らないホクロの位置すら教えてくれるのかもしれない。得体の知れない恐怖。これが殺されるということか。

 しかし、これまた不思議な事に彼女からはそう言った邪念のような物は一才感じられなかった。別に私はテレパシーが使えるとか心理学に富んでいる訳ではないのであくまでそう感じるだけではある。ただ、この感覚は信用に値する気がした。これもまた、そう感じるだけではあるが。


そうです」

「……アイス?」

「本名だよ!」

「どう書くんです?」

「爽やかと書きます」

「……アイス?」

「だから本名だよ! このくだり二回もやらさないで下さい」

「ふぅん、素敵な名前ですね。あんまりらしく無いですけど」


 外に出たら少しはしおらしくなるかと思った私が馬鹿であった。寧ろ私の方が周りの目を気にして──本来買う予定など無かった服や帽子を買わされたり──彼女のペースに流され気味である。

 しかし、ここで一つやり返して置かねば社会人の名が廃るというもの。決して社会人を代表する訳ではないが端も端とはいえ、私も社会人の端くれである。ここで若い者に流されてるばかりではない所を見せねば。


「優実さんはどう書くんですか?」

「何で爽さんに教えなきゃいけないんですか?」


 ああもう頭おかしくなりそう。

 名前まで教えてるのに漢字教えたがらないのは何故。この女の基準は一向に雲霧である。


「優れるに実るです」

「今の教えない流れでしたよね?」

「そっちが聞いてきたんですけど?」


 そうなんだけどそうじゃない。

 しかし、ここで引き下がる訳にもいかないのである。何故ならば私は社会という泥沼に身を沈めた汚い大人。地上で綺麗な空気を吸う彼女に大人とは子供よりも子供であるという現実を教えてやるのだ。


「ご両親の想いが伝わる素敵な名前ですね」

「そうですね。ただの動物性をあたかもコントロールしているかのような物言いをする人間らしい素晴らしい名前です。コンドームとピルに並ぶ良い響きですね」


 負けである。なんて嫌な物言いをするのだろう。

 しかし、我々人類の歴史は彼女の軽蔑する動物性を介しているのである。名前に限らず言葉全てがそうなのだ。生きている限り歴史であるならば、彼女もまた動物性を介して存在しているのだ。

 私は猛烈に捻くれた説教をしたい気になった。ふと衆妙之門しゅうみょうのもんというタイトルをつけた女性器の絵が頭に思い浮かんで、なるほどクールベも私と同じような気持ちだったのかも知れないと思った。


「私は貴女のことをよく知りませんが、そういう物言いは感心しませんね」

「ありがとうございます」

「捻くれもここまでいくと凄い。周りは言わないだろうけど、みんな貴女のこと嫌ってますよ」

「でしょ? 特技なんですよ、嫌われるの」

「……負けました」


 完敗。この女、図太いとかのレベルでは無くもはや豪胆である。一周回って悟りを開いてるのかと思うほどだ。本当に彼女は人造人間なのかも知れない、と初めて思った。


「でも、爽さんに名前を呼ばれるのは好きです」

「え、なんで?」

「爽さんは生きるの向いて無さそうだから。優実って名前を記号として捉えてくれてそうだから」


 彼女は笑った。心から嬉しそうというより、酷く悲痛な表情であった。何故そんな深刻そうに笑えるのか。彼女の言う通り、生きるのが下手くそな私には理解できなかった。しかし彼女が悲痛でも、卑屈でも、苦悶でも、笑うことを選んだのは理解できた。


「……そろそろ布団買いに行きますか」

「あ。私、西川エアーのAirSXでしか寝れません」

「アスリートか」

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