第17話 夢でまた会いましょう?◆
◆◆◆
風が髪を浮かせ、頬を掠める。
このベルナレイル王都を懐かしく感じる。
今日からここを離れ、ラロランの町に今から行くのだ。短い間だったが、ある意味濃密な時間ばかりだった。
私と腕を組むルークはとても幸せそうな顔で街中を歩いている。私が見つめていると視線に気づき、その顔は更に蕩ける。
「ルーク、あの…。」
「これからは2人で暮らそう。予定通りラロランの町に行って。そこで家を借りて、ゆくゆくはきちんとした家を買おう。お金は俺が稼ぐから、ロティは家にいて、俺におかえりって言って欲しい。また料理を作ってくれると嬉しいな、ロティの手料理好きだから。」
「……ごめんね…。
元はと言えば、私がルークに呪いなんて掛けなければ、こんなことにもならずに一緒に旅も出来たのに…。」
私は申し訳なさを感じてしまい顔を伏せてしまうと、慌ててルークは弁解する。
「悪いのはロティじゃない!むしろ俺の方で…。俺がロティを忘れてしまったから…。」
「それは仕方がないの。普通は転生をする時に記憶を無くすのよ。何度も言ったでしょ?
私が忘れていなかったのが普通じゃないだけで…。」
「それでも俺はロティを忘れたくなかったんだ。なのに忘れてしまった。償いはいくらでもするから」
「あーーーまたその話になる!埒があかない!」
癇癪気味に言うとルークは慌てている。
怒ったわけじゃないが、記憶の話となるといつもルークはこうだ。
ルークの気持ちもわからないでもないが、どうしようもない事なのだ、私はその事についてもう責めるつもりも怒るつもりもない。
「ふふ。冗談だよ。本当に私もルークも大概だね。
でもごめんね。″———”の時から私はずっと貴方が大好きなの。」
「…俺だって前世からロティを愛してる…。」
ここが王都の入り口近くの道とはいえ、人がちらほらと居て邪魔になりかねない。
はたからみればカップルがイチャイチャとしているようにしか見えないだろう。
王都の人口からしてイチャついて居てもそんなに注目を集めないのは助かる。
歩みは止めず器用に歩いたまま私とルークは頭をこつんとぶつけて笑い合う。
とても幸せで満ち足りた気持ち。
王都を出るためには声を掛けて私達の王都を出る記録をしてもらわなくてはならないのだ、その為王都の出入り口の門に向かっている。
歩みを進めるたびに門衛の姿が見えて来た。
「待って下さい!!!」
聞いた事のある声に私とルークは同時に驚き、肩をびくつかせた。
その声に周囲もその方向を見る人が数人見える。
私達も振り返るとグニー・アレグリアが息を切らしてそこにいたのだ。
私は見た瞬間に苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。
固まってしまい歩みを止めた私達にグニーはぐんぐん近づいてくる。
私の前にルークが立ちはだかるとまるでグニーから私を守る様な姿勢になった。
「グニー…。何の用だ?別れならこの間しただろう?」
「あれがっ。はぁ…はっ。あれが最後のお別れだなんて…。わたくし寂し過ぎますわ…。最後というなら…今一度貴方の温もりをわたくしに下さっても良いと思いますの…。」
グニーは瞳を潤わせながら、しおらしく言うとルークの表情が歪む。
綺麗な顔なだけあって迫力が増したように感じた。
尚も嫌そうな口調のままルークは話す。
「言い方に気をつけてくれないか?俺から貴女に何かをした記憶は全くない。」
ふう、と息が整え終わるグニーは奥ゆかしいのに官能的にも見えた。
薄いライラック色髪の毛はストレートで濃い紫色のリボンを髪に編み込んで結っていて、ワインレッドの赤い瞳は一目で印象に残る。
仕草も言葉も綺麗なグニーだが、私は好きにはなれない。
どちらもルークに好意があるが故、取り合いになるのだから。
「そう…でしたわね…。それも寂しかったですわ…。この3年間は特に…。ですが、最後と言うならそちらの可愛らしい恋人様にもきちんと挨拶がしたいと思いまして…。ねぇ?ロティさん?」
「…。」
猫なで声で綺麗な笑みを向けられるが、私の顔はきっと引き攣っているだろう。
更にグニーは弁舌になりたたみかける様に言葉を並べた。
「同じ方を好きになった者同士ですもの?
私の想いを汲み取って最後に抱擁を強請ってもいいでしょう?
ルークにも、もちろんロティさんにも…。」
「…ロティが許可するならな。」
ルークは見つめるグニーの熱い視線を完全に無視している。とは言え、グニーもルークが好きなのだ。
グニーにとっては横からきた私にルークを持っていかれては面白くもないだろう。
最後位は寛容の一つも見せるべきか。
納得出来ない気持ちを無理矢理心の奥に押し込んで私はぼそりと言葉にする。
「…わかった。最後だと言うし…。一回だけなら。」
「…ロティ…ロティは優しいな…。…チッ。
仕方ない。」
聞こえない様にだが確実にルークは舌打ちをした。
数歩前に歩くと、軽くというよりほぼ上げないルークの腕にグニーは飛び込んだ。
ルークの後ろ姿とその背中に回されたか細い腕は、力強く服を掴んでいる。
その光景は長年愛しの人の帰りを待っていた人が、漸く帰ってきたその人に抱きつく姿にも見える。
会いたくて、抱きしめたくてしょうがなかったと言うようにルークに縋るグニー。
私の心臓は掴まれた様に痛くて呼吸も苦しい。
ものの数十秒が長く感じた。
ルークはルークでグニーを抱きしめる事はなく、自分から離れようと全くしないグニーの肩を掴み、身を引っぺがし瞬時に離れ元の位置に戻ってきた。
ひっそりと見るルークの顔はかなり歪んでいる。
「…もう少し抱いていたかったです。今くらい腕を回してくださっても…。」
「俺が抱くのはどんな意味でありロティだけだ。」
私の落胆した気持ちを掬い上げてくれるようだ。
だが同時に顔も熱くなる。人前で言わないで欲しい。
グニーもそれを聞いて一瞬無表情になる。
すぐに微笑むグニーだったが、垣間見た虚な目が怖くて震えそうになった。
「……そうですか。…ではロティさん?
わたくしと最後に抱擁して下さいます…?」
そう言い、グニーは手を広げて私を待っている。
渋々私も近づくと対面したグニーが満面の笑みを見せた。
「ふふ、ありがとうございます。」
その言葉と共にグニーが飛び込んできた。
結構強く飛びこまれため振動が大きく、軽くよろけてしまい、グニーを抱きしめる形で踏み止まった。
だが。
「……っ!!?」
ードンッッ!
すぐに私はグニーを突き飛ばした。
体を離したグニーの顔がスローモーションの様にゆっくり、そしてはっきりと見えた。
グニーのワインレッドの瞳には光が見えない上、表情を歪ませ恍惚の笑みを浮かべている。
このままではまずいと思い、私は少しでもルークに近づこうとくるりと身を反転させたが、力が入らずにへたり込んで倒れてしまった。
「ロティ!?」
ルークが急いで倒れた私を横抱きにして支えてくれたが、私の胸元を見たその顔から血の気がサッと引き驚く表情が見えた。
「!!?な!?くそ!ロティ!!」
「あは、あはははははははははははっっ!!」
「門衛!!!」
グニーは高笑いをした。
興奮して瞳孔が開きうっとりとした表情がぞっとする。
追撃をしてこない隙に私は胸にある物を抜こうとした。
しかし、それは触れなかった。
あるはずなのに手が通り抜けてしまう。
ルークもまた同じで触れない様だ。
私からはルークの手にナイフが刺さっている様に見えて痛々しい。ルークの手の下から血が溢れ出ている。
そう、私はグニーに心臓を刺されてしまった。
ルークは鞄からポーションを取り出して私に掛けるがナイフが刺さったままだからか全く効果がない。
その間にも血は溢れて出て行く。
ルークに呼ばれた門衛が駆けつけて状況をすぐ様理解し、高笑いしているグニーを拘束した。
両腕をガッチリと抑えられながら顔を歪ませたグニーは半狂乱状態で叫ぶ。
「ねぇ!ねえ!痛いかしら?痛いわよね?
わたくしもそれくらい痛かったんですもの!!
貴女がルークを奪ったから!!
ルークが愛を返してくれないんだもの!!
貴女が現れなかったらわたくしもルークも幸せでしたのに!!貴女が現れて変な事を言うからですわ!!
前世なんて馬鹿馬鹿しい!!
まやかしかなんかでルークの記憶を弄ったんでしょう!?許せないですわ!!
ああ、ルーク…ルーク!
わたくしがその女を殺して差し上げますから、もう大丈夫ですわ…。
きっとまやかしもその女が死ねばきっと解けますわ!
そうしたらまた一緒に居ましょう?
わたくしが貴方を1番に愛して」
「黙れ、《凍結》。」
言い終わる前にルークがグニーに手を素早く向け魔法を掛けた。
グニーに魔法が当たると薄い氷の膜が張り、足元から頭までを覆う。
グニーは目を見開いたまま動きを止められたようで、その隙にと門衛はグニーを運んで消えて行った。
私は黙ってその様子を見ているしか出来なかった。
力が入らない。
血が溢れ刺された所が熱いし、痛い。
ぽたぽたと私の上に生暖かい水が落ちてきた。
霞む視界でルークを見ると泣いてしまっていて、水はルークの涙の様だ。
いつの間にか横抱きから体勢が変わり膝枕をされていた。
「ルーク…。
こんなに早く…お別れ…だなんて…思ってなかった…。
ごめん…ね。」
「喋らなくていい。今救護を呼んでもらうから…。
ロティ、死なないでくれ…。」
私にルークの涙が次々と落ちてくる。
ルークの頬にそっと触れ、諭す様に優しく言葉にした。
「ルーク…。ごめん…。
色んな…傷を治して…きたから…分かるよ…。
これは…無理…。ナイフも…抜けない…し…。
はぁ…。
ルーク……。
私の…来世まで…待てる?
長いかも…しれない…けど…。
待って…くれたら…次…こそは…
ずっと一緒に…いれるように…。
少し…いなく…なるけど…次に…会える…まで…
待っ…てて、欲しい…。」
「俺はいつまでもロティを待つから…。
ロティがくれた祝福で、いつまでも待つから…。
ロティ……。愛してる………。」
私はとびきりの笑顔になるよう微笑む。
なのに自分が笑えているかもわからない、ルークの顔も見えない。
ドンドン暗く、声が遠いていく。
そうして、私は2回目の死を迎えた。
◆◆◆
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