世界最強の魔導師にして歴代最年少の少年王は聖女を溺愛してる

ケントゥリオン

第一章『少年誘拐事件篇』

プロローグ

 世界有数の大国エルトリア王国は、巨大な軍事力を背景に周辺諸国へと勢力を拡大させていた。

 その勢いは現国王である"黄金王タルキウス"によって最高峰に達している。


 エルトリア王国王都ローマの中心部に建設された黄金大宮殿ドムス・アウレア。その広大な敷地内の一角に設けられているロレム離宮。

 そこは離宮というより闘技場である。中心部の中庭を囲うように四方を黄金で築かれた分厚く高い、まるで城壁のような壁に覆われており、この中庭で奴隷や猛獣でも放って殺し合わせ、壁の上から国王や貴族が観戦でもする場所なのかと初見の者は誰でも思うだろう。


 しかし、日の暮れた夜。

 中庭には、奴隷でも猛獣でもなく一人の少年の姿があった。

 

 その少年は、黒い下着一枚とほぼ素っ裸の状態で、右手だけで腕立て伏せをしている。露わにになっている色白の綺麗な肌からは汗が溢れて、鍛え上げられてほどよく引き締まった筋肉も汗で濡れている。その肉体は月明かりに照らされて汗が光沢を帯び、美しい肉体美を披露していた。


「六六七八、六六七九、六六八〇、……六六八一、六六八二、六六八三、」


 時折、疲労からペースを乱しそうになる事があるものの、その度に強い意志と根性で立て直し、無心に片手腕立て伏せを続けている。その可愛らしい顔は、汗塗れになってどこか色っぽさすら感じさせた。


 この少年こそがタルキウス王である。

 タルキウスは生まれ持った魔法の才能と底無しの魔力量から、まだ十一歳という幼さでエルトリア最強の魔導師と言われ、幾多の戦場でその実力を敵味方に披露してきた。

 時には、敵が立て籠る砦の城壁を杖の一振りで粉砕。

 時には、敵が放った矢の雨を魔法一発で全て焼き払い、配下の軍団の危機を救った。


 しかし、タルキウスはその実力に驕る事はなく、国王として激務に勤しむ合間を縫ってこうして修練に励んでいるのだ。

 このロレム離宮はタルキウス専用の訓練場であり、四方の重厚な壁はタルキウスの魔法に耐えられるように頑丈に作ったものなのである。


「タルキウス様」


 無心で修練に励むタルキウスは、自身を呼ぶ女性の声に反応して身体の動きを止める。

 聞き慣れたその声の主の顔を思い浮かべながらタルキウスは満面の笑みを浮かべ、立ち上がって声のした方へと身体を向けた。


「リウィア!」

 少年王は年相応の子供のように無邪気に、そして嬉しそうに彼女の名を叫ぶ。


「お食事の用意が出来ましたので、そろそろ修練は切り上げて下さいね」

 国王を前に、まるで母親のように振舞う彼女の名はリウィア・グラエキヌス。タルキウスに仕える聖女である。


 聖女とは、エルトリアが祀る神々の神殿で厳しい修練を積み、聖なる魔法を身に付けて国王に仕える、王室付きの神官。

 リウィアは国家鎮護の女神ウェスタの神殿で怪我や病気を治す医療魔法を習得して聖女の称号を得ていた。


 タルキウスよりも年上の十八歳で彼の姉的存在であり、タルキウスにとってこの世の何よりも大切にしている人だ。

 腰の辺りまで伸びている、長く真っ直ぐで美術品のように綺麗な黒髪に、誰もが羨む大人びた美しい容姿を持っている。

 豊かな胸を持つその身体を包み込むその衣服は、国王付きの聖女が着る物にしては素朴で地味な印象を受けるが、彼女の美貌の前では特に気にならないだろう。


「うん! あ~腹減った~! 早くリウィアのご飯食べたいな~!」

 とても大国を支配する王とは思えない、子供らしい返事。

 タルキウスにとってリウィアの存在とは単なる聖女ではなく、国王という立場を忘れてタルキウス個人として振舞える数少ない存在なのだ。


「ふふ。今日もたくさん作りましたから、存分に召し上がって下さいね。ですが、その前にまずはお風呂で汗を軽く洗い流しましょう」


「えー! 先に飯が良い!」


 その時だった。

 グウウウウウ~

 と、タルキウスのお腹が豪快に鳴った。


「タルキウス様ったら。本当にお食事の事で頭がいっぱいなんですねえ」

 やれやれ、と呆れた反応をしつつも、リウィアはそんなタルキウスが愛おしくて仕方がなかった。


「飯ばかりじゃないよ。リウィアの事だっていつも考えてるんだからね!」


 えっへんッ!と言わんばかりに、得意気な顔をして言うタルキウス。

 この少年王は、リウィアをこの世の何よりも、自分の命よりも大切に思っているのだ。


「ふふ。タルキウス様にそう思って頂けるとは嬉しい限りです。ですが、お風呂が先です! 良いですね!」


「うぅ。わ、分かったよ、リウィア」

 観念したタルキウスは大人しくリウィアの言う通りにするのだった。

 戦場では幾多の強敵を打ち倒してきた少年王は、目の前にいる聖女にだけはどうしても勝てないのだ。

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