悪役令嬢はお祭りに繰り出した!

すらなりとな

悪役令嬢とシスター

「ねぇ、イザベラちゃん、これから、お祭り行かなぁい?」

 

 修道女のイザベラが、同じシスターのローザからそんなふうに話しかけられたのは、夕食が終わった直後だった。


「お祭り? そんなものがあるの?」

「あれ、知らないのぉ? いつもこの時期に、お祭りがあるんだよぉ?

 何のお祭りか知らないんだけどぉ、修道院のシスターも、一緒にお祝いしてもいいお祭りなんだってぇ」


 幼い見た目に違わず、舌足らずな話し方に、いかにも期待に満ちた目で見上げてくるローザ。よほどお祭りに行きたいらしい。微笑ましいものを感じるイザベラ。

 が、そこへ修道院長のマギアからしっかりと注意が飛んできた。


「行くのは構いませんが、あまりハメを外さないように。

 それと、このお祭りは聖女様を祀ったものです。何度も説明したでしょう?」

「そうでしたっけぇ?

 それより、マザー・マギア、リサちゃん知りませんかぁ?

 一緒に行こうと思ったんですけどぉ、見当たらなくてぇ」

「はあ、この子は……シスター・リサなら、もうお祭りに走っていきましたよ?

『噂の屋台に突撃してきます!』と、それはもう元気なものでした」

「そっかぁ、じゃあ、私達も突撃してきまぁす」


 ローザに手を引かれ、食堂を後にする。


「ローザッ! 帰ったらお勉強ですからね!」

「はぁい! 帰ってから頑張りますぅ!」


 後ろから追いかけてくるマギアの声と、前へと引っ張るローザの声に挟まれながら、修道院の外へ。

 遠くから聞こえる喧騒のせいだろうか。

 優しい夕日に包まれた街は、スラムの埃っぽい空気をたたえながらも、どこかいつもより浮かれているような気がした。

 ローザに手を引かれるまま、小走りについていくと、そんな賑やかさが、次第に近づいて来る。


「うーん、リサちゃんは……いないなぁ。

 まいっかぁ。おじさーん、焼き鳥、三本くださぁい!」


 そして、お祭りの入り口。

 ローザから、焼き鳥を差し出された。


「え、えっと? ローザ、これは……?」

「ん~? もしかしてぇ、ご飯食べちゃったからぁ、お腹いっぱいぃ?」

「いえ、そういうわけでは……」


 口ごもったまま、じっと焼き鳥を見つめるイザベラ。

 焼き鳥を小さな口で頬張りながら、首を傾げるローザ。


「串焼きにしたお肉を外で食べるのは、ここでは普通なのですか?」

「ふぐぅ? もしかして、イザベラちゃん、焼き鳥、知らないのぉ?」


 うなずくイザベラ。

 ローザは口の中の焼き鳥を飲み込んで、更に首をかしげた。


「うーん、そういえば私も、マザーに連れてってもらったお祭りで、初めてたべたんだっけぇ? よくわかんないけどぉ、トーヨーのお料理なんだってぇ。おいしいから、食べてみればぁ?」


 言われて、恐る恐る口をつける。

 肉汁とたれの味が、口の中に広がった。


「……おいしい」

「そっかぁ、よかったぁ。

 イザベラちゃんは、お祭りとか行ったことないのぉ?」

「いえ、何度か、王都で見たことはあるわ。

 けど、こうして歩きながら食べたりとかは、初めてね」

「そういえばぁ、マザーも、歩きながら食べるのは、はしたないからやめなさいって言ってたっけぇ? イザベラちゃんのお家って、お薬屋さんだよね? 貴族様が使ってるイメージがあるけどぉ、やっぱり厳しいのぉ?」

「ええ、まあ……」


 あいまいに笑ってごまかすイザベラ。

 ローザ達には、実家は薬屋、と説明しているが、実は少し違う。

 正しくは、薬を独占的に扱うことで一財産を成した貴族の末裔というのが、イザベラの家系だった。イザベラ自身も、少し前まで貴族――それも、この国の第一王子の婚約者となる程に高位の貴族だったが、その王子が他の恋愛に走った挙句、イザベラに不興を向けたため、こうして貴族の身分を捨て、修道院で身を隠している。


(そういえば、子どもの頃、一度だけ王子とお祭りに行きましたわね)


 思い出すのは、華やかな王都。

 飾り立てられた大通りの中央を進む、白馬の馬車。

 その中で、幼いイザベラは、王子とまるで貴族同士のパーティのように、会話を交わしていた。

 王子は感情を覆い隠す過剰なやさしさでイザベラに声をかけ、イザベラも社交辞令で飾り付けた言葉で返す。

 当時はそれを疑問とも思わず、恋愛とはそういうもので、これが正しい人間関係だと思っていた。

 しかし――


「う~ん、じゃあ、あっち、広場にベンチがあるから、座って食べよ!

 歩きながらじゃなくなるから、大丈夫だよぉ!」


 何か、重要な疑問が浮かびかかったところで、ローザに手を引かれる。

 向かった先は、広場。

 空いているベンチに、腰を下ろす。


「じゃ、ここで食べちゃおう。冷めるとおいしくなくなっちゃうしぃ。

 三本目はリサちゃんの分だったけどぉ、こっちも冷めちゃおうといけないからぁ、一緒に食べちゃおう。うん、そうしよう」

「ふーん、じゃあ、このジュースはいらないんだ」


 その途端、後ろから、頬に冷たいグラスが引っ付いた。

 おどろいて振り向くと、にやにやと笑うリサ。

 器用に三つのグラスを指でつかんで、得意げに揺らして見せる。


「もう、冗談だよぉ。広場に入ったときぃ、リサちゃんが見えたから、ちょっと呼んでみただけじゃなぁい」

「え? 私そんな呼ばれ方で来ると思われてるの!?」


 自然にグラスに手を伸ばすローザ。

 リサも自然にグラスを渡す。


「仲が、いいんですね」


 自然と、イザベラの口から、言葉がこぼれた。


「そだよぉ? リサちゃんと私、仲良しだよぉ?」

「おお、心の友よ!」


 ふざけるようにローザが言うと、リサがローザの頭をぐりぐりとなでる。


「でも、イザベラちゃんとリサちゃんも、私とイザベラちゃんも、私たちと同じくらい、仲いいでしょぉ?」

「そうそう、ほら、焼き鳥だけじゃ、のど渇いたでしょ?」


 そして、差し出されたグラスを、自然に手を取る。


「あ、イザベラちゃん、やっと笑った」


 気が付けば、頬が緩んでいたらしい。

 驚いて見返すと、ローザも、楽しそうに笑っていた。


「最近さぁ、イザベラちゃんって、なんか怖い顔してたからぁ、お祭りで気分転換になればいいなって。リサちゃんと一緒にぃ、いろいろ考えたんだよぉ?」

「ちょっとローザ、それ言ったら意味ないんじゃないの!?」

「どうせ後でバレるから大丈夫だよぉ?」


 どうやら、気を使わせてしまったらしい。


「ありがとう、いい気分転換になったわ。ちょっと悩み事もあったし」

「いーのいーの。それよりぃ、イザベラちゃんって、何に悩んでたのぉ」

「ちょっと、ローザ!? 折角の気分転換が台無しだよ!?」

「えー、でもぉ、悩み聞くのもシスターの仕事だって、マザーが言ってたしぃ?」


 相変わらず、子どもらしい遠慮のなさを見せるローザと、振り回されるリサ。

 イザベラはもう見慣れてしまった光景に、もう少しだけ頬を緩め、


「じゃあ、二人とも、将来は、何になりたいとか、ある?」


 そう問いかけた。

 イザベラの悩みは将来だった。

 昔は、家を継いで立派な貴族となるのが目標だった。

 次いで、王子の婚約者、ゆくゆくは王妃として、民を導くのが理想となった。

 が、修道院送りになった今、目標を見失っていた。

 自分の境遇を知る老シスターからは、「自分の幸せをつかむよう、いろいろやってみるといいさ」と言われたが、貴族としての価値観のみで生きていたイザベラは、まず自分の幸せとはどういうものかが分からなかった。

 しかし、そんな悩みは、


「う~ん、考えたことなかったなぁ。

 ずっと修道院にいるんじゃないのぉ? 今でも十分楽しいし」

「私もそうかな?

 ほら、マザーも、幸せなあなたたちを見るのが、私の幸せですって言ってたし」


 焼き鳥をほおばりながら小さな幸せに浸る二人の前に、あっけなく、崩れ去った。

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