ゴーレムマスターの花嫁~プロポーズの言葉は、「僕のためにゴーレムを作ってください」~

筧千里

プロローグ

「凄まじいな……」


「ええ。この調子でいけば、今年の秋には収穫が期待できると思います」


「まさか、学院でこんな技術を学んでくるとは……」


 次々と、整えられていく土壌。

 本来、そこは大きな岩が転がり、荒れていた大地。それがまるで、今にも種蒔きを待っているかのような瑞々しい土壌へと変わっていた。

 この地が、今朝までただの荒れ地だったと聞いて、何人それを信じるだろう。

 アミル・メイヤーはそんな土壌を眺めながら、満足げに頷いた。


 陽光に映える金髪を、後ろに流した少女である。動きやすい麻の上下に帽子を被った、一見すれば地味な町娘に見えるだろう姿だ。

 しかし、その隣――共に土壌を眺める男性は、貴族然とした正装に身を包んでいる中年である。しかし、そんな正装も所々に繕っている形跡があることから、その生活の質は知れるだろう。

 彼はウィリアム・メイヤー。アミルの父であり、この地――メイヤー伯爵領を治める領主、現伯爵である。


「これで、民の生活も楽になると思います。この地を耕作地にできればと、ずっと考えていましたから」


「……すまんな、アミル」


「いえ。これも、わたしの学費を捻出してくれたからです。わたしは、領地で自分ができることを学ぶために、学院に行きましたから」


「いや……しかし、これは想像以上だ。まさか、これほどの労働力が……」


 目の前で土を掘り、大岩を動かし、木の根を抜いている影。

 それは口さがなく言うなら、巨大な岩でできた巨人の化け物である。

 頭に類する位置はなく、太い岩の体に腕と足が生えた、人間の数倍もの大きさがある巨人だ。そんな巨人が合計で四体、次々と荒れ地を耕しているのだ。

 細かい作業こそできるわけではないが、土を拳で殴って掘り起こし、岩を持ち上げて外へ投げ、木の根を片手で引っこ抜くその作業は、人間ではない巨人だからこそできること。

 それは――ゴーレム。

 高位の魔術師しか使うことのできない、命令に従う人形を作り出す魔術によって生まれた、魔術生命体である。


「領民たちは僅かな耕作地で、必死になって働いてくれています。ですが、もっと農地が広がれば、収穫量が上がります。農地に使える場所が広がれば、流民も受け入れることができます。流民を受け入れることで領民の数が増え、生産量はさらに上がります」


「……お前にそれを言われたときには、夢物語としか思えなかったがな」


「わたしはそのために、三年間勉強してきました」


 メイヤー伯爵家の娘、アミルはこの春、ヴァイスハルト公立学院――アルスター王国の王都にある学院を卒業したばかりだ。

 基本的に貴族しか入ることのできない学院は、貴族としての礼節や学問、そして魔術を教わる学院である。平民が使うことのできない、貴族にだけ扱うことのできる魔術――それを教えてくれる習得することができるのは、ヴァイスハルト公立学院だけなのだ。

 大きく、アミルの父――ウィリアムが、溜息を吐く。


「わしがアミルを学院に行かせたのは……どこか、良家と縁を持つことができればと考えてだったのだがな」


「それについては、申し訳ありません。三年間ずっと研究漬けだったので、ほとんど人間関係はありませんでした」


「いいや……今後、我が領は発展していくだろう。アミル、お前のおかげだ」


「ありがとうございます」


 アミルは学院に入って初年度に、土魔術の一つにゴーレムの生成があることを学んだ。

 その瞬間に、閃いたのだ。ゴーレムを生成すれば、それが領地の労働力の一つになってくれるのではないか、と。老人ばかりの農村に、不眠不休で働けるゴーレムを送るだけで、生産性は格段に上がるのではないか、と。

 しかし、並の魔術師に作ることができるのは、せいぜいが崩れやすく不格好な土のゴーレム。岩や金属でゴーレムを作れるのは高位の魔術師だけだと、土魔術の講師が授業で説明していた。


 アミルは、必死に学んだ。

 幸いにして、アミルは己の魔力系統が土属性であったため、ゴーレムの生成に適した魔力をしていた。それも相まって、彼女は必死に研鑽を重ねた。

 学院の図書室に入り浸り、土系統の魔術にだけ重点を絞って学習を重ねてきた。土魔術の講師に何度も何度も質問をしに行き、特別に様々な魔術を見せてもらい、そして同じく自分でも実践を重ねた。

 その結果、アミルは他の魔術は初歩ですら怪しいというのに、高位のゴーレム生成を身につけたのだった。

 全て、アミルの努力によって。


「今、わたしに作ることができるのは、岩のゴーレムだけです。それも、小型はまだ難しいので……力仕事を任せることしかできません。もっと研究して、より生産性を増したゴーレムを作らなければいけませんね」


「む……い、いや、アミル、それほど無理はせずとも……」


「いえ。もっと研鑽を重ねれば、小型のゴーレムも作れると思います。より人間に近い形状をすれば、人間と同じ仕事を任せることができます。もしもゴーレムに麦の穂を刈ることを任せることができれば、もっと生産性は上がるでしょう」


「……」


 アミルが夢見る先――それは、農民とゴーレムが共に働く未来。

 いつかは、人間が力仕事をすることなく、全てをゴーレムに任すことができる環境。

 そうすれば、より領地は発展してくれる。そう信じている。


「はぁ……」


「どうしましたか、お父様?」


 しかし、アミルは知らない。

 ゴーレムを作ることを第一とし、ゴーレムを作ることだけに邁進し、ゴーレムの研究のために引きこもり、ひたすらにゴーレムを作ってばかりの娘に対して。

 父ウィリアムが、常に危惧していることを。


「……わし、孫の顔見れるかな」


「はい? お父様?」


「いや、何でもない」


 このゴーレム狂いの娘に、嫁の行手はあるのだろうか。

 そんなウィリアムがそっと零した悩みは、風に流されて消えていった。

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