第5話 〜両家の謁見〜



―――オラリア 王宮



 ギルベルトの父にして辺境の小都市を治める領主、アルマ・カーティスはこうして陛下と顔を合わせるのは数年ぶりの事だった。


(ギル……)


 心の中で逃亡した息子を心配しながらも、「よくやった」と褒めてやりたかった。幼い頃から、『民や淑女を大切にしろ!』という自分の教えが息子に息づいている事が嬉しかったし、誇らしかった。



 隣で一緒に跪いているのはストロフ公爵家の当主にして、学生の頃からの親友ロミオ・ストロフ。


――ギルは娘の婚約者として申し分ない! 私は感動したぞ! アルマよ!


 両家の見解は、ギルベルトの行動の正当性を尊重する事で話はまとまった。そして、2人で、「まさか逃亡するとはな……」などと苦笑し合ったのだ。





「王宮に招いたのは、我が愚息、ロリドの件である! アルマよ。この件をいかように考える?」


 国王の言葉にアルマは顔を上げる。


「恐れながら……。カーティス家の名に恥じない行動であったと……」


「第一王子である、我が息子に暴力を振るったのであるぞ?」


「『民や淑女を敬え』……。それが、カーティス家の家訓であります。複数人から聞いたところによると、ロリド殿下の行動は……」


「『次期国王にあるまじき行為』……?」


「賢王と名高い陛下であれば、私の言葉など不要にごさまいます。今一度、恩赦を……」


 アルマはそう言ってまた頭を下げる。


「うむ……」


 潤沢な白い顎髭を撫でながら国王は深くため息を吐いた。すると、ずっと沈黙を貫いていたロミオが陛下の許可なく立ち上がった。


(さ、流石に公爵家でもダメだろ!)


 アルマは頭を下げたまま苦笑しながらも、ロミオが『こういう』男である事はよく知っている。


「陛下! ギルベルトを確かに法を犯しました。しかし、法を先に犯したのは殿下にあるように見受けられます! 我がストロフ家の世界一、可愛いミーシャに無理矢理関係を迫ったとか……?」


 ロミオは少し血走った瞳で陛下に鋭い視線を向ける。


「ギルベルトは『ミーシャの婚約者』!! 刑罰に処するのであれば、殿下にも相応の処罰が下るのは至極、当然! しかし!!」


 ロミオは少し沈黙し、空気を作る。


「……ロリド殿下の横暴を、ストロフ家は目を瞑りましょう……。陛下……、王族と言えど、ストロフ家には『準備』がございますよ……?」


 ロミオの言葉にアルマは苦笑する。


(もう、お前、……めちゃくちゃ反逆罪ではないか……)


 頭を下げたままチラリと陛下の様子を見やると、陛下も普通に苦笑しているようだ。


 この時点でアルマはギルベルトの無事を確信したが、愛娘を泣かされて絶賛、憤慨中のロミオは言葉を続ける。


「私はギルベルトを誉めてやりたい! 騎士道に重んじる姿勢!! 相手が王族であるか、どうかの前に、紳士として、どうすべきなのかを知っている!! ロリド殿下にも騎士道はなんたるかを今一度教育した方がよろしいでしょう!」


「……と、とりあえず、少し落ち着くのだ。ロミオよ」


「落ち着いていられますか!! 陛下が多忙を極めている事は重々、承知しておりますが、此度の件。どう考えても殿下に非があります! 我が娘に無理矢理、関係を迫るなど笑止千万! 私が蜂起していないのはギルベルトのおかげでございますよ、陛下!!」


「き、貴公は本当に……。はぁ〜……。まぁでも、言わんとする所はわかっておる! 『コレ』は我が愚息が自分で招いた問題であり、学友同士のただの戯れ合い!」


「……」


 沈黙するロミオを他所にアルマは口を開く。


「有り難き幸せ」


 アルマの言葉にロミオをハッとした様子で跪くとそれに倣った。国王陛下は苦笑しながらもそれを受け入れ、『今回』の件の落とし所を口にした。


「此度の件。ギルベルト・カーティスおよび、ミーシャ・ストロフ両名に、我が愚息から謝罪するように通達を出そう! そして、王国中にこの知らせを配布し、ギルベルトの帰宅、及び、首席卒業生としての業務に就いてもらう」


「お言葉ですが、ギルベルトへの謝罪は不要にございます! ギルベルトが殿下にお怪我をさせたのは周知の事実。こちらからロリド殿下に謝罪の場を用意致しますので……。ミーシャ嬢への謝罪にて、この件は終幕と言うことに」


 アルマは慌てて言葉を紡ぐが国王は言葉を続ける。


「……愚息の行動を正してくれた学友に感謝を伝えるのは子を持つ父として、当たり前の事だ。多忙を理由に、息子の教育を他に任せていた事は私の落ち度だ。ギルベルトに感謝を、ストロフ家の令嬢ミーシャには謝罪を……」


「「はっ! 恐れ入ります!」」


「では、そのように」


 アルマとロミオは陛下を見送り王宮を後にした。



「よかったな、アルマ。『準備』していたのだろう?」


「……いや、陛下のお言葉を聞いてからだと思っていた。それより、ストロフは大丈夫なのか?」


「ハハッ。屋敷の使用人や裏ギルドの者達を鎮めなければな!」


「お前、そろそろ、本当に捕まるぞ……」


 ストロフ家は裏世界にも顔が効き、カーティス家は帝国とのパイプを持つ。今回の件が大事にならず、アルマは本当に胸を撫で下ろした。


「父様!! ギルの処遇は、いかようにッ!?」


 王宮を出ると、待っていたのはギルベルトの兄である『イルベール』だ。少し緊張した面持ちのイルベールにアルマは穏やかに微笑み、軽く手を上げた。


 明らかにホッとしたようなイルベールに歩み寄ると、事の経緯を説明する。


「……本当によかった。ハハッ……、ギルめ。どこにいるのやら……」


 イルベールは小さく呟き、笑みを溢した。


「アルマ! 屋敷に戻るぞ! ミーシャも心配していたからな!」


 そそくさと馬車に乗り込んでいるロミオが声を上げる。アルマは(やれやれ……)と息を吐き、どこに居るのかもわからないギルベルトに思いを馳せる。


「父様……。そ、そういえば、姉様がギルの逃亡を聞きつけ、屋敷に帰って来ておりますよ」


「なっ……。ど、どこで漏れた!?」


「……乱心して話が出来ませんので、ギルの成績表や学園対抗戦での活躍の映像を見せて落ち着かせてます……」


「ま、全く……。イルも『リリ』も……ギルの事を甘やかせすぎなのだ」


「……父様にだけは言われたくありませんね!」


「わ、私は普通だ! ……リリに比べれば」


「それは私もですよ、父様……」



 ギルベルトの姉『リリム・カーティス』。

 『Sランク冒険者』にして、『帝国騎士団』の団長。


 カーティス家の『太いパイプ』は、ギルベルトのことになると周囲が見えなくなるほどの、極度のブラコンであった。


 アルマとイルベールは顔を見合わせ、2人同時に深くため息を吐いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【あとがき】


 ロミオ、ヤッベェやつ!

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