顔も学歴も負けてる俺が、イケメン先輩よりモテるはずがないよね? ~先輩"を"好きだったギャルJKも、先輩"が"好きだった美人女子大生も、俺を好きだなんてあり得ないです

波瀾 紡

第1話:ギャルが塾にいる!

 一浪して大学に入学した6月。

 俺は生まれて初めてアルバイトに就いて今日が初日。

 『やるきかん』という進学塾のチューターという仕事だ。

 講師じゃなくて雑用とかする仕事。

 前のチューターが突然辞めてしまったとかで、急きょ俺が雇われた。


「おい佐渡さど。これもやっとけ」

「はい!」

「チューターは講師の補助をするのが仕事だからな」

「はい、わかってます!」


 うわ、また仕事追加かよ。忙しっ!

 講師の八丈はちじょう先輩は人使いが荒いな。

 俺はバイト初日だぞ?

 ちょっとは手心を加えてくれ。


 んっと……この資料をクラスの人数分コピーして、ホチキス止めしたらいいんだな。


「なぁ、みどり。明日日曜日だし遊びに行かね?」

「うーん……明日は用事があるし無理ね。そんなことより八丈はちじょう君。次の講義の準備をちゃんとしなさいよ」


 人に仕事させといて、女を遊びに誘う?

 でもこの塾のスター講師らしいからなぁ。それに雑用はチューターの仕事だし。まあ仕方ないということにしとこう。


 八丈先輩に誘われたのが奄美あまみみどりさん。大人っぽくてめっちゃ美人だ。


 俺は怒ってなんかいないぞ。

 悔しがってなんかいないぞ。

 ──くそっ!


「わぁーってるって。準備なんて、ちょいちょいっとしたら完璧だし。俺を誰だと思ってるんだよ?」

「はいはい。八丈はちじょう 駿也しゅんや様ですよ。女子から大人気のイケメン講師の」

「わぁっそこまで言うなよ、みどり。照れるじゃん。あははー」


 こいつバカだ。絶対にバカだ。


 ……あ、いや。この人、帝都大生って言ってたな。

 我が国トップの国立大学、帝都大。


 めっちゃ頭いいじゃん。バカは俺の方だった。

 きっとちゃらんぽらんなフリをしてるんだ。凄いな。


 しかもこの人、すらっと背が高い超イケメン。

 そしてこんな美人とスムーズに喋れるコミュニケーション能力。

 最強チートかよ。めちゃくちゃモテるんだろうなぁ。

 背が低くて地味な顔の俺とは大違いだ。くそっ。


 そんなことを考えながら、ガチャガチャと資料をホチキス止めした。

 ほい、できあがり!


「八丈先輩、できました」

「お、おう。早いな。お前、もっと丁寧に仕事……」


 いや、ちゃんと綺麗にできてるはず……だ。

 俺はちっちゃい頃から両親の家業である印刷会社で雑用させられてたから、こんなのは慣れてる。


「ん……ちゃんとやれてるな。まあいい」


 だろ?

 ちょっとホッとした。


「ふうーん……なかなか凄いね」


 八丈先輩の手元を奄美さんが覗き込んでる。


「何言ってんだよみどり。これくらい誰でもできるさ。たかがホチキス止めだぞ? なあ佐渡」

「ん……そうかな? とても綺麗にできてるよ佐渡君」

「え? あ、ありがとうございます」

「人生はすべて次の二つから成り立ってるの。したいけれどもできないことと、できるけれどしたくないこと」


 ──ん? なんのこと?


「ゲーテの格言よ。佐渡君はできることを、手抜きせずにしっかりやってるって点でも好感が持てるわ」


 奄美さんが誉めてくれた。美人で優しくてサイコー。

 しかもこの人も帝都大生らしい。才色兼備ですっげえ。


 八丈さんは偉そうだしちょっとアレだけど。

 この二人めっちゃ美男美女だし二人とも帝都大生。もしかして付き合ってんのかな?


「八丈君、そろそろ講義の時間だよ。行かなきゃ」

「お、そうだな。みどりと話してると楽しくて、ついつい時間を忘れちゃうよ」


 忘れんなよ。バイトとは言え、仕事だろ。

 八丈先輩がバタバタと講師準備室を出て行くのを眺めてたら、俺の横を通るすれ違いざまに耳元でボソッと囁かれた。


「可愛いだろ俺の彼女。ミス帝都大だぜ」


 あ、やっぱりそうか。

 あんな美人はやっぱイケメンと付き合うんだな。

 しかもミス帝都大だなんて凄すぎる。


 俺とは関係ない世界の出来事だ。

 悔しくなんかないぞ。

 悔しくなんかないぞ。


 ──くそっ!


 あ、いかんいかん。本音が漏れた。

 

「じゃあ佐渡君。今から校内の案内するね」

「あ、はい」


 奄美さんが向ける優しい笑顔に癒されて、モヤっとした気分が吹き飛んだ。


 俺って単純だ。



***


 奄美さんの案内で塾内のいくつかの設備なんかを見て回った。廊下を歩いてたら、講義が終わって生徒がぞろぞろと教室から出てきた。


 ここは大学受験向けのコースが多いから、生徒は主に高校生だ。今日は土曜日だから私服の生徒が多いな。


 さすがみんな真面目そうだ。


 ──って思ったら。


 うわ、なんだアイツ。

 金髪に短いスカート。


 ギャルだ。ギャルが塾にいる!

 真面目そうな生徒たちの中に混じってギャルが一人。めっちゃ浮いてる。


「ああ、あの子は進学コースの三年生、香川さんね」

「そうなん……ですか」


 ここは国立大や早慶を目指す超難関コースと、それ以外を対象とする進学コースがある。香川って子は進学コースの方か。


「なにスケベな目で見てるの?」


 ──あ、やべ。ギャルに睨まれた。

 スケベな目でなんか見てないだろ。

 いきなりなに言ってんだよコイツ。


 確かに短いスカートから伸びる脚はめっちゃ綺麗で、思わずガン見しちゃったけど。


「あ、今日からチューターのバイトをする佐渡さどだよ。佐渡 銀次ぎんじ

「ぷっ、銀次だって……ダッサ。昭和か?」


 なんだよコイツ。

 


「は? うっせ。お前、名前なんていうんだ?」


 ギャルだし、どうせ痛いキラキラネームだろ。

 永久恋愛って書いて『えくれあ』とか、紗音瑠って書いて『しゃねる』とか。


「スケベなアンタに教える名前はない」

「あ、香川かがわ 小豆あずきちゃんです。香川県の香川に小さい豆」

「あ、こら友香ともか! 要らないこと言わなくていいの!」


 友香って子、ギャルの友達だったのか。

 この子さっきから横にいたけど地味で真面目そうだし、まさか友達だったとは。


「ほぉ~ さすがに令和のギャルは可愛い名前だ。名前だけはな。小豆あずきちゃん」


 痛いキラキラネームじゃなかったけど……

 うぷ。見た目に似合わず可愛い名前じゃないか。


「は? 勝手に人の名前呼ぶな。もしもまた呼んだら殴る」

「わかったよ。呼ばない。でも名前を呼べないと不便だからこまめって呼んでやる」

「人の名前をいじるなんてサイテー! 苗字で呼べばいいじゃん」

「先にいじってきたのはそっちだろ」

「はぁっサイテー。もう行くよ、友香!」


 ギャルは友達の手を握って足早に行ってしまった。


「あの子、反抗的で問題児なのよねぇ」

「見た目どおりってことですね」

「やる気もないし、二年の途中で入塾したんだけど全然成績が伸びないんだよね」

「やる気ないのに、なんで塾に通ってるんすかね?」


 しかもこの塾の名は『やるきかん』だぞ。

 舐めんとのんか?


「さぁ……親に無理矢理通わされてるのかな。頭は悪くないと思うんだけどね」


 きっとそうなんだろな。


 ゲーテの格言で言ったら『やれるのにやらない』ってことか?

 塾代がもったいなくて親がかわいそうだ。


「でもあの子、もの凄く可愛いよね」

「え? そうでしたか? まあ……そうでしたね」

「佐渡君、惚れちゃダメだぞ」

「あり得ないです!」


 即答してやった。

 あんなくそ生意気なギャル、いくら顔が可愛くたって惚れるわけない。一緒にいた友香ちゃんの方が清楚で真面目そうで好みだ。


「そうだね、うふふ」


 なにこのいたずらっ子みたいな笑顔。

 奄美さんって帝大生で美人なのに、案外お茶目なとこがあるな。


「ところでさ佐渡君。銀次って名前、私はカッコいいと思うよ」


 ──え? マジか?


「あ、ありがとうございます! 奄美さんって奄美大島の奄美ですよね。鹿児島県の」

「うん、そうよ」

「先輩こそいい名前ですよね。奄美大島の海をネットで見たことあるんですけど、すっげえ綺麗な緑色でした。みどりさんって名前がぴったりです」

「あら、ありがとう。佐渡君って真面目そうだけど、お世辞も言えるのね」

「あ、いや……お、お世辞じゃありません」

「そっか。うふ、可愛い」

「え?」


 ミス帝都大の超絶美人で彼氏持ちの女性がこんなことを言うなんて……


「か、からかわないでくださいよ」

「はいー、からかってまぁーす。うふふ」


 くそっ、やっぱりか!

 でも奄美さんはバカにする感じは全然ないし、屈託のない笑顔でこんなことを言われたら、全然嫌な感じはしない。


 くそ生意気なギャルとか高飛車なイケメン先輩とか、なかなかストレスが多そうなバイトだけど。

 この人のおかげでがんばれそうだ。

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