最高神祇官

 エルトリアの政治・経済の中心地フォルム・ロマヌム。

 ここの一角に、エルトリアの最高神祇官の邸がある。


 最高神祇官とは、エルトリアにおいて最高位の神官職で、エルトリアの全ての神官団を監督する権限を持つ。

 あくまで形式的にだが、聖女であるリウィアの上司とも言える地位だった。


 政治面において特に強い権限があるわけではないのだが、その権威は絶大でフォルム・ロマヌスの中に邸を構えている事からもそれは窺える。

 また他の官職と違い、この最高神祇官は指名こそ神官団内で行われるが、任命権限を握るのは元老院である。

 そのため、国王とは一定の距離が置かれており、その強過ぎる権威もあって、国王としても目の上の瘤と言える存在だった。


 現最高神祇官であるポンティス・フェルクス・マクシムスは、非常に老齢な人物で彼が最高神祇官在任時に就任したエルトリア国王はタルキウスで三人目を数える。


 それだけに国王や元老院、神殿勢力などのパワーバランスを誰よりも熟知しており、様々な権謀術数を繰り広げて現在まで自らの地位を守ってきた。そんな彼にとって既存のしがらみや習慣を壊し、自身に全ての権力を集中させて国王親政体制を作ろうとするタルキウスは脅威以外の何者でもない。

 当然タルキウスも警戒の目を向けてはいるが、今のところ彼が不穏な動向を見せた事は一度もなかった。



 ─最高神祇官公邸─


 タルキウスの黄金大宮殿ドムス・アウレアには規模も華麗さも劣るが、それでもそこ等の貴族の邸を遥かに上回る大きさの邸である。清廉潔白さを表すかのような純白の邸は、月明りに照らされて黄金大宮殿ドムス・アウレアとはまた違う美しさを醸し出している。

 夜遅くに、そんな邸をクラッススが訪ねた。


「夜分遅くに申し訳ありません。どうしても閣下とお話したい案件がありまして」


 そう腰を低くしながら話すクラッススの前には、一人の老人の姿がある。

 雪のような白髪をし、身体には白いトーガで覆い、猛獣の如き鋭い眼光を放っていた。と言っても、右目には黒い眼帯が当てられて隠れているが。右手には金属製の杖が握られていた。

 彼こそ、この邸の主人であるポンティス・フェルクス・マクシムスだ。


「良い。で、用件は何だ?」


「単刀直入に伺います。閣下は聖女様をどうお考えですか?」


「どうとは? 聖女の任命はワシの権限の内。リウィア・グラエキヌスを聖女にしたのはワシだぞ」


「しかし、それは黄金王の強い推挙があったからとも聞いておりますぞ」


「あくまで噂だ」

 そう言ってマクシムスは、銀のグラスに注がれた葡萄酒ワインを一口飲む。


「閣下も内心では、あの者の聖女就任にはご不満をお持ちなのではありませんか?」


「別に不満など無い。あの娘は神殿での修行に耐え、試験に合格したのだからな。それに国王が聖女に誰かを推挙するなど珍しい話でもあるまい」


 そもそも聖女という地位自体が、過去に神殿の巫女を見初めた王がその巫女を自分の下に置くために設けた制度という側面があった。

 神殿側としてはやや不本意ではあったが、これで王室との間に友好的な関係が築けるのならばと考えてこの制度を容認しているのだ。


「ですが相手が黄金王ともなれば、話は変わりましょう。国の財政難を解消するためとはいえ、神殿の蔵から財宝を奪い取り、神殿との関係に亀裂を生じさせたのですから」


「……お前は私に反乱でも起こせと唆しに来たのか?」

 マクシムスの鋭い眼光がクラッススの目を射抜く。


「い、いいえ。そんな大それた事を申し上げに来たのではありません。ただ、よりその任に適う者がいるのであれば、その者に聖女の座を移す必要があるのではないかと、提案しに参ったまでです」


「……なるほど。で、誰ぞ適任者でもおるのか?」


「それについてはご心配なく。私に良い考えがございます」


「ほお。良い考えか」


「はい。実は、既に手の者を動かして準備を進めております」


「流石はクラッスス。仕事が早いではないか」


「恐れ入ります。ただ最後に閣下の神官団のお力をお借りしたいのです」


 ここでマクシムスは、クラッススがここへ来た意図をおおよそ理解した。

 クラッススは神官団の力を借りて何かを企んでいるのだと。

 聖女云々の話は、どこまで本気なのかは不明だが、少なくともマクシムス自身を焚き付けるための口実に過ぎないのだろう。


 しかし、それはマクシムスの判断に何ら影響を与える事は無かった。

 彼の結論は既に出ている。


「良かろう。詳しく話を聞かせろ」

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