第8話 兆し そして走る

 どれくらい時間が経ったのかもわからなかった。捕まったあの日から、毎日サンドバッグのような扱いを受けていた。契約を拒否し続けた結果である。


 初めは適当に痛めつけて言う事を聞かせるみたいだったが、代わりがいないわけもなく面倒になったのか、酔っ払いや八つ当たりの玩具としてアジトの大部屋の隅に吊るされていた。

 今まで殴られたり蹴られたりしてこなかったからか、初めは命乞いやいいなりになる余裕もなかったのも悪かったのかもしれない。


 痛みと飢えに耐えながらも、ある時から余裕が生まれてきた。痛みを感じなくなった…というよりは、たいして痛みを感じなくなってきたのである。

 麻痺してきたわけではなく、小さな子供に戯れて叩かれたり蹴られたりする程度に。

 そして、殴られても蹴られても、痛くなくなった。

 ぼやけた意識の中、自らの身体の違和感に思考を巡らす。

 この世界に来て、まだひと月も経ってない。経ったのかもしれないが、特に変わった事をした記憶もない。けれど、確実に違うとわかる。

 自分自身に集中していた、その時だ、


 (ヴンッ)


【ユウイチ イチカワ】

種族 人間

スキ__


 目の前にウィンドウが現れた。いわゆるステータス画面というやつである。


「なっ…!」


 思わず声が漏れ、うるせぇと物を投げられた。


 集中が切れると消えてしまうようで、フッと消えてしまった。

 焦る気持ちを抑えつつ、もう一度自身に集中する。



 (ヴンッ)


【ユウイチ イチカワ】

種族 人間

スキル 順応

言語能力 識字能力 菌耐性1 筋力上昇1 疲労耐性1 物理耐性2 苦痛耐性2


 思っていた内容とは少し違ったが、希望が見えてきた。

 内容を確認し、理解に努めていく。


(順応…するって事だよな、慣れるってよりは適していくって考えか。菌の耐性ってなんだ、もしかして腹痛の時のか…それから…)


 あれこれ考え、今思えば治りが早かったなとか、肉体労働も経験なかったのにとか、違和感が解消されていった。


 1や2がどのくらいの効果はわからないが、痛みも感じなくなってきたという事はかなり期待が持てるだろう。

 改めて身体を見たが、ボコボコにされ血だらけだったはずが、血や汚れの下はは青痣があるくらいで

生傷などはもう無いように見える。

 

 チートなのかは判断に困るが、現状これにすがるしかない。

 今の私なら、隙を見つけて強行に逃げ出す事も出来るはずだ。

 今更逃げるとも思っていないせいか、移動する時の手枷の付け替えなんかは隙だらけだしな。ここが孤島だったり、監獄の中ならどちらにしろ終わりなんだと自分を納得させ、表に糞尿の始末をさせられにいく時に逃げ出すと決めた。


 一緒に捕まった人や、他に捕まった人もいるかもしれないが、見かけもしてないし自分だけで精一杯だ。無事逃げ出せたら、出来るだけ助けになるよう協力をしよう。


 (よし、今日逃げる。逃げるぞ…)


 私は、殴られながら覚悟を決めていた。


 「おいっ!トイレ一杯だぞ、捨ててきやがれっ」

 

 ガラの悪い男が怒鳴っている。


 「…っち、わかりやしたよ。すぐにやりやす!」


 下っ端のような男がそう言うと、私を吊るした鎖をとりトイレまで引っ張り連れて行く。

 顎でやれっと糞尿を汲み取らせ、私に運ばせる。


(まだ…まだだ…もう少し…)


 心臓がバクバクいっている。気持ちを落ち着かせつつ、機会を待つ。

 表に出て、建物から少し離れたとこで…


 「おい!向こうの隅に捨てろっ。早く戻るぞ!さっさ…」


 男が話している途中、私は持っていた糞尿を被せ投げた。


 「うわ!お__っ…」


 反応なんか見てる余裕もない。私は、ひたすら走った。


 薄暗い森の中、ただひたすら真っ直ぐ走っていった。止まったら…捕まったら今度こそ終わりだと。

 ぼろぼろのおっさんが、全力疾走。テレビで観てたら笑えただろうな。


 こっちに来て1番の顔で走って行く、おっさん。

 

 ナレーションが流れているだろう。


  “頑張れ!おっさん”

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