後輩のオススメの店

【KAC6焼き鳥が登場する話】

「奇跡のようにうまい焼き鳥が出る店があるんすよ」


 加藤が俺にそう言ってきたのは、残業が終わって自席でうんと背伸びをしているときだった。


 加藤は漢字を“加糖”に変えてもいいんじゃないかって体型をしている後輩だ。何を隠そうこの木曜の残業という相当にテンションが下がる事態を引き起こした張本人である。


 仕事でもミスが多くカバーする係が回ってくる頻度もなかなかのやつだが、妙に憎めないところがあった。たぶん若い頃の自分に似ているからだろう(自分の名誉のために言うが断じて体型ではない)


「へぇ。お前が言うなら相当なんだろうな」


 俺は鞄を手にしながらしみじみと口にした。


「はい。先輩さえよければ、行きませんか? 今から。残業手伝ってくださったお礼に、僕がおごりますよ!」


 ぶるんぶるんと二重アゴを揺らして笑う。八重歯を剥き出しにしてまるで少年のようだ。


 俺もにっと笑い返すと、指先でジョッキを呷るジェスチャーをした。


 加藤の言う店は国分寺にあった。

 会社のある恋ヶ窪から一駅なので、近いと言えるだろう。


 駅から出て北に五分もしない距離を歩くと、加藤の言う「奇跡のような焼き鳥を出す店」はあった。


 だが、俺は【くだんの店】を前にして一歩も動けなくなっていた。斜め後ろに立つ加藤に首だけ向ける。


「なぁ、加藤。本当にここなのか?」


「はい! ここですよ!」


「……隣の、居酒屋じゃなくて?」


 左隣にあるチェーンの居酒屋を指さす。加藤はぷるぷると顔を横に振った。


「違いますよー。そんな、チェーンの居酒屋で奇跡のような焼き鳥が登場するわけないじゃないすか」


「いや、むしろ、コンビニのほうが奇跡のような焼き鳥とやらが出てくる訳がないと思うんだが?」


 おれは自分が混乱している気がして、とりあえず加藤の言葉を一言一句変えずに、真似た。


 そんな俺の狼狽っぷりに気づいているのか否なのか。加藤は悪びれる様子もなく「ま、ま、入りましょ」などと言い、聞きなれた入店音を響かせて店内に入って行った。仕方がないので、俺も後を追う


 と、


「いらっしゃせー」


 覇気のない深夜のコンビニ店員の声にものすごく覚えがあった。


「鳥井……」


 レジの中でホットスナックを並べ替えている男、

 髪が黒いけど。

 メガネをかけていないけど。

 見たことのない服を着ているけれど。


 間違いない。かつて、十年お笑いコンビを組んでいた相方、鳥井悟史がそこにはいた。


「あー、マジで連れて来てくれたんすか。加藤さん」


 鳥井は変わらないへらりとした笑顔で笑うと、関西なまりの抜けない発声で加藤の名を呼んだ。


 連れて来た? マジで? どういうことだ?


「当たり前ですよ! だって僕、おふたりの大ファンでしたからね」


 大ファン? 鳥井と十年ふたりでコントを続けたけれど、舞台ばかりでテレビなんてほとんど出ていないのに。加藤がおれらの大ファン?


 俺の心に次々に疑問符の風船が浮かび上がってくる。そのうちのひとつをキャッチしたかのように、鳥井が口を開いた。


「炭野、加藤さんはおれらが唯一レギュラーで出させてもろてた関西ローカルの深夜番組【ガヤでもええんで!】の番組観覧も来たことあるくらいおれらのことすきやったらしいんや。就職先にお前がいてビックリして、そこから二年後、今度は偶然入ったコンビニにおれがいて『もうこれは運命だ』と思ってくれはったんやって」


「へ、へぇぇえ。あ、そう。へぇぇえ」


 頭がついていかない。理解が追いつかない。運命だ、ということは……どういうことだ?


「なんや、屁みたいな返事しおって。そんでな、おれが頼んだんよ。『もしよかったら、炭野を連れてきてくれませんか』って。もう一度、話したかったから……けど、まさかほんまに連れてきてくらはるとは。加藤さん、ほんまにおおきに。おおきにやで」


 ぼんやりとした視界が、加藤にぺこぺこと頭を下げる鳥井と、頭を掻きながら照れくさそうに笑う加藤とを映している。


「いやー、本当におふたりがまた揃うなんて、それだけでも見られて嬉しいですし、ここから【炭火焼き鳥】の再結成とかなったらもうそれこそ飛び上がるほど嬉しいですからねー」


 心做しか、加藤の剥き出しの八重歯がいつもの何倍も幼く見えた。


「そういえば、なんで解散したんです? 十年も続けてたのに」


 流れで核心をついてきた加藤に、俺は微苦笑を浮かべる。


 違うよ、加藤。十年も続けたからだよ。だからこそ、俺たちは解散という道を選んだんだ――。


 ぎゅうっと加藤にも鳥井にもバレないように強く強く、拳を握り込んだ。


 俺の頑なな拳を、


「なぁ、炭野。ちょっと話せへんか? またお笑いやろうや、とは気軽に言えやんけど、お互い守るものもあるやろしもうそんな青さだけで突っ走られへんけど、ちょっと、雑談だけでも、な」


 へらついた声がゆるめやがる。


 遠き日に「コンビ組まへんか?」と俺を誘ってきた声が。


「……焼き鳥、ひとつ」


 気づけば俺はそう口にしていた。


「え」


 鳥居が呆気に取られた声を出す。俺は長めのため息を吐き出して、一息に言ってやる。


「何呆気に取られてんだよ。そこの加藤に、奇跡のような焼き鳥出る店って聞いて来てんだ。奇跡のような焼き鳥一本、出せ」


 俺がそう言うと、一瞬目をまるくした鳥井が、弾かれたように動き出す。


 その様子がむかつくくらい、コント中の動きに似ていて。


 いますぐ鳥井の頭をどつきたい衝動に駆られた。


【了】

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