第37話 準備
作業用ゴーレムを作成する許可は、とりあえずレオンハルトから取り付けた。
勿論、作業用のゴーレムであるわけだから、工房の中で作るわけにもいかない。工房は基本的には試作や研究にのみ使う場所であり、他には日光に弱い素材を使う場合に使うものだ。
そのため、本日より作業は外で行うことになる。
「……割と暑いですね、外は」
「そうですね。もう夏も近いですから」
「……さすがに、夏場は屋内で研究だけにします。わたしが溶けそうですし」
「人間は物理的に溶けないと思いますが」
「わたしは溶けます」
主に心が。
そうカサンドラから与えられる言葉に、適当に返しながらアミルは、作業を始めることにした。
とはいえ、今から作るのは作業用ゴーレムであり、誰かに渡すものというわけではない。あくまでアミルが、個人的に作るものである。
そのため、見た目に拘る必要が何もない。
「出入りの商人は、こちらから呼びつけることもできるんですか?」
「はい。勿論、奥様のお求めの品がありましたら、いつでも呼び出すことができます」
「うぅん……鋼材はまだ足りそうではありますけど、余分は欲しいですからね。近々来るように伝えてください」
「承知いたしました」
アミルに向けて、慇懃に頭を下げるカサンドラ。
一言多い場合もあるけれど、基本的には忠実なカサンドラである。
「さて、作りますか」
この屋敷にある鋼材は、基本的に裏庭の方にまとめられている。
つまり、下手に鋼材を運びたくないアミルにとって、作業場所は自動的に裏庭に決まった。勿論、運搬用のゴーレムを作ればどこででも可能だけれど、いちいち運搬を命じるのも面倒極まりない。
それに、裏庭といってもおそろしく広く、普段は屋敷があるせいで日光が差さないのか、花なども植えられていない。綺麗に刈ってある芝生だけだ。
まぁ、これからこの芝生は、恐らく原型を留めないほどに荒らされるのだけれど。
「えぇと……」
まとめてある鋼材に手を翳し、アミルはぱらぱらと自分の手帳を開く。
そして一つの頁を確認して、その内容をしっかり確認してから、自分の掌へと魔力を送った。
翳している鋼材の一部が浮き、それと共に加工が始まる。
アミルの魔力によって、じわじわとその形が削られていき、一つ一つの部品となってゆく。アミルにとっては見慣れた光景であるけれど、カサンドラは何が起こっているのかと目を見開いていた。
鋼材を削り、形を変え、一つ一つ部品が並べられていく。
「お、奥様……これは……?」
「ああ、レシピですよ」
「れ、れしぴ?」
「魔力の籠もった羊皮紙に、部品の設計図を描いているんです。その設計図とシンクロして、魔力によって形成することで、大量生産品はすぐに作れるんですよ」
「そ、そんなことが……?」
唖然としながら、形を成してゆく鋼材たちを見守るカサンドラ。
ゴーレム作りというのは、基本的に進化し続けるものだ。だが新しいゴーレムを作るとなると、どうしても試作と実験、実践を重ねる必要がある。
そのため、既に完成しているものに関してはこういったレシピを用意しておいて、魔力の循環によってすぐに作れるようにしているのだ。具体的に言うならば、この手帳は今までアミルが作ったことのあるゴーレムを書き記している。
既に完成しているゴーレムだから実験の必要もないし、加工もそれほど難しくない。実家で作ったものは、一部の部品で真球を限りなく追求したものもあったけれど、それ以外の加工はほとんどがレシピのままだ。
「まぁ、組み立てるのは手作業なんですけどね」
「……そうなのですか?」
「ええ。まずは、簡易な持ち運びのできる装置からです。これがないと、何も始まりませんからね」
アミルが最初に作ったのは、クレーンの機構である。
鋼材を限りなく細くし、編み込み、強度を増す。それによって鉄線となり、強度と柔軟性を持った素材となるのだ。さらにそれを編み込むことで、重いものを吊り下げることもできるようになる。
それを一つ一つ組み合わせていきながら、まず極めて簡易なクレーン機構が完成した。
いわゆる設置クレーンであり、動かすことはできない。代わりに、地面に設置する部分を非常に重い鋼材にしているため、余程重いものでない限りは吊り上げることができる。
「……これが、素材を運ぶクレーンなのですか? 小さいような気がするのですが」
「ええ、小さいですよ」
カサンドラの疑問に、そう端的に答える。
カサンドラの疑問通り、素材を運ぶクレーンとしては非常に小さい部類だ。何せ、その高さはアミルの背丈ほどしかない。
このクレーン機構で、さすがに10メートルにも及ぶテツジンを作るのは、無理な話だ。
「まずは、わたしが持ち運ぶことのできる小さなものを作ります。次に、このクレーンで運ぶことができる重さのものを作ります。次に、その大きさのクレーンで運べるものを作ります」
「……」
「ひとまずその三つができたら、作業用ゴーレムの作成に移れますね」
本音を言うなら、実家に置いてある四体のゴーレムを持ってきたい。
だけれど現在、あれの所有者は父という形で上書きしたし、管理はラビに任せている。それをこの屋敷に持ってくるのは、普通に犯罪になってしまうのだ。
だから、ここで一から作るしかない。
「夏は屋内だけの研究に努めるとして……作業用ゴーレムが全部完成するのは、冬といったところですかね」
「……途方もないですね」
「ただ……作業用ゴーレムを旦那様が気に入ってしまった場合のことを、考えなければならないんですよね」
「あー……」
はぁ、と溜息を一つ。
懸念は、旦那こと雇い主――レオンハルトである。
彼が作業用ゴーレムを見て気に入ってしまった場合、間違いなく「これ僕にください!」と同時に目キラキラが発動する。そうなってしまったら、アミルに断るすべがない。
だから、そんなレオンハルトへの対策として。
「とりあえず、作業用ゴーレムは全部無骨な感じにしましょう。いかにも作業用ですよ、みたいな」
「確かに、その方が良いかもしれませんね……」
アミルは知らない。
少年は、割と無骨なロボットに対して格好いいという感覚を抱くことを。
そして、レオンハルトの心根が少年のままであるということを。
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