サトゥルヌスの罪~ある調査員の記録~

おぎおぎそ

サトゥルヌスの罪~ある調査員の記録~

「コードネームUM11、簡易調査が完了し次第、本船へ報告せよ。該当文明の有用性、危険性についての判断は任せる」

「こちらUM11、了解」


 荒廃した文明の調査は、あまり心が躍るものではない。


 たいていの場合はレーダーで生体反応が確認できないほど惑星は荒れ果て、呼吸すら憚られるような腐敗臭が満ちていることも多い。


 新世界の探査といえば聞こえはいいが、文明世界というのはどれも基本似たり寄ったりだ。目新しいものが見つかることは少ない。特段危険な目に遭うことも無いが、出資元のお偉い方が満足するような成果を得るのは更に稀なことだった。その成果だって手柄は上が横取りだ。……金持ってるからって偉そうにしやがって。


 外部からの探査で見込みが薄そうだと判断された文明にかけられるコストは限られている。そうすると俺のような中堅調査員が単独で放り出されるわけだ。


「……にしても酷い有様だ」


 戦争の末路だろうか。建物は崩壊し、街全体が黒ずんでいる。頭上は不健康な色の雲で覆われ、何かが燃えているような匂いが広く充満していた。

 文明世界の終末としては、まあ、ありふれたパターンではあった。その文明で支配的な知的生命体が、自身の手では制御しきれないような兵器を使用して自滅する。知能レベルが低い段階の文明だと、四割ぐらいの確率でこの終焉を迎える。力への理解が足りないのだ。無理もない。


 事前の外部調査によると、この文明での主要な知的生命体はエピドスと呼ばれるタイプのようだ。陸上での生活が基本、エネルギー確保には酸素を利用。この文明のエピドスは二足歩行が特徴で、高度に発達した前足を利用することで文明を発展させてきた。ただし、情報伝達機能が音声と文字ベースの言語しかなく、他の知的生命体と比べると精度に欠ける……と。なるほど、概ね理解した。


 しかし、こうして街(だったはずのもの)を歩いてみても、一向に目新しいものは見当たらなかった。時折、微小な生体反応が確認できるものの、すぐにどこかへ行ってしまう。恐らく、知的生命体の数少ない生き残りだろう。


 事前情報にあったように文字が広く普及していたようで、看板などにその痕跡を確認することができた。だが、未知の文字体系であったためか、翻訳機は上手く動作せず、何を意味しているのかはわからなかった。


 とはいえ、この文明の文字形態の特殊さ自体は、一目で理解することが出来た。線が丸っこい文字と角ばった文字、やたらと画数の多そうな文字が、同一言語の中で併用されているのだ。こんな複雑な伝達手段では、情報の齟齬も起ころう。文明崩壊の一因はこれかもしれん。とにかくこれは報告に値しそうだ。


 がれきの中を調査していると、丸い缶詰を発見した。非常食の類だろうか。缶の表面には、よろよろとした筆跡で「やきとり」と印字されており、年老いた雄のエピドスとみられるイラストが描かれていた。


 缶を開けてみると、すぐに甘辛い匂いが立ち上った。中には調理された生き物の肉片とみられる塊が入っており、恐らくこれが「やきとり」と呼ばれるものだ。缶に描かれたイラストはエピドスであったから、これはエピドスを何かしらの方法で調理したものなのだろう。


 しかし、待て。金属製の缶に密封することで長期保存を可能にする。そんな芸当はある程度の知能レベルに達した生命体でないと不可能だ。この惑星でそれに該当するのはエピドスだけ。つまり、この缶詰はエピドスが作成した物でないとあり得ない。


 すると、この文明の知的生命体は……エピドスは……。


「共食いを容認していたというのか……」


 なんということだ。

 基本的に、知的生命体は共食いを嫌う。それは、知能の発展と共に真っ先に発達していくのが倫理観であるからだ。同族を殺すことは一般にはタブーとされ、殺戮を目的とした戦争ですら禁止されるのが普通だ。


 ところがこの缶詰は……エピドスは。


 なんと自らの生命維持のために同族を殺し、調理していたというのだ。


 冷や汗が背中を伝う。がれきの中をさらに深く掻き分ける。


 ここはかつて台所だったのだろう。新たなブツはすぐに見つかった。


「『まるこめ味噌』……?」


 透明な箱型の容器には、そう書かれていた。そしてその真ん中には、やはり。指をたてた丸刈りのエピドスが描かれていた。


 箱を開けると、独特な発酵臭がする。茶色い内容物を少し手に取り、舐めてみる。強い塩味とほのかな甘み。生命の味が強烈に濃縮されていた。


 イラストのエピドスは人差し指を立てている。このハンドサイン、どこかの知的文明では救助要請を意味するものだったはずだ。もし仮に、このエピドスのサインも同じ意味を持っているとしたら、この茶色いペーストは……。


「同族を、すり潰したのか……」


 考えられない。なんという残酷さだ。食のためなら鬼にでもなる。それがこのエピドスという知的生命体の本質なのかもしれない。

 思わず後ずさると、足元でカサリと音がした。


 見ればそこには、チューブ型の容器に入った乳白色の食料品とみられるものが、袋に入ったまま放置されていた。


 外袋には「マヨネーズ」と書かれ……嗚呼! やはり嘆かわしきことに、今度は裸のエピドスのイラストが描かれていた。体型からして乳児や幼児のエピドスだろう。


 そしてチューブの内容物は、まさに乳幼児の肌とほぼ同じ色をした乳白色だ。ここから得られる結論は……考えるだけでも身震いがしてしまう。


「と、とにかく、これは重要な報告事項だ……。エピドスの危険性は想定されていたものより高い可能性がある……」


 これほどの残虐性、一刻も早く本船へ引き返した方がよいだろう。

 そう結論づけ、がれきの中から這い出ようとしたその時、目に入った。入ってしまった。


「……これは」


 崩れた棚の傍に散乱していたのは、カラフルな棒状の袋。おそらく携行食料の類だ。


 その棒が俺の注意を惹いたのは、その棒が異常なほど大量に存在していたからでも、様々なバリエーションのパッケージに包まれていたからでも無かった。いや、厳密に言えばそれらも興味深くはあったが、それ以上に――。


「銀色の頭、大きな目、二足歩行……いや、まさかそんなはずは……しかし……」


 描かれていたイラストが酷似していたのだ。



 ――高度知的生命体である、我々の姿に。


 携行食料を握る手が震えてくる。もし俺の仮説が正しいとすれば、この軽い棒の正体は同胞が捕縛、加工された果てだ。しかもこれだけ大量に。


 冷や汗が止まらない。もしそうならエピドスにとって我々は餌。残存数は僅かとはいえ、まだこの文明には生体反応が残っている。だとすれば一人でノコノコとやってきた貴重な食料を狩りに来ない保証はないだろう。


「翻訳システム、インストール完了。この文明の言語は78%の正確性で翻訳可能です」

「うわっ! ……ったく、ビビらすなよ……」


 翻訳機がいきなり動作し始めた。突然のことに心臓が嫌な跳ね方をする。

 とはいえ、これは助かる。この危険な文明では、いかなる情報も自己防衛のためには欠かすことが出来ない。


「早速だが、この『うまい棒』という文字、どういう意味だ?」

「翻訳中……翻訳中……翻訳完了。『うまい』は味が良いこと、美味であることの意。『棒』は細長い円筒形の物の意」

「やはりか……」


 やはりこれは食品なのだ。パッケージに描かれた同胞が食われていた可能性は高い。


「補足情報として、この文明の別の文字体系では『うま』は『UMA』と表記されます。この『UMA』は未確認生命体、つまり我々のような高度知的生命体を指している可能性があります」

「なんだと……!」


 疑惑が確信に変わっていく。間違いない。これは、この『棒』は我々の肉を加工したものだったのだ。


 ……駄目だ。危険すぎる。これ以上調査は続行不能だ。いつ食べられてもおかしくない。直ちに帰還しなければ――。


「本船、本船! こちらUM11! 応答せよ! 直ちに本船へ帰還する! 受け入れの準備を――」

「…………おにいちゃん」

「――ッ!」


 本船への連絡を遮るように、足元から声が聞こえた。


 翻訳機のものではない。


 この星の……エピドスの声だ。


 急いで計器に目を走らせる。確かに生体反応が……まずい。どうやらこの一体だけじゃないようだ。


「囲まれたか……」


 辺りを見回せば、いた。

 どこに隠れていたのか、大量のエピドスが俺の周りを円を描くようにかこっていた。この小柄な体格、恐らくは子供のエピドスだろう。……微小な生体反応だと油断していた。


「……おにいちゃん」

「……おにいちゃん」

「……おにいちゃん」


 周囲のエピドスが病的な暗い瞳でぶつぶつと呟く。呟きながら、俺を囲む輪を狭めていく。


 揺れる、呟く、近づく。揺れる、呟く、近づく。


 これが、これがこいつらの狩り……!


「――ッ!」


 逃げようと瞬間、足が動かないことに気がついた。

 足元のエピドスが、俺の足に信じられないほどの力でしがみついていたのだ。


「……逃げないで?」


 エピドスの少女が不敵に笑う。


 同時に音声翻訳が完了した。


「お前を逃がさない、の意」

「っ! 本船! 応答願う! 本船! 直ちに救助を!」


 慌てて叫ぶが、無線はつながらない。


 そんなことをしている間にもエピドスはどんどんと迫る。ついには完全に身動きが取れなくなってしまった。


 震えが止まらない。心臓が悲鳴を上げている。俺は……喰われる。


 少女はまた笑う。



「おにいちゃん、そんなカッコしてるってことはさ、いっぱい持ってるんでしょ? うまい棒、ちょうだい?」




 数秒の沈黙。翻訳機が処理を終えたことを示す、軽い電子音が鳴った。




「お前をたくさんの『うまい棒』にしてやる、の意」





 ――通信記録は、調査隊員の悲鳴で途絶えた。

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