引っ越しのマカイ
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
「引っ越しは、引っ越しのマカイ。プリーズ?」
「まいど、引っ越しのマカイです!」
ワタシたち従業員は、全員が魔界から来た小悪魔である。
デフォルメされた黒ヤギが書かれたダンボールが、トレードマークだ。
「ありがとう、これを運んでいってちょうだい」
先に転居していた女性魔術師が、ワタシにあいさつをしてきた。
魔術師の転居などを手伝うのは、たいていが『引っ越しのマカイ』である。
馬車で積んできた荷物のダンボールを、家へ運んでいく。
だがワタシは、来た荷物を運ぶ応援役だ。
部屋の間取りは聞いているが、荷物の内容を知らない。
「うーす。じゃあ始めるか」
「はい、先輩」
馬車を運転してきた女上司の指導で、ワタシは荷物を解いていく。
「見ればわかると思うから、とりあえず適当に置いていって。間違っていたら、指摘するから」
「はーい」
予想しながら置いていくのか。
この粉末の箱は、衣料用洗剤だね。ちゃんと書いてある。
これはトイレ用洗剤で、こっちは、歯磨き粉と。
このビン類は、化粧品かなぁ?
でも、変わった色だね。
紫とかお肌に塗ったら、皮膚が変色しそう。
化粧品だったら、洗面所よね?
「待って。それは実験用の殺鼠剤よ。化粧台じゃなくて、洗面台の下に置いてちょうだい」
「ああ、すいません。わかりました」
危ない危ない。殺鼠剤で化粧させるところだったよー。
これは、ローブだよね? 緑とかかわいいな。キラメキそう。
「ちょっとまって、それはバスタオルです。浴室のドアに引っかけておいて」
「そうなんですか? すいません慣れていなくて」
またミスってしまった。ダメだなワタシは。
「ミスってもいいから、手を動かしていこうぜー」
「はい先輩」
先輩は習うより慣れろタイプだ。
いちいち指図しない。めんどくさいだけかもしれないけど。
浴室と洗面所は終わりと。
キッチンへと行こう。
「そのペアのマグカップは一個捨てて。青い方」
やや強めの言い方で、魔術師さんは指示してきた。
「は、はい」
あとはお皿と、調味料をー。
ツボに入ったサプリ。こしょうのツボ、ミソ?
あとは、塩のツボと、空のツボ。他にもツボツボ……。
薬草で作った、サプリツボばっかりだな。
あとは保存の効くスナック類と、乾麺ばっか。
お料理は、どうするのだろう。
作り方を教えてあげようかな?
でも、魔法でどうにかしそうだけどねー。
先輩は書斎を担当していて、あらかた片付いている。
うわあ、すごいな。
狭いスペースに、専門書がぎっしり完璧に揃っている。
ワタシだったら、並べるだけで日が暮れてしまうだろう。
あとは、先輩と一緒にリビングを整えた。
といっても、無骨なテーブルとソファを置いたくらいだけど。
「ここは、新居ですか? 新生活が始まるんですね」
「違うわ。私、出戻りなの。ここは、昔住んでいた場所で」
「ああ、すいません」
変な過去を、掘り返してしまったらしい。
やばいな。
「いいのよ。ほら、ここに落書きがあるでしょ? わたしが幼少期に書いた召喚の魔方陣なの。ヘッタクソで、煙しか呼び出せなかったけど」
魔術師の女性は、窓の下にある小さな落書きを指差した。
円の中に、蛇がケイレンを起こしたような文字がギュウギュウ詰めになっている。
「田舎を離れて心機一転して、都会の大手魔術局で働いていたんだけど、身体を壊してしまって。今は規模を小さくして、街の魔法ショップで働くの」
「いいですねー」
「そうかしら? 私なんて、逃げた負け犬よ」
魔術師さんは、卑屈に笑う。
「負け犬は、気分を一新なんてしません。ずっと引きずるんです。どこか街の片隅で、うずくまったまま、動けないんですよ」
「……」
きっとこの人が都会から逃げた理由は、他にある。
でも、ワタシは詮索しない。
引っ越し屋にだって、介入してはいけない領域がある。
「今度は、落書きしたらなにか出てくるんじゃないですか?」
「そうね。ありがとう。ちょっと元気出た。なにか飲む?」
「いえ。ご利用ありがとうございました」
ワタシたちは、馬車で会社へ戻る。
「やっぱ、お前呼んでよかった」
「そうですか?」
「おかげでさ、あの人の心も引っ越せた」
引っ越しのマカイ 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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