KAC2022 ひよこ失踪事件

かざみ まゆみ

第1話 ひよこ失踪事件

「要するに、大きくなったら塩で食べるか? タレで食べるか? と口論している間に、ひよこに逃げられてしまったと言う話ですね」


 そりゃあ、目の前でどう食べるか相談されたら、ひよこだって逃げ出したくなるな。


 俺は報酬前払いにつられて、浅草くんだりまで出張してきたことを後悔していた。


 いくら探偵業が暇だからって受けるべきではなかったか?


「それで逃げたひよこを探して欲しいと……」


 俺は聴取用のクリップボードを閉じて団扇代わりにパタパタと扇いだ。


「えぇ、それで偶々見かけた篠原探偵事務所さんへ電話したんです。ひよこはそれぞれ、赤色・青色・緑色の三羽です」

「カラーひよこですか? 今の御時世に? しかも三羽!」


 目の前に座る初老の男性は深くため息を付いた。


「縁日の屋台で孫が珍しがってね……」


 それを食べる相談していたのか? 孫が一生モノのトラウマを抱えるぞ!


「カラーひよこって何ですか?」


 後ろで話を聞いていた小夜子が口を挟む。


「昔はひよこを染料で染めて、お祭りの屋台で売っていたんだよ。とは言っても、俺も世代が違うから実際に見たことはないんだけどね」


 俺はパーマ頭を掻きむしった。


「捕まえてもらえたら一羽ごとに追加報酬を出すから宜しく御願いします」


 依頼者が深々と頭を下げるので、俺は仕方無しに依頼を受けることにした。


 俺と小夜子は依頼者の三階建て二世帯住宅を出ると、角を曲がった所で立ち止まった。


「とりあえず適当に聞き込みして終わらせよう」

「所長! そんな適当でいいんですか? 追加報酬出るんですよ!」


 小夜子は妙にワクワクしている。


 もしかしてこんな依頼で楽しんでいるのか?


「この間、大学の図書館で『ニワトリはいつもハダシ』っていう古い小説読んだばっかりなんですよ。それを思い出しちゃいました」


 小夜子は思い出し笑いをしている。


 良くそんなマイナーな作者の小説が置いてあったな? 大学の図書館も侮りがたいな。


 まぁいいや。


 俺は小夜子を連れて近くの商店街で聞き込みを開始した。



 *******



 意外に目撃情報あるな。


 俺達が商店街の八百屋や惣菜屋の親父たちに声をかけたら、すぐにカラーひよこたちの目撃情報が集まってきた。


 そのほとんどが一列に隊列を組んで、真っ直ぐ歩いていたと言うものだった。


 ひよこが一列に歩くって、カルガモの親子じゃないんだが……。


 どこに向かっているんだ?


 俺達はひよこの目撃情報を追いかけて歩いていくと、大通りに面した大きく派手な赤鳥居の神社へとさしかかった。


「神社の境内なら静かだから、ひよこ達も居るかも知れませんよ」


 小夜子の言葉に反応して境内を見ると、そこには大きな白い鶏とカラーひよこたちの姿があった。


「あれって、もしかして親鳥ですかね?」


 小夜子が境内の中を覗き込むと、白い雄鶏がけたたましい鳴き声を上げた。


 親鳥? いやまさか?


 カラーひよこたちに近づこうとする小夜子の手を俺は引っ張った。


「やめよう。ここはおとりさまだ」

「おとりさまって?」


 小夜子が派手に飾り付けられた境内を見渡す。


「年末になると酉の市が開かれて、縁起物の熊手を買いに来る参拝客で賑わう都内でも有名な神社だよ。ここで鶏を追いかけ回したら盛大な罰が当たりそうだ……」


 俺は踵を返すと依頼者の家に向かって歩き出した。


 近所の居酒屋から焼き鳥を焼く匂いが流れてきた。


「帰りに焼き鳥でも買って帰ろう。俺は絶対塩派だ」

「私はタレがいいです!」


 背中越しに雄鶏の大きな鳴き声が聞こえてくる。


 俺は振り返らず、手を上げてそれに答えた。

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