ブラック企業の生き方

@tonras

第1話 社畜はつらいよ

 ある調査によると日本のブラック企業の割合は約7割といわれている。

 ブラック企業といえば、長時間労働やどう考えても達成できないノルマ、サービス残業、パワハラといったことが思い浮かぶだろう。

 俺、楽市はじめが努めている広告代理店は、ブラック企業のイメージすべてを詰め込んだ会社だ。

 大学時代に4年間バイトしていたし、どこの会社でもそこそこ上手くできると思って就活に力を入れなかったことをひどく後悔している。しかし、転職する気力もなく体も心もブラックに染まってしまった。

 「おい楽市、3年目なのにまともに営業もできないのか。」

 「すいません課長。次は絶対、新規のクライエントを取ってきます。」

 課長は月末が近づくにつれ機嫌が日に日に悪くなっていく。月末のノルマを達成させようと社員一人ひとりに怒鳴りながらげき詰めしていく。

 今日は3月23日なので月末ノルマのほかに、年度末のノルマもありいつもより5割増しで機嫌が悪い。

 「お前もだ田中。4月には入社して1年になるのになにができるようになったんだ。毎月お前の営業成績をカバーしているのは誰だと思っている。課長の私がこの部署の責任を取ることになるんだぞ。明日からは休憩を削ってでも営業してこい。」

 俺と一緒に課長に詰められているのは、まだ1年目の後輩、田中重二だ。

 俺がいる部署の離職率は脅威の8割越えで営業部の新入社員6人のうち残っているのは田中だけである。

 田中まで辞められると数少ない後輩がいなくなってしまうので、ここはどうにかして課長から逃げないといけない。

 「課長申し訳ございません。田中の教育のためこれから外回りにいっています。」

 そう言って俺は、強引に課長の話を切り上げ田中を連れて外にでた。


 「先輩ありがとうございます。今日の課長いつもよりヤバかったですね。月間のノルマってなんで無理な数字なんですかね?」

 営業先に向かっている途中で田中が話しかけてきた。

 「うちの会社はブラック企業のお手本みたいな会社だからな。部署のノルマは無理な数字だし、個人ノルマを達成できなかったら次の月のトイレ掃除当番とかいう意味わからん事があるからな。」

 「先輩、俺もう会社やめたいです。」

 そういった田中はため息をついて手に持っていた缶コーヒーを飲みほした。

 このままでは、田中がやめてしまうかもしれない。そうすると、課長から怒鳴られることも増えるだろうし、一人ぐらいは後輩は欲しい。なので、俺は田中を引き止めるため作戦を立てた。

 「そうだ田中、今日仕事が終わってから飯に行かないか?できることがあれば手助けするぞ。先輩から代々受け継いできたこの会社での生き方のコツも教えてやる。」

 「先輩ありがたいですけど、何時に帰れるかわからないので今日は遠慮しときます。」

 田中は嫌なことでも思い出したのかだんだん暗い顔になって黙り込んでしまった。

 そんなことをお構いなしに残業が終わった21時から田中を連れて大衆居酒屋にいった。


 「先輩、明日も仕事だしあまり遅くならないようにしましょう。」

 田中はまだ社会人生活に慣れていないのだろう。残業が終わった後、飲みにいくのなんて日常茶飯事で俺の感覚がマヒしているのかもしれない。

 「まあまあ、悩んでいることがあるんだろう。役にたてるかもしれんぞ」

 すると田中は運ばれてきたばかりの冷えたビールを一気に飲み干し、ため息をついて話し始めた。

 「俺この会社辞めようと思っているんです。営業の成績もぜんぜん上がらないし、課長にもしょっちゅう怒鳴られるし、会社にもなじめてないように感じるんです。」

 「それなら会社で評価が上がる方法を教えてやろう。」

 田中の顔がさっきより生き返ったような顔をしている。

 「それは、誰よりも早く来て誰よりも遅く帰ることだ。」

 それを聞くと田中は言葉が理解できていないような顔をして固まっていた。

 「どういうことですか?」

 「営業部は完全ブラック思考だから、なぜか労働時間が長いほうが評価が高くなるし、接し方もあきらかに変わってくる。営業の成績は二の次なんだよ。」

 田中は理解できなかったのか、ポカンとしながら恐る恐る口を開いた。

 「でも早く来ても就業時間は変わらないし、毎日残業で遅くなるのに早く来ないといけないんですか?」

 「そうだ。無駄に早く来て無駄に遅く帰るこれが一番印象がいい。それと、お前残業の申請毎日してるだろ。あれも印象が悪い。」

 「暗黙の了解で残業はサービス残業が当たり前、サービス出社までいけば相当評価は上がるぞ。」

 田中の目は完全に冷めきっていた。

 「他の方法はないんですか?というか、先輩も残業の申請していないんですか?」

 「俺は知らないフリして毎回申請しているぞ。3年務めている間にメンタルも鍛えられたからな。ためしに明日から1か月間2時間早く出勤してオフィスの掃除とあいさつ運動をやってみろ。課長が優しくなると思うから。

 「あいさつ運動?」

 「玄関の前に立って出勤してくる人にあいさつするんだ。やる意味は分からないし、やってるやつはバカだと思うけど。」

 田中がここまで聞いて、明日からやるから早く帰ろうと言ってきたので、帰ることにした。俺が家に着いたときは日付が変わっていた。


 次の日から田中は会社に来なかった。

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