#バレンタイン特別編 『大人の味』
ワラシ、小学5年生、11才。
人生で初めて男の子へ渡す為のチョコレートを作ろうと決心したのは、三日前にママと買い物に出かけたスーパーでバレンタインの特設コーナーを見た時だった。
チョコを渡す相手は、勿論ケンピくんだ。
『将来はケンピくんのお嫁さんになる!』と心に誓ってから、早2年が過ぎた。
だけども、ケンピくんとの恋の仲は一向に進展していない。
相変わらず私はケンピくんの中ではその他大勢のままだ。
ケンピくんの魂に私の魂が惹き付けられ、心が奪われたのが小学3年の時。
あれ以来、何かにつけてケンピくんの傍でウロウロしては、話かけて欲しいアピールを重ねてきたが、結果は
そりゃそうだ。
クラスではケンピくんは人気者だ。主に男子だけなんだけど。
ケンピくんの周りには、常に友達が集まっている。
根暗で地味キャラな私と遊ぶよりも、男子同士のが楽しいだろうし、私とお喋りしても楽しくないと思われてるに決まってる。
本当の私は、話題豊富な出来る女なのに。 フッ
ケンピくん、占いとか呪いとか興味あるかな?
おっと、そんなことよりも、バレンタインのチョコだ。
自分のこの熱く
幸い、ウチは喫茶店で、デザートのメニューにも力を入れているので、材料は色々揃っている。
後は自分で作れるかどうかだけども、今までチョコは作ったことが無かった。
パパに教えて貰えば早いのだけども、パパはダメだ。
「誰にあげるの?」とかしつこく聞いてきそうだし。
ココはママしか居ない。
「ママ。チョコ作りたいから、教えて」
「えええ!?フミコちゃん、男の子にチョコあげるの!?」
「シィ~~!!!声大きいよ! そして男子にあげるとは一言も言ってない件」
「ごめんごめん。そっかそっか遂にケンピくんに手作りチョコあげるんだね?」
「そして、誰もケンピくんにあげるとは言ってない件」
「ケンピくんって体おっきいよね? じゃあじゃあおっきなチョコ作ってあげないとね!」
「だからケンピくんだとは言ってないと何度も―――」
「早速今から作ろっか!バレンタインは明日だもんね! 大丈夫!ママに任せといて!」
「お、おおぅ・・・」
接客をパパに押し付けたママとお店のキッチンに籠り、3時間かけてふんだんにチョコでデコレートしたチョコレートケーキを作った。
正にチョコVSチョコ!
チョコの中のチョコ!
チョコ道を究めしチョコケーキの完成!
生地を混ぜながら念を送り、オーブンで焼きながら念を送り、チョコの湯煎しながら念を送り、途中何度も妨害しに訪れたサチコを排除し、ようやく完成したチョコケーキ。
コレを食べれば、きっとケンピくんに私の想いが伝わる、ハズ!
◇
翌日、学校で渡すにはハードルが高すぎるので、放課後お家に帰ってから箱に入れてラッピングしたケーキを紙袋に入れて、ケンピくんの家に向かった。
郵便受けに入れればいいかな・・・
でも、手渡ししたいし・・・
やっぱ手渡しはムリ!
じゃあやっぱり郵便受けに入れるしか・・・
でも、手渡ししたいし・・・
どうやって渡そうか無限ループで悩んでいると、ケンピくんの家の前に到着。
電柱の陰に潜んで、様子を伺う。
ケンピくんは今家に居るのだろうか?
ココからでは判らない・・・
どうしたもんだろう・・・
やっぱり、ポストインしか。
今日の所は、手渡しは無理だと判断した私は、郵便受けに入れる為に電柱の物陰からケンピくんのお家の玄関前に向かった。
心臓がバクバクする。
学芸会でたった一言のセリフを言った時よりも、緊張する。
極度の緊張のまま一歩一歩近づき、玄関の前に立つ。
ふー、ふー
よし!チョコケーキを郵便受けに投入だ!
あれ?箱が大きすぎて郵便受けに入らないよ?
そう思った瞬間、玄関扉が開いた。
中からケンピくんのお母さんが出て来て「あら?」と言って、目があった。
その瞬間、私は逃げ出した。
全力ダッシュだ。
こう見えても、私はマラソン大会で3位に入る程の俊足だ。
走りなら負けない。
背後から「ちょっとまって~」とケンピくんのお母さんの声が聞こえるが、ビビった私は立ち止まることなく脱兎の如く走り続けた。
お家に帰ると、ママはニヤニヤして待ち構えたいたが、私が手に持つ紙袋を見て、悲しい表情に変わった。
けど直ぐに、「来年、頑張ろう!」と励ましてくれた。
持ち帰った紙袋から箱を取り出し、中を見ると、渾身のチョコケーキは、箱の中でグチャグチャになっていた。
落ち込みながら食べた自作のチョコケーキは、ちょっぴりビターな大人の味がした。
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