第25話:LINE交換

 ある日のこと。

 塾の社員さんに頼まれて、小一時間くらい倉庫の整理をした。


 ふう疲れた。身体が埃っぽいな。

 次は講師準備室に戻って事務仕事か。


 廊下に出たら、奄美さんとばったり顔を合わせた。


「あれっ? 佐渡君、どこにいたの?」

「倉庫整理です」

「そっか。ちょっと頼みたいことがあって探してたのよ」

「すみません。一時間くらい倉庫にこもってたもんで」

「そっかそっか。佐渡君は体力あるし、真面目だからずっと作業をしてたんだね」

「あ、はい」


 俺を探してたのか。それは申し訳ないことをしたな。


「そうだ佐渡君。またこんなことがあった時のために、LINE交換しとこっか? いいかな?」


 ──え? 奄美さんとLINE交換?


 こんな素敵な美人と?

 うっそ!


 ……あ、いや。仕事仲間だからLINE交換くらい普通か。

 今まで女子と一対一でLINE交換なんて、この前竹富としたのが初めてだからな。


 うん、あれは女子枠から除外しよう。


「はい、喜んで」


 ──ということで、奄美さんがLINE交換女子第一号だ。

 嬉しいじゃないか、むふふ。


 あ、奄美さんのアイコン。可愛いあおむしのイラスト。


 大人っぽい美人なのに、なにこの可愛いギャップ。

 名前が『Green』。そっか、みどりさんだからグリーンであおむしか。


「佐渡君、なにをニヤニヤしてるの?」

「いえ、すみません。可愛いアイコンだなぁって思って」

「あ、子供っぽいとか思ってるんでしょ? ぷぅ」


 ──ぷぅってなに?


 ほっぺを膨らませてるから、拗ねてるの?

 それこそ子供っぽくて可愛すぎでしょ。


「いえいえ。別に……」

「思ってるんでしょ?」

「はい……ちょっと」

「やっぱりね。まあわかってて使ってるんだけどね。好きなんだ、そのキャラ」

「そうなんですか。可愛いですね」

「それはキャラのこと? それとも私のこと?」


 いや待って奄美さん。ドキッとしたじゃないですか。こてんと首をかしげるの、可愛いすぎて反則ですから。


「あ……りょ、両方です。はい」

「あはは、ごめんね佐渡君。無理やり言わせて」

「いえ、無理やりじゃないです……」


 なんか色々と恥ずかしくて、ついつい声が小さくなってしまってる。

 全然無理やり言ってないよ。奄美さん、可愛いすぎでしょ。

 ダメだ。この人にはやられっ放しだよ。


「あ、ところで奄美さん。俺に頼みたい仕事って?」

「あ、そうだね。ちょっと今塾長先生に呼ばれてるから、後で改めてお願いするわ。じゃあ後でね」


 奄美さんが立ち去る背中をぼんやり見てた。

 うん、ホントに可愛い人だ。

 あんなに可愛い人と、俺LINE交換したんだよなぁ……むふふ。


 さ、講師準備室に戻るか。


「おわっ!?」


 振り向いたら小豆あずきが立ってた。

 なんか険しい顔で睨まれてる。


「えっと……ずっとそこにいたのか?」

「うん」

「見てた?」

「うん」


 声がブリザード並みに冷たい。

 そりゃ、塾の廊下でバイト同士アホみたいな話をしてたんだから……

 いくらコイツがギャルだとしても軽蔑するよな。


 別にコイツに嫌われるのはいい。

 だけどこの前、せっかく初めて質問に来たんだ。

 やっとちょっとは勉強にやる気を出してるのに、これが原因でまた元に戻ったら大変だ。

 俺のせいでそんなことになるのは……やるせない。


「ちょっといいか小豆」


 廊下の隅っこの方に移動して、小豆をちょいちょいと手招きをする。

 他の生徒に聞かれたくないからな。


 さっきのことはちゃんと詫びて、普段は真面目なんだと説明しとこう。


「なに?」

「あの……俺のことバカだと思ってるよな?」

「ん……まあいーんじゃない? 楽しそうで」

「え?」


 なんだと?

 思いっきり意外だ。

 絶対に『バーカ』って言われると思ったのに。


 ……あ、あれか。もう呆れすぎて話す気にもなれないとか?


 ──ピコン


 あ、俺のスマホから着信音。


「竹富からLINEか。ん、なになに? 『ケーキの美味しい店を見つけたんだけど、今度行かない?』だって? アホかコイツ。仕事中になんのメッセージ送っとんじゃい」


 ──あ。しまった。


 また小豆が冷ややかな目で見てる。

 やめて……凍死しそう。


「いやあの、これは……俺が仕事サボってるんじゃないからな?」


 なんで竹富のせいで俺が言い訳しなきゃならないんだよ。


「あのさ。竹富さんって銀の彼女?」

「は? 違うし」

「誤魔化さなくていーよ。だってそれデートの約束じゃん?」

「だから違うって。なんでこんなLINE送ってくるのか俺にもわからないんだよ。アイツは単なる高校の同級生だ。ここにバイトに来るようになったのだって、俺は知らなかったくらいだし」

「マジ?」

「マジだ」

「ふぅーん……」


 なんだよ小豆のヤツ。

 そんなことどうでもいいだろ。


「ふふっ……」


 ど、どうした!? なんでいきなり笑うっ?

 あ……俺には彼女なんていないってわかって『やっぱコイツモテない』ってバカにしてるんだな。


 そうだよ。どうせ俺には彼女なんていませんよーだ。


「あのさ銀。LINE交換しよっか」

「なんで?」

「だって奄美先生とも竹富さんとも交換してるじゃん」

「だから? なんで俺がお前と?」

「いや、だから……そーしときゃ、いつでも質問できるじゃん」

「小豆……とうとう勉強やる気になったのか」


 そっか。そうなのか。

 この前も質問に来たしな。

 こんな日がやって来るなんて、感無量だぞ小豆。


「いや別に。万が一の時のためだよ」

「なんだと?」


 万が一の時ってなんだよ。

 災害発生時か?

 ……いや、そんなはずはないな。


「それよりも銀は女子高生とLINE交換できたら嬉しいくせに。ホントはあたしとLINE交換したくて仕方ないんでしょー。照れなくていーからいーから」

「は……? 照れてなんかないぞ」


 俺、今ちょっとでもそんな素振り見せたか?


「ほらっ、だから照れてる場合じゃないって」

「あっ……」


 手に持ってたスマホを小豆に奪われた。

 だから照れてないってのに。


「こうやって、ちょいちょいちょいと」

「あ、勝手に人のLINEに友達登録すんなよ」

「だから照れなくっていいって」


 いや、ホントに全然照れてなんかないんだが……


 小豆はマジで俺が女子高生とLINE交換したがってるって勘違いしてるのか?

 確かに初対面の時からミニスカートをガン見したせいで、俺はコイツにスケベだと思われてるからな。


「はい、完了ぉー」

「お、おう……」


 なんか知らん間に、俺が女子高生とLINE交換したがるスケベ大学生ってことになってる。

 大丈夫か? 俺、塾クビにならないかな……


「むふ」

「え? なにか言ったか小豆」

「いや、べーつにっ。じゃーねー」

「あ、おい。自習室は?」

「また今度ねー」


 ──行ってしまいやがった。


 いったいなんなんだよ。

 よくわからんヤツだな。


 でも──元々小豆の行動は俺の予想外のことばっかだ。

 ギャルJKの考えることなんて、俺にわかるはずもないんだよ。

 深く考えるだけ時間の無駄だな。


 俺はそう思って、考えるのをやめた。





 ──あ。


 結局、奄美さんとワイワイしてたことを小豆に言い訳するのを忘れてた。

 俺ってやっぱアホだ。

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