焼き鳥屋で初恋の人に再会した話
華川とうふ
再会
まさか君とこうやって焼き鳥屋で再会できるなんて思ってもみなかった。
「お腹すいたね」
好きな女性を目の前に僕は緊張しながら言った。
「本当に綺麗なお店ですね」
高校時代の後輩である、ハルカが感心したように言った。
確かにこの焼き鳥屋は綺麗だった。
女性受けするというのだろうか。
白木のカウンターに明るいライティング。
僕たちが席につくなり水が注がれたのはレストランで出されるみたいな足つきのブルーのグラスだった。
ハルカは目を嬉しそうに細めながら水のグラスを傾ける。
さすが、店主が女性なだけある。
グラスの海の底みたいな深い青に白い手が良く映えた。
ハルカの爪は上品なピンク色に染められ、小さなパールがちょこんと飾られていた。
おしぼりで丁寧に指先をぬぐう仕草は妙に色っぽかった。
そういえば、僕が君に惚れたきっかも手だった。
君の手はいつも清潔だった。
高校生という少しはおしゃれに目覚める年頃で、同級生の中ではこっそりマニキュアを塗る女子もいるなかで君は爪をいつも短く切りそろえていた。
だけれど、その短い爪は桜貝のようにぴかぴかできれいだった。
「何を召し上がりますか?」
初恋の女性が僕らにむかって笑顔で話しかけてくる。
夢みたいだ。
「あの……おすすめでお願いします」
僕はドキドキしながら注文する。
こういうときは変に意地を張って食通ぶるよりも、プロの意見を大切にしたほうがいい。
プロが選ぶ、今客に食べさせたい最高に美味しいものを出してくれるからだ。
「そうですね、もちろんベーシックな焼き鳥はすべておすすめですが……アスパラをまるごとベーコンで巻いたものなんかは女性から人気がありますね」
「美味しそう」
君はにっこりとほほ笑んだ。
少しだけさっきよりも緊張が解けてきた気がする。
空気がまろやかになるというのだろうか。
肉が香ばしく焼ける香り。
そうそう、焼き鳥の先端の部分は満足感がでるように少しだけ塩は多めに振られている。
絶対美味しい!
カウンターの向こうでは無駄がない軽やかな身のこなしで、焼き鳥が焼かれていく。
「どうやってこんな素敵なお店を見つけたんですか?」
ハルカは無邪気な顔で質問する。
昔からこの子はこうだった。
まっすぐで純粋。
大抵の男は彼女みたいな女の子を好きになる。
可愛らしい理想の彼女ってタイプだ。
「いや~ちょっとネットでね」
僕はこの店のことを知った経緯を思い出して少し恥ずかしくなり、ビールのジョッキを傾ける。
本当は好きな人の前でこんな風に酔っ払いたくはない。
だけれど、ビールの炭酸と泡はここちよく喉をするすると流れていく。
やめられない。
酔わずに初恋の君のことを見ていたいという気持ちと、まっすぐ彼女をみつめるのには大人になりすぎてしまった僕の気持ちがせめぎあう。
「どうぞ!」
「わあ~、美味しそう」
ハルカが嬉しそうに声をあげた。
僕は静かに目の前の焼き鳥に手を伸ばす。
手にもっただけで美味しいことが分かる。
指先まで感覚がいきわたっていて、焼き鳥が完璧な焼き加減であることが伝わってきた気がした。
「いただきます」
そう言って、僕は焼き鳥にかじりつく。
「おいしい……」
心からことばがもれだした。
僕の初恋の女性はその言葉を聞いてほほ笑んでくれた。
そして、目の前ではアスパラが瑞々しい緑色をベーコンのドレスで飾られ始める。
華麗な手さばきだった。
すべてが完璧で美味だった。
ハルカは出されたものすべてに感動していた。
やっぱり僕の初恋の人は素晴らしい。
「ごちそうさまです。先輩♡」
ハルカはこういうとき一歩後ろに下がって財布を出さない。
昔からちゃっかりしているようで、できる女だ。
ちゃんと値段を見ていて、あとできっちり半分払ってくる。
こうやっていい関係を続けられるのは彼女のこういう気配りのできる部分が大きい。
僕は会計のときに思い切って声をかけた。
「あの、僕のこと覚えてますか。高校のときの……」
僕の
「もちろん。今日はありがとうございました」
高校の時と変わらない満面の笑みだった。
きっと、僕はこの笑顔のためにまた焼き鳥屋に来ることになるのだろう。
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焼き鳥屋で初恋の人に再会した話 華川とうふ @hayakawa5
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