龍帝の伴侶

ずっと眠い

第1話


提灯の明るいひかりがゆうらゆうらと宙に浮いて、ぼんやりと暗い道を照らしている。

それは一つではなく、散らばるようにあちらこちらで浮いては揺れていて、まるで見えないモノがそれをもって何かを探しているかのように見えた。


これは夢だ―――


早まる鼓動が吐息として漏れないように、口を強く押さえたまま小さくしゃがみこみ暗闇の隅っこで震えて体を隠す。

どうしてこうなったかなんてわからない。いつもの部活帰りの道、歩いていたらこの見知らぬ土地に居たのだ。


最初は疲れすぎて寝ぼけ歩いて迷ったのか。と思い、ふと視界に入った人影に声をかけようとしたがすぐに躊躇した。なぜならそれには普通の人には無い「獣の耳」が付いていたのだ。

こっそり曲がり角から除けば兎頭の着物の人間……のようなモノが、蛙のような人っぽい何かと談笑していた。最初は仮装か何かだとおもったが、にょろにょろと屋根から滑り降りてきた服をきた蛇を見て、ああもうだめだと駆け出し、思わず逃げ隠れた建物の間。


これは悪夢だ―――


そう思い頬をつねっても頭を乱暴に掻いても何も変わらない視界。

涙が溢れ体が震えた。そんな状態でも声が漏れないように腕を噛んで我慢する。

いつになった目が覚めるの……?


カラン、カラン。カラン、カラン。


下駄の音。


カラン、カラン。


ゆっくりとこちらに向かっている、怯えながらもそっと音のほうを見ると、狐のような獣の耳が生えてはいるが、顔や体つきは人間の女性が花魁の格好でしなりしなりとどこかへ向かい、真っ直ぐ前だけを見据え、しゃん、とあるいている。


あまりの美しさにぽうっとしていると、それは何かに気が付き、まるで宵闇の月のような美しい笑を浮かべると、敬う様にゆっくりと首を垂れた。

つられて彼女が首を垂れた方を見れば、ハッと目を見開く。


黒い長い髪は束ねられることなく風に揺らぎ、美しい人を見ても動じることのない、金色の瞳が冷たくもその色の美しさをよりきわ立たせている。

女に負けず劣らず美しいその男は、黒い着物の袖に腕を閉まったまま仁王立ちしており、女が頭を上げたのを見た後くるりと踵を返し歩き出した。


「あ」


考えるより先に体が動いた。

直感的に助けを求めるのならあの人だ、と、なぜか思ったのだ。


「助けてくださいッ」


藁にも縋る思いで男の袖をつかんだ瞬間。

一瞬、体中にまるで微弱な電流が走った。ビリリッと痺れ、口では言い難い体の一部分が疼くように熱くなった。

「ひぁ……ッ?!」

驚いているのは私だけではなく、相手もそうだったようで、私に何かを問おうとしたが身体の力が抜け、立つこともままならず、その場で倒れそうになった自分を、美しい男が掴んで抱きかかえた。



どこかゾクゾクと残る余韻と、どうしても入らぬ力、ぼうっと意識が揺らぐ中で微かに聞こえる綺麗な女性との会話。


彼女は――もしかして―――だとしたならば―――これを一旦どこかへ――それならば


これって私の事?

私をどこに運ぶの……?


薄らいでいく景色の中、いろんな妖怪が私の顔を見ているのが見えた。

人ならざるモノばかり、もしかしてこの男の人も人間じゃなかったのかな……?





目を覚ませば天井が見えた。

残念ながら自室のものではなく、旅館とかでよくみる清潔で歴史を感じるタイプの木目。

少しばかり絶望しながら起きると、ふかふかのふとんにいい匂いの畳、円形の窓という、どこか和モダンな感じの部屋にいる、と状況理解する。

丸窓には鶯の形の鉄枠がはめられており、この家の持ち主はセンスがいいんだろうなと漠然と考えていた。


すぅ、と扉(ふすま)が開く。

自然にそちらに目を向ければ、襖に咲く白い手が縦に四本。


「……」


それが「何」か理解する前に、本能が危険信号を早打ちした。体中のヒヤ汗がどっと溢れ、心臓が早鐘の如く脈打つ。

襖の向こうから低い声で何かが唸る音が小さく響く。獣のようでいて、洞窟に吹き抜ける風のようでもある、どこか低く恐ろしい音。


手かすうっと引っ込むと、獣の方向のような声が二重に聞こえ、部屋を一気に恐怖の空間へと支配した。

謎の声に負けないほど大きな悲鳴をあげ、駆り出されるようにべつの襖へと駆け出し、目覚めた部屋から脱兎のごとく逃げ出す。


うしろでケラケラと笑う声が恐ろしい。


襖を開ければ次の部屋、部屋、部屋。廊下が一向に見つからずどこへ行けばいいのか分からない。涙を流しながら息を切らし転げまわるように逃げ回っていると、天井から何かが飛び降りて進路をふさいだ、驚いてすぐ踵を返し逃げようとすると、また何かが進路をふさいだ。


悲鳴を上げて横に滑るように駆け出し、何かの存在を躱す。


ケラケラと響く声から逃げたくてすがる思いで白い襖を開けると、やっと廊下に出た。

高級旅館のようなつるつるの床に、芸術のような梁、こんな状況でなければ楽しめるであろう場所もいまはそれどころではない。

右からは亀の甲羅を背負った頭の長い老人、左からはふっくらとおたふく面のような顔をした女性がのそりのそりとこちらを向いて歩いてきている。


「ッ!」


覚悟を決めて目の前の窓に飛びつき、先を確認せずに勢いよく宙を舞った。





「……あら」





庭園に落ちた葉の掃除をしていた女は、自分の足元に影ができたことにすぐに気が付いた。

大きな人の影。

時折空から烏天狗や鳥の妖、または幽霊属の精霊か普通の霊が飛んでいることはあるが……はて、と思い空を見上げる。

何かは翼もなければ実態もある「本当に人間」だったようで、嗚呼このままではぶつかるなァなんて悠長に考えていた。



「「お母様ッッ!!」」



綺麗な二つの声が焦り困惑している。

あの声は、なんて言葉を零すと、さらりと目の横を黒い髪束が揺らいだ。


「うげえ!」


落ちてきた「何か」は彼に回収されたようだ。

背が高い彼がさっとそれを腕の中に収めると、チラとだけこちらを見て舌打ちをした。そういったことをされるのは割といつもの事なので、まったく気にせず思ったことを口にする。


「まあ、旦那様いらしていたんですね」

「……鈍い。周りを見ろ」

「あら、私にそのようなことを言うのですか、ご存じのくせに」


彼は不機嫌そうな顔をしてこちらをひと睨みすると、抱えていたものを猫の子を持つようにしてゆっくりと確認した。

その子は目を回していたが、けがは見受けられない。

「わっ!?」

突然正気に戻り、置かれた状況にわあわあと驚いていた。

まだ幼い顔立ちで、黒い髪がふわふわとくせっ毛があってカワイイ少女

天敵に襲われたときの梟の赤子のような反応で、少しばかり気の毒だが面白い。


「まあまあ、可愛らしいお嬢さん、貴女のお名前は?」


混乱している少女を宥めるように背中をさすりながら、優しく声をかけると彼女は泣きそうな顔でこちらをみて、何かを言おうと口を開こうとしたが、上からあの二人が降りてきたのを見て、かわいそうなほど肩を揺らして気絶した。



「……二人とも、何か言うことがあるんじゃないですか?」


二人は罰が悪そうな顔をしていたので、大方少女に悪戯をしていたのだろう。旦那様は重いため息を吐き、少女を抱えて歩いていく。


「こい」


短い命令に従い、その大きな背を静かに追う。


さて、彼女は一体誰なんでしょうね。

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