第17話:竹富祐子を家まで送る
***
竹富を家まで送るために夜道を二人で歩いた。
都会の中心部でも、一本入ったら割と静かなもんだな。
「ねえ佐渡。誰なの、あの美人?」
「
「もしかして佐渡の彼女?」
「まさか。単なるバイトの先輩だよ。俺には彼女なんていない」
「そっか。よかった」
「なにが?」
「なーんでもない」
なんだよコイツ。
さっきまで酔ってふらついてたのに、すっかり元気になってる。
さすがにあんなことがあったから、一気に酔いが醒めたか。
元気どころかなんだかウキウキしてないか?
「ところで佐渡はなんのバイトしてるの?」
「塾だよ。チューターって言って、雑用仕事したり生徒の質問に答えたりする仕事」
「ふぅん。どこの塾?」
「やるき館って知ってる? この近くに教室があるんだ」
「へえ、そうなんだ。そう言えば看板見たことあるような、ないような……」
「まあ同じ最寄り駅でも、こっちとは駅の反対側だからな。大学の方向とも違うし」
この辺りって結構家賃高いよな。
俺は家賃の安さで下宿を選んだから、ここから電車で50分はかかる。
大学まで歩いて行けるって、なんて羨ましいんだよ。
金持ちの家庭はいいなぁ。
いや、私立の大学に行かせてもらえて、一人暮らしさせてもらえるだけでもありがたいんだ。親に感謝だ。
決して竹富を羨ましくなんかないぞ。
腹なんか立たないぞ。
──くそっ!
「あ、ここだよ。このマンション」
おおっ、いいマンションじゃないか。
俺んちなんか古いアパートだぞ。
うわ、オートロック付きかよ。
そう言えばコイツのお父さん、開業医だって言ってたな。そりゃ裕福だ。
「寄ってく?」
「いや、いいよ」
「遠慮しなくていいよ。珈琲でも飲んでく?」
遠慮するわい。
いつもマウント取って小バカにするヤツの家に上がりたがる人間がどこにいる?
いや。竹富は俺に気を遣ってるんだろう。
金本先輩から助けてもらった上に家まで送ってもらってるって。
でも心配無用だ。
俺はアルコールは飲んでないから疲れてもいない。
だから喉も乾いていない。
しかも珈琲は苦手ときたもんだ。
「大丈夫だ。遠慮しとく」
「そっか……私、今まで何度も、佐渡にちょっと酷いこと言ったもんね……」
「いや、そうじゃない」
ちょっとじゃない。結構酷いこと言ったぞ。
「気にすんな。俺も気にしないから」
うん。いつまでも気にしてはいけない。
気にしないぞ。
気になんかしない……
「わかった。今度一緒にランチしよ?」
「え?」
「今日のお礼におごるからさ」
コイツなりに気にしてるんだな。
でも竹富は俺をウザがってるからなぁ。
ホントは嫌なのに、気を遣ってお礼なんかしなくてもいいのに。
あ、もしかして。
気を遣ってるんじゃなくて、俺なんかに借りを作ったままなのが嫌なのかも。
きっとそうだ。そうに決まってる。
「ホントにいいって。俺はもう気にしてないから」
「むぅぅ……あ。だってランチしてる時に、また金本先輩にからまれたら嫌だなぁ。学食で会うかもしれないなぁ。一応次の月曜日だけでも念のために、用心しといた方がいいなぁ。だけどそんなこと頼めるのは他にいないしなぁ……」
チラチラ横目で見るなよ。
コイツ、俺を用心棒と勘違いしてるな。
俺はそんな都合のいい男じゃねえよ。
ああ……助けるなんてしなきゃよかったかな。
でも、確かに不安に思うのもわかる。
なんだかんだ言って、コイツも一応女の子だからな。
ええいくそっ。そんな小動物みたいな上目遣いで見るな。ほっとけなくなるじゃないか。
コイツは会うたびに俺を小バカにするし、ホントはランチなんて共にしたくないんだけど……
「わかったよ。いいよ。明後日の月曜日な」
「やった! じゃ、じゃあ……待ち合わせするために、連絡先の交換しとかないとダメだね!」
「あ、確かに」
俺は竹富とLINE交換をしてから別れた。
***
<奄美みどり視点>
佐渡君って元柔道部だって聞いてたけど、あんなにゴツい男の人を圧倒するなんて強いのね。びっくりしたわ。
「なあみどり。ちょっといいか?」
「ん……なに?」
佐渡君の歓迎会が終わって、駅まで歩いてたら後ろから呼び止められた。八丈君だ。
「今から俺の
「え? だって今からじゃ終電なくなるよ」
終電があったら行くのかというと、それはまた別問題だけど。
「泊まっていったらいいよ。明日は日曜日だし」
ああ、そうか。彼は私を彼女だと思ってるのね。
そう言えばお試しで付き合い始めて、もう少しで一ヶ月か。そろそろはっきりさせないと……
「あのさ八丈君。私達、とりあえず一ヶ月付き合うって話になってから、もうすぐ一ヶ月経つよね」
「ああそうだね。別に気にしなくていいよ。俺はずっと付き合い続けるつもりだし」
──あれっ?
この話って、私が付き合ってってお願いした側だったっけ? ……って違うし。
「ごめんね八丈君。私は正式に付き合うのは、やめにしたいの」
「え? それってドッキリ?」
「ううん違う。真剣な話」
なんでドッキリだって発想になるのかな?
「だって俺って、自分で言うのもなんだけどイケメンだと思うんだ」
「そうだね。私もそう思う」
「頭だっていい」
「帝都大生だもんね」
「スポーツもできる」
「高校の時はサッカー部キャプテンだったって言ってたね」
「親だって金持ちだ」
「高級マンションで一人暮らししてるもんね」
「じゃあいったい俺のどこが気に入らないんだ?」
──そういうとこ。
お試しで付き合う前までは、この人表向きはこんなだけど、実は本音は違うのではなんて思ってたけど。
二人きりで会ってても、八丈君ってこんな感じなのよね。
さすがに付き合うとかはあり得ない。
「私は自分の性格が、八丈君とは合わないかなって思ってるの」
「どんなとこが?」
「どんなとこってないけど。でも男女の好き嫌いって、ロジカルな側面よりもそういう感覚的なものが大きいと思うの」
「うむむ……みどりは俺のこと嫌いか?」
「ん、別に……友達としては嫌いじゃない」
うん、これは本音。
彼氏としては俺様系は嫌いだけど、バイト先の同僚としては嫌いってほどじゃない。実際に仕事は優秀だし、離れて見てる分には充分面白い人だって思える。
「じゃあもしかして、他に好きな人がいるとか?」
好きな人か……
「別にいないわよ」
「そっか。じゃあ俺は諦めない。今はお付き合いを断られたけど、いずれはみどりを振り向かせてみせる!」
えっと……人差し指をビシッと私の
自分をまるでドラマの主人公みたいに思ってるのかな?
「Midori,Did you get it?」(みどり、わかった?)
いきなり英語って……やっぱりこの人、ドラマの主人公なんだわ。
「No. I didn’t get it,Mr.Hachijo.」(いいえ、わからないわ八丈君)
私はポカンとする彼を残して、さっさと帰ることにした。疲れたわ。
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