少年王の実力

 黄金王が突然アリーナに姿を現したので、観客達が一瞬にして静まり返る。


 こんな彼等に向けて、タルキウスは高らかに声を上げた。

「これより特別試合を執り行う! この黄金王が自ら、そこの剣闘士の相手をしてやる!」

 タルキウスのこの一言が、一瞬静寂に包まれていたコロッセオを一気に熱狂の中へと叩き込んだ。

 黄金王の戦いなどそう滅多に見られるものではない。

 観客達は予定に無い試合に歓声を上げた。それはこの今日行われた試合の中で最高潮の歓声であった。


 周りの様子を一目確認すると、タルキウスはクリクススに顔を向ける。

「お前も構わんだろ?」


「……私は良いが、怪我をしても知らんぞ」


「怪我だと? この余がか? ふん。もし、お前が余に一撃を食らわせられたなら、そうだな。お前を自由の身にしてやる」


「ほお。それは魅力的だな」

 クリクススは、タルキウスの話に乗って剣を構えた。


 タルキウスの宣言を、国王専用席の真下に設けれている貴賓席で聞いたクラッススは落雷にでも打たれたかのような衝撃に襲われる。

 クリクススをこの闘技会に参加させるだけでも、クラッススはかなりの大金を叩いたのだ。それなのに黄金王は勝手に自由にすると言い出した。


 剣闘士は民衆の心を掴み、金を引き出す道具。

 クラッススはクリクススと彼の剣闘士団ファミリア・グラディアトリアの後援となって、更なる金儲けの事業を構築していた。しかし、彼が自由になってはその構想は全て台無しになってしまう。

 とはいえ、黄金王が五万以上の市民の前で宣言した事に、異論を出せば黄金王の逆鱗に触れかねない。

「……」

 クラッススは複雑な表情を浮かべながらも、感情を胸の内に押し込める。


 突然の事にクラッスス以外の開催者も驚くが、観客が盛り上がってくれるのなら大歓迎である。

 早速彼等は、満場一致で司会者にタルキウスの望むように試合を始めるよう指示を出す。

 それを受けて司会者は、魔法道具【共振の仮面】を使ってコロッセオ全体に声を上げた。

『なんと、これは前代未聞!国王陛下が自ら闘技場に立たれるとは! それだけあのクリクススという剣闘士が有望だったという事なのでしょうか? それでは試合を始めて頂きましょうか! 剣闘士クリクススに対するのは、天空の神にして全知全能の神、神々の王、最高神ユピテルが末裔! 全エルトリア市民の王! 神々の恩恵と寵愛を受けしエルトリア国王! 我等が黄金王タルキウス・エルトリウス陛下であられる!!』


 試合開始のラッパが高らかに鳴り響いた。

 しかし、タルキウスは腕を組んで立っているだけで、まったく動こうとはしない。それどころか国王の証である赤紫のトーガも純金製の月桂冠も外そうとしなかった。明らかに動き辛そうで戦闘には不向きだろうに。


「来ないのか? 余は丸腰だぞ。攻撃してきたらどうだ?」

 タルキウスが挑発するようにクリクススに話し掛ける。その表情はどこか不機嫌そうにも見える。


「……武器を取らないのか?」

 クリクススは剣を構えてはいるが、自分から攻めなかった。しかしそれは、話し掛けつつ、攻撃する隙を伺っているのだが、その隙がどこにも見当たらなかったためだ。


「ふん。思い上がるなよ。お前如きに使う武器などないわ」


「なら、遠慮なくいかせてもらおうか!」

 このまま様子を窺っているだけでは埒が明かない。向こうから隙を見せる事は無いだろうと考えたクリクススは、自分からタルキウスに向かって駆ける。

 剣を大きく振りかぶり、勢いよく叩き付けた。その動きの速さは観客達も目で追い切るのがやっとな程であり、人間の常識を遥かに超えている。何らかの魔法で身体能力を向上させているのは間違いないだろう。


 しかし、タルキウスはそれをスルリと横へ動いてかわし、そのまま右手でクリクススの剣をそっと摘まむ。

 次の瞬間、タルキウスがほんの少し右手に力を入れた途端、剣がまるで鈍器で思いっ切り殴られたようにバラバラに砕け散る。


「な! 素手で剣を!?」

 クリクススは目の前で起きた事が理解できなかった。

 自分よりも幼い少年が、その小さな手で少し触れただけで剣が粉々になったのだ。驚かない方がおかしい。だが、その驚きがクリクススに隙を生じさせた。


「余の勝ちだな」

 そう言いながら、地面を蹴って宙を舞い、クリクススの顔面に飛び膝蹴りを食らわせようとする。


「ッ!」

 咄嗟に両腕を前に出して防御した。

 間一髪ではあったが、タルキウスの蹴りをまともに食らうのだけは回避された。

 しかし、蹴りの衝撃はクリクススの想像を遥かに超えていた。

「くわぁッ!」

 衝撃に耐えられず、クリクススは後ろへ吹き飛ばされる。

 辛うじて空中で姿勢を整えて地面に着地したが、剣は既に刃が無くなって武器の体をなさない。

 クリクススは柄だけになった剣を投げ捨てる。

「なるほど。丸腰でも余裕だったわけだ」


「中々の身のこなしだ。どうだ? 余に仕える気はないか? お前のように屈強な戦士を闘技場だけで使うのは勿体無い。お前の実力なら相応の地位を以って報いるが?」


「ありがたい話だが、好意に甘えてばかりというのは性に合わん。自由の身になった後、改めて仕官させてもらおうか」


「ほお。その状態になってまだ戦う気か?ふふふ。面白い奴だな。益々お前が欲しくなったぞ」

 タルキウスはさっきまでの不機嫌そうな様子から一変して楽しそうになる。

 しかし、次の瞬間にはまた一変して真剣な表情へと変わった。

「だが、余に勝つだなどと戯言を言っているお前には、そろそろ身の程を教えてくれる。世界最強の王の力、その一端を見せてやる」


 タルキウスが瞬きをした。そして瞼から再び姿を見せた瞳は、先ほどまでの黒く澄んだ瞳ではなく、神々しい黄金の輝きを放つ瞳だった。エルトリウス王家の人間だけが持つ金神眼アルム・オクリスである。


天の無限蔵シソラス・カエレスティス

 タルキウスがそう小さく呟くと、タルキウスの背後に真紅色の複雑な模様をした魔法陣が十二個展開された。


黄金天劇アウルム・オペラティオ

 今度はそう呟くと、その魔法陣からそれぞれ延べ棒のような黄金が少しだけ姿を見せた。そしてその黄金はまるで飴細工のように柔らかくなりその形状を変え、黄金の剣へなった。

 あっという間に十二本がその剣先をクリクススに向ける。

 これがタルキウスの金神眼アルム・オクリスに宿る固有能力である。

 まず彼が右目に宿す能力の名は天の無限蔵シソラス・カエレスティス。独自の時空間と空間を繋げる事ができるもので、先ほど金塊を出した真紅色の魔法陣の事である。


 そして左目に宿す能力は黄金天劇アウルム・オペラティオ。長い時間を掛けて魔力を練り込んだ純金を自由自在に操れる能力である。


 黄金大宮殿ドムス・アウレアや黄金都市ローマに使用されている莫大な黄金にもタルキウスの魔力が込められており、その気になればローマという町一つを武器として戦うという芸当もできるのだ。


「さてと。さっきミノタウロスに見せたあの見えない障壁の魔法。もう一度見せてもらおうか」

 タルキウスが右手を軽く前に振る。それを合図に、魔法陣から剣先を見せていた黄金の剣が矢の如く放たれた。

 しかしそれは、矢などとは比べ物にならないほど高速で、まるで隕石の落下のようである。

 クリクススがまず一本の剣を辛うじて避けると、目標を外した剣はそのまま地面に直撃。

 そこは落雷でもあったかのように吹き飛び、今日の剣闘試合のために用意された白い砂が宙に巻き上げられる。

 放たれた剣はただの黄金ではない。タルキウスの膨大な魔力を時間を掛けてじっくり練り込まれて破壊力を増大させているのだ。

 一本でも命中したなら、その者の身体はどんなに頑丈な鎧をまとっていたとしてもお構いなしに木っ端微塵に消し飛ぶだろう。


 そのあまりの威力にクリクススは驚く間もなく、二本目三本目が襲い掛かる。

「くッ! ……森の加護アンダストラ!」


 複数の剣が矢のようにクリクススに迫り、彼の身体をあと少しで串刺しにできるというところで、剣は何もない空中で何かにぶつかったかのように弾かれて地面に突き刺さる。


 その異様な光景に、タルキウスは目を細める。しかし、すぐにクスリと小さく笑みを浮かべた。

「ん? ……なるほど。そういう事か」


 タルキウスは再び右手を少しだけ上げる。すると背後にある魔法陣から新たな黄金が姿を現し、今度は剣ではなく鞭のような形状へと姿を変えた。

 それはまるで生物のように動き、十二本の鞭がクリクススの正面の空間で何かに巻き付いた。それは、目には何も見えず、端から見ていると、黄金の鞭がグルグルと螺旋状になっているようである。だが、よく見ると四角く薄い壁のようなものを巻き付いているようにも見えた。


「やはりな。ガリア人の魔導師が使う防御魔法、森の加護アンダストラだろ。非常に強固な魔力の壁の上に、人の目を誤魔化す特殊な魔法処理を施す事で目には見えない壁を作り出す。と言っても、本当に見えないくらい精巧な壁を作れる魔導師は聞いた事が無いがな」


「まさかこうもあっさり見抜かれるとはな。驚いたぞ」


「ふん。余の目を欺けると思うなよ!」

 王らしく尊大に振舞ってはいるが、久しぶりに強そうな敵を相手にできてタルキウスは楽しそうだった。


「このままでは、せっかくの試合がつまらないし、余も一つ余興を見せてやるか」

 タルキウスの背後に浮かぶ十二の魔法陣が消滅して姿を消す。

 そして彼の右手の近くの空間に、新たな魔法陣が浮かび上がる。そこから、先端にダイヤモンドが付いた黄金製の杖が姿を見せた。これはエルトリウス王家に代々受け継がれてきた伝統ある杖である。

 その杖を右手で掴むと、タルキウスは鞘から剣を抜き取るように、魔法陣から杖を引き抜いた。


「まずは一発だ」

 圧倒的な余裕から来る傲慢な笑みと共に、杖を天に向けて掲げる。

 膨大な量の魔力が杖の先に取り付けられたダイヤモンドに注がれ、ダイヤの周囲に集まった魔力は炎へと転じた。その炎はあっという間に巨大な鷲の形へと姿を変えた。多量の魔力で生み出されたその炎の鳥は、膨大な熱量と規模を備えている。

灼熱の鷲イグノ・アクイラ


 タルキウスが杖を振り降ろすと、炎の鳥は翼を羽ばたかせて空中を舞い、クリクスス目掛けて飛翔する。炎の鳥はクリクススを焼き尽くそうと呑み込もうとした。

 剣も無く、丸腰となっているクリクススにはもはや身一つで受け切るしか手がない。クリクススは咄嗟に、タルキウスの黄金で雁字搦めにされた魔力壁を解除して、後ろへ飛んで距離を取る。そして二枚目の魔力壁を作り出す。


 魔力の盾はタルキウスの炎の前に溶け出し、やがて原型も留めない有様になって消滅するも、それとほぼ同時に炎の鳥も力尽きて消滅した。


 ギリギリではあるが、タルキウスの魔法を防ぎ切った。しかし今の壁を一つ作るだけでクリクススの魔力はかなり枯渇したらしく、荒い息をしながら片膝をつく。

「はぁ、はぁ、はぁ。有りっ丈の魔力を注いだ防壁で、相殺するのがやっととは……」


 だが次の瞬間、クリクススは絶望的な光景を目にする。何とか防いだ炎の鳥を、タルキウスは更に三羽、顔色一つ変えずに作り出し、今にも放とうとしているのだ。


「はぁ、はぁ、な、なんて、馬鹿魔力を、してやがるんだ」


 クリクススはもう動く事もままならないのか、戦意を喪失したのか、はたまたその両方ともなのか。その場から立ち上がる気配すらない。

 それを見て、タルキウスは展開していた三羽の炎の鳥を引っ込めた。


「中々良い腕前だったぞ、ガリア人。余は満足した。もし自由になって、行き場が無いのなら余の下へ来い。その実力に相応しい地位をやろう」


「……いずれ必ず、あなたの下へ行かせてもらおう」

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