失われた風景
霜月かつろう
第1話
「あれ。屋台とかないのか」
久しぶりに訪れた、場所で記憶の中にあるものを一通り探したのだけれど、一向に見つからなくて、足元でワクワクしながら準備をしている息子に聞いてみた。
「なんでスケートリンクに屋台があるのさ。意味分かんないんだけど」
「えっ。ないのか」
「あるわけないじゃん」
少しだけ生意気になったその言葉遣いに成長を感じる。
しかし、昔はあった気がしたのだけれど、気のせいだったか。子どもたちが遊んでいる間。親たちはそこでおつまみとビールを楽しんでいたように覚えている。うどんや、焼きそば、肉まんやアメリカンドッグなど。色々なものがあった。
「いつからないんだ」
確かに自分が子どもころ行っていたスケートリンクは潰れてしまったし、ここは数年前に国体を開催するために県が作った場所なのだから屋台がないのも当然なのかもしれないが少しさみしいと思ってしまう。
「よしっ。履けた!行ってくるねー」
スケートに最近ハマり始めたという息子を連れてきたのは母親が用事で送り迎えができないからだ。まあ、たまにはいいかと代わりに送り迎えを引き受けたのは屋台がある記憶があったからだ。
ないんじゃ。どうやって時間を潰せばいいのだ。息子のことをずっと眺めているなんて子煩悩なことはできそうにない。いつも付き添っているはずのあいつはどうしているのだろうと、少し気になってしまう。
なにかないかとあたりを歩き回っていたら食べ物の自動販売機が設置されているのを見つけた。あの賑やかな屋台の代わりがこれかと思うと悲しくもなる。
そこは焼きおにぎりや焼きそばなんかがある。でも、もちろんなのか酒類はない。
時代が移り変わっているということなのかもしれないな。そう思いながら、ふと自販機に焼き鳥があることに気がついた。
子どもの頃。焼き鳥が一番羨ましかったという記憶が蘇ってくる。寒いスケートリンクの中で焼きたての焼鳥は湯気をトッピングに、父がうまそうに食べていたのをじっと見ていた。
一度だけ、それを食べたくてお願いしたことがあったのだけれど。お前たちは遊んでいるんだからいいだろう。俺はこれを食べるのが遊びなんだから、それを奪うのか。と怒られたこともあった。
今なら、大人の力で硬貨を自販機に入れるだけでそれが食べられるのかと思うと、ちょっとした満足感と虚しさが襲ってくる。
まあ。やることもないしな。そう思い、自販機に硬貨を入れて焼き鳥のボタンを押した。デジタル数字のカウントダウンが始まったのを確認するとしばらくその場で待ち続ける。
風情がないというか。これをそのあたりの机でひとり食べている自分の姿を想像して買ったことを後悔までしてしまう。腹は減っているし、やることがないのだから大人しく座って食べているのもしょうがない。
近くに時間が潰せる施設でもあればいいのだけれど。スケートリンクなんて広い土地が必要な施設はだいたい郊外にあるもの。そのそばにそんなものはない。
あたりの親たちはどうしているのかと思って見回すと、それこそため息しか出ない。なぜってみなスマホを片手にぼーっとしているのだ。
そうだよな。時代が違うのだ。今ならそれが一番の時間つぶしだ。しかし、機械音痴な自分はそんなものは持ち合わせていない。
自販機から音がして、焼き鳥が取り出し口に落ちてきた。無造作に箱を掴んだら思っていた以上に熱くて落としそうになる。
やだやだ。この光景には風情がやっぱり足りない。
子ども様子を見にリンクサイドに移動しようとしたら入り口の扉に飲食持ち込み禁止の文字を見つけて、そこでもため息が止まらない。
窮屈になったもんだ。
色々なトラブルが起き続けた結果なのはわかる。しかし、息子の成長をつまみに焼き鳥を食べることもできないのかと思うとつまらなくもある。
しかたないから待合室で食べるしかなさそうだ。
同じように舞っている親らしき人たちを避けながら開いている席に座る。スケート靴を履いていることを想定しているのか普段の椅子や机よりも高めだ。
配慮されているのかされていないのかわからないね。ここに来る人達はみんなスケート靴を履いている前提なんだな。まあ仕方ない。そんなもんだ。
ひとりで食べるのもどうなのかと思いながら焼き鳥の入った紙箱を開けてると湯気がこみ上げてきたのを見て驚く。
ふうん。
そこだけは変わってないんだなと。少しだけだがそのことが嬉しく思えた。
失われた風景 霜月かつろう @shimotuki_katuro
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