第16話:自業自得だよ

***


「お疲れ様~」

「お疲れ様でした~!」


 居酒屋の前で解散。みんなで挨拶を交わした。

 バラバラと帰っていく。

 さあ俺も帰ろっと。


「んもう、離してよ金本先輩~」


 ──ん?


 あ、竹富たけとみ 祐子ゆうこ金本かねもと先輩だ。

 そう言えば俺たちより先に店を出たな。

 一緒にいた玉木たまき先輩は姿が見えない。先に帰ったのかな。


「ほら祐子。ふらふらしてるじゃんか。危ないから休んで行こうぜ。いいホテル知ってんだよ」

「だからそんな気はないよ。やだって言ってるじゃん~」

「いいじゃないか。今さら何言ってんだよ。祐子もその気だったんだろ?」

「違うって! んもう、やめてよ!」


 竹富のヤツ、足元ふらふらだ。かなり酔ってる。

 ホテルに誘われるって、まさに予想通りじゃん。

 自業自得だよ。俺は知らん。


 でも竹富のやつ、かなり嫌がってるな……


「いいから黙ってついて来いよ!」


 あ、無理矢理引きずって連れて行こうとしてる。

 うわ、金本先輩、竹富の胸まで揉んでるよ!

 大きな金本先輩の手から漏れる大きさのおっぱい。すげえ。

 ……って、それはどうでもいい。


「あれ、さすがにヤバいよ。ねえ八丈君、助けてあげて!」

「え? なんで俺が? だって知らないヤツらだし」

「佐渡君の高校の同級生なんだって」

「は? 俺にとっては他人だぞ」

「だって八丈君、喧嘩に負けたことないって言ってたでしょ!」

「いやあれは……言葉のあやで……ごにょごにょ」


 いや、八丈先輩は言うとおり関係ない。

 しかも金本先輩はゴツい身体つきだし、ビビって当然だ。


 でも俺だって関係ない……くそっ、だから忠告したのに。あのアホたれが!


 俺には関係大ありだろ。

 だって高校の同級生だぞ。

 見過ごせない。行くぞ!


「もういいよ八丈君。私が助けに行くから……」


 奄美さんってホントいい人だ。

 まったく関係ない人のためにそんなこと言うなんて。


 迷ってた俺なんて、アホもいいとこだな。

 反省しなきゃ。


「奄美さんは危ないから近づかないでください。俺が行きますから。だってあれ、俺のダチなんで」

「えっ……? 佐渡君?」


 近くに寄ると、やっぱデカくてゴツいな金本先輩。


「ちょっと待ってよ金本先輩。嫌がってるだろ。手を離せ」

「なんだお前。せろ」

「え……? 佐渡……」

「だから言っただろ竹富。お前、ホントにアホだな」

「うっさい! アホにアホって言われたくない!」


 泣きそうな顔で強がるか?

 竹富はやっぱアホだ。

 でも──俺の友達だ。


「は? このまま金本先輩に連れ去られたいのか? それなら俺、帰るぞ」

「それはヤダ! 帰らないで!」


 ワガママかよっ!?

 仕方ないヤツだなぁ……


「金本先輩。そういうことなんで、手を離してあげてください」

「うっせえ。邪魔すんな。痛い目遭わせてやろうか? あん?」

「手を離さないと竹富のアホが感染うつりますよ。あ……もう遅いか。嫌がる女の子を無理矢理ホテルに連れ込もうなんて、既にアホだもんな」

「あんだと!? 舐めんなこのヤロォーっ!」


 うわ、手を出してきやがった。


「ああっ、この人全国選手だから佐渡には敵わない! 逃げてっ!」


 いや、チャラいサークルやってるくらいだし、今は現役じゃないだろ。

 それにこの人酔ってるし。大丈夫だ。


 手のひらを胸に打ちつけられて、ドンと衝撃を受けた。

 でも大丈夫だ。ふらつきもしない。


「すまんな竹富。俺、天邪鬼あまのじゃくでさ。逃げてって言われると逃げたくなくなるんだ」

「佐渡……」


 しかも今の『逃げて』で、竹富がいいヤツなんだと一瞬勘違いしかけたぞ。ヤバいヤバい。


「おめえ、県大会敗退が偉そうに、なに舐めくさったこと言ってやがる! 本気でムカついた! おりゃあ!」


 うわ、胸ぐらつかまれた。

 投げ技で来るつもりか?


 ──あ、しまった。


 つい勢いで、金本先輩の手をつかんで背負い投げしちゃったよ。身に染みついた習慣というのは恐ろしい。


 ──ドンっと音がして、金本先輩が背中から地面に打ちつけられる。柔道なら綺麗な『一本』だ。


 ヤバ。過剰防衛にならないか?

 まあ最後まで手を離さずに着地の衝撃を和らげたから大丈夫だよな?

 うん、大丈夫だってことにしとこう。


「うぐっ……てめえ!」


 ──ヤバ。起き上がってくる。めよう。


「うがっ……」


 金本先輩の胸を手でぐっと押さえた。

 これで起き上がれないよね。


「ちょっと待って金本先輩。立ち上がる前に約束してよ。竹富にはもう手を出さないって」

「は? なに偉そうに言ってんだ? お前の指示に俺が従うとでも……」


 そっか。でもそれじゃ困る。

 同じ大学だし、またちょっかいかけられる可能性がある。


 仕方ない。こんなことはしたくないけど……


 指を二本伸ばして、金本先輩の両目の前にビシッと突き出す。

 竹富に聞かれたくないから、金本先輩の耳元で囁いた。


「先輩。約束してくれなきゃ、目に指を突き刺すよ?」

「ケッ……そんな脅しに俺がビビるとでも思うのか? やれるならやってみろよ。そんな勇気もないくせに」

「あのさ。俺、キレるとマジでやるよ? 高校の県大会決勝でキレて、無茶しちゃって反則負けしたんだ。それで『狂犬』とかあだ名が付いた」


 マジな話だと思われるように、狂気に満ちたような笑いを浮かべて、淡々と無感情に喋るのがポイントだ。

 ほれっ、信じてビビれ!


「あ……そう言えば聞いたことある。一個下の学年で、どっかの県大会決勝でとち狂ったヤツがいたって。佐渡……確かそんな名前だった……」

「正解。マルをつけてあげましょう。塾のバイトだけに」


 指を金本先輩の目にググっと近づける。


「ヒェっ! ま、待て。わかった! 言うこと聞くから! もう祐子にはちょっかい出さないから!」

「わかった」


 高校時代の柔道大会決勝のことは、ホントは思い出したくない。

 自分で言うのもなんだけど俺は温厚だし、今まで本気でキレたのはあの時だけだ。だからまたキレるなんてのは単なる脅し。


 金本先輩をビビらすために、あえて言ってみたんだけど。

 この人がたまたまその噂を知ってたからラッキーだった。


 俺は手を離した。

 立ち上がった金本先輩を睨みつける。


「約束は守ってくださいよ、金本先輩」

「あ、ああ。……わかった」


 ホントに約束守るかなぁコイツ。

 かなり青ざめた顔しているし、たぶん大丈夫だろうとは思うけど。


「さっき彼女に抱きついて胸触ったところは、ちゃんと録画したからね。嘘ついたらこれ、君の通う青谷大学に提出しちゃうからね」


 ──え?


 声に振り向いたら、奄美さんがスマホ片手にニッと笑ってる。

 マジ? すっげえよ奄美さん。


「わ……わかったよ」


 金本先輩はさらに青ざめた。そして酔ってふらついた足取りで走って逃げてった。

 まああの感じだと、約束は守ってくれそうだな。


「奄美さん、ありがとうございます。でもいつの間に録画なんか?」

「嘘だよん」

「え?」

「まあ、あれくらいやっといた方が安心でしょ」


 うわ。この状況でなんて機転の利く人だ。

 でも──


「危ないから近寄らないでって言ったのに……ダメですよ奄美さん」

「ん~ごめんね。でも佐渡君がいるから、なんとなく大丈夫かなって思っちゃった。以後気をつけまっす」

「あ、いえ。今回はホントに感謝です。でも今後は絶対に無茶しないでくださいね」

「はぁーい。てへっ」


 ……これが。噂に聞いたてへぺろ。


 なんて可愛いリアクション。

 この人、可愛すぎだろ。


「あの……佐渡? もしかして私、忘れられてない?」

「あ……すまん竹富。正直言って忘れてた」

「なによ、もうっ! アホなの?」

「悪いなアホで」

「いや、えっと……ありがと。感謝してる」

「お、おう。どういたしまして」


 まあコイツも、これで反省して、ちょっとは慎重に行動するようになるかな。


「あのさ佐渡。……家まで送って行ってよ。ここから歩いて帰れる場所だし」

「は? 俺が? なんで? やだよ」


 めんどい。


「だって……金本先輩たち、どこかで待ち伏せしてるかもしんないし」

「いや、大丈夫だろ。だいぶん脅かしたんだし」

「可能性はゼロって言い切れる?」

「そりゃまあ、可能性はゼロではないな。だけど……」

「まあまあ佐渡君。送って行ってあげなさいよ」


 奄美さんに肩をポンと叩かれた。

 この人にそう言われたら、言うこと聞くしかない。

 だってお世話になりっぱなしだもんなぁ。


「奄美さんがそう言うなら」

「じゃあよろしく。うふ」


 ──おい竹富。うふってなんだよ。

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