第15話 本当、何者…。

私は気不味そうなルークを尻目にまた紅茶を飲んだ。


高級な紅茶なのだろうか、凄く美味しい。

カップをソーサーに戻して再び質問する。


「じゃあ、魔女についてだけど。その人は今はいるのかな?」


質問をあっさり変えたからかルークがホッとした表情になる。


「ああ、いる。【記憶の魔女】は王国で保護されているんだ。近々会いに行こうか?」

「会えるんだ?出来ればあってみたいかも?私の記憶も戻す事ってできるのかな?」


「それは多分難しいと思う。

記憶の量と質でその時対価が決まるらしいが、俺達の時は特に前世という事で代償は大きかった。特殊な記憶はそれだけ体にも負担がある。

だからおすすめは出来ない。助言くらいはもらえると思うが。」

「そっか。じゃあ仕方ないね。

あとは前世の私を殺した人は誰なの?ルークはあの女って言ってたけど、生きてるみたいな言い方だったし…。普通生きてないよね?」


私の言葉にルークが顔を歪めた。

何か聞いてはならないことを言ってしまったのだろうか、表情には憤怒も混ざっていてその顔で魔物すら倒せそうな勢いだ。怖すぎる。

冷たい目をしたルークは嫌そうにしながらも私の質問に答えてくれた。


「生きてる。あの女は妖精エルフだからな。

長生きなんだ、妖精族は。

当時…俺はあの女を殺したかったが、妖精の同胞を殺されたと知っては王国と妖精とで戦争を始めるだろうと殺せなかったんだ。

王国を巻き込みたくなかったからな。


ロティが居ない間に妖精王と話はつけてある。 


ゲオーグとも話していたからなんとなく覚えているだろう。名前をグニー・アレグリア。

俺は名前すら呼びたくはないが。」


「あー!なるほど!ギルドの掲示板にあったね。

罪状は殺人って、私か。殺されたの。

なんか変な感じだね。なんで殺されたんだろう?」

「……あの女に…。」


首を傾げているとボソッと言うルークの言葉が聞こえず、ルークを見る。


今度は顔が青白くなっている。


よく百面相のルークと言われなかったなと考えるくらい、表情はコロコロ変わっていく。

聞こえなかった言葉を聞こうと私は尋ねた。


「なんて?ルーク?」

「…言っても怒らないだろうか…。」


「うん?怒らないよ?」

「…なら……あの女に俺が好かれていて。

 パーティを組んでいる最中は戦闘時以外じゃ基本べったりとくっつかれていた。


ロティが現れてからは拒否したものの、あの女は気に食わず、ロティに恨みを募らせていたらしい。


それで、俺がパーティを脱退してロティと一緒に居たいと言うもんだからあの女はロティを殺したそうだ。一度だけ監獄に会いに行った時にはそう言っていた。」



ルークが教えてくれた話に、私は今どんな顔をしているのだろう。

自分の顔がわからない。

ルークは少し怯えているような焦っているような顔をしている。


「…ルークとそのグニーって人は付き合っていたの?」

「いや、付き合ってはいない。一方的に構われていたのだが、前世のロティに会うまでは拒否しなかったのも事実ではある…。」


「…ふーん。」


なんだろう。


物凄く不快だ。この湧き出る感情は私のものであって、私のものじゃない。

話を続けたいのに口が重く閉ざされている。

ルークの顔を見れず、伏せてしまう。



「ロティ。」

「うん?なに?」


ルークに呼ばれるが伏せたまま返事をした。

ふと繋いでいた指にルークの力が篭る。


「……抱きしめていいだろうか…?」


赦しを乞うた様な声に何故か私は苛立ってしまった。


私自身の制御出来ない感情にも。

睨む様にルークを見ると今にも泣きそうな表情をしていて、ずきりと胸が痛む。


「なんで…。」

「一言で言うのは難しい。だが、凄く不安に思う。怒っているだろう?」


そう聞かれ私は黙ってしまう。

怒らないと言ったのはどこへやら。

何も話さないままでいると繋いでいた指が解かれ、無言で抱きしめられた。


先程とは違い、優しく壊物を扱う様に。

自分とは違うルークの匂いが鼻腔を擽る。



苛立っていた感情が徐々に落ち着いていく。


縋りたくなってしまうほど、この場所は心地良い。


自分の腕を制御するために意識して力を込めた。

でなければルークの背中に手を回してしまうかもしれない。



「なんだか…私なのに私の感情じゃないみたい。」

「ロティ?」


「ルークの事まだ全然知らないはずなのに、凄く知っている様な気もする。でも実際はわからない。」


私は溜息混じりに言うとルークは私の頭を撫でた。

先程までの泣きそうな表情は消え、私を愛おしいものを見るような優しく、穏やかな顔に変わっていた。


「…ロティが良ければ、俺と一緒に居て行動して欲しい。

そうすればじきに何か思い出すものもあるかもしれない。それにあの女のことも気になる。魔狼を放っただけではないだろうし、何か仕掛けてくる可能性も否めない。」


そう言われてドキッとした。

ルークに左肩の事言うの忘れていた。浴室で見たあの跡の事を教えていた方がいいだろう。


「ごめん、ルーク…言い忘れていた事が…。」

「何を?」


ルークが体を軽く離す。


体の間の隙間で私はカーディガンとナイトドレスの肩紐をずらし肩の部分をはだけさせると、一瞬ルークが驚いたものの私の肩を見てまた更に驚き、徐々に顔を顰めていく。



「…魔狼に呪いを仕込んでおいたのか…。本当に性悪な女だ…。」


ルークは怒りを混ぜながら悪態をついた。

こんなものがあるとはルークも思わなかっただろう。


私の左肩は魔狼の歯形ではなく、歯形の模様の痣が出来ていた。ルークに見せてもらった呪いの模様で私も呪いにかかったのだと直ぐに理解した。


ルークの指先が私の左肩に触れるか触れないかの位置で止まり、ルークは眉を下げて話す。


「痛くはないか…?

どんな呪いなのか判定する魔導具が手元にない。明日調べに行こう。」

「痛くはないよ。呪いって魔導具で調べるんだ?」


「ああ、呪い自体滅多にかけられるものではないし。扱うものも少ない。」

「ん?そういえば、私は何故ルークに呪いをかけれたの?おかしくない?」


「ああ。ロティは前々世から呪術と解術、回復魔法が出来る、所謂聖女みたいなものだったんだ。」

「は?」


「もともとは解術と回復魔法しか使わないようにしていたし、ロティが呪いをかけたのは俺以外いない。


解術とはその呪いの効果や術式を読み解き、呪いを解く事だからな。

ロティは自分で解いた呪いの術式を覚えていたのだろう。


嫉妬で呪いをかけたとは言っていたが、何故それが不老不死なのかは聞いていなかったな。」


ああ、早く記憶が戻らないだろうか。


でなければ私は何者なのだろう。自分が自分でわからなくなる。


「ん?でも待って?私解術使えたの?もしかして今も使える?」


そう言って自分の手を左肩に当てて、意識を集中させるが何も感じとれない。

当然呪いは解けないようだ。


「記憶がない今は解術も使えないだろう。

記憶が戻れば呪術も解除も使える様にはなると思うが…確実な事はわからない。」

「そうなんだ…。」


私は肩を落とした。

なんの呪いかはわからないが、呪いと言うだけある。

早く消したくて堪らない。


悶々と考えを浮かばせていると、肩を見せるためにはだけさせていた服も多少下がってしまった為そっとルークは服を整えてくれた。


「なんだか考えること多いなぁ…。こう…すぐに記憶戻れば混乱しないで済むんじゃないのかなぁ…。」

「記憶が戻るのは喜ばしいが、【記憶の魔女】の魔法でもない限り一気に戻る事は無いと思う。」


「うーん…わかった。」


ルークは体勢を直しまた私の手を繋いできた。


今度は試しに私も手を握り返した。

ルークは何も言わなかったが喜んでいる様に見えた。

繋いだ手を満足に見つめながら私に言う。


「後他に質問はある?」

「えっと。私の名前と容姿って前世から変わってないの?」


「俺が知っている前々世から容姿と名前も変わってない。

その事を一度【記憶の魔女】に聞いた事がある。

極端にはぐらかされたが、ロティは変わらないと言っていた。」

「どういう構造なの…私…。」


私は何者なんだろう。

自分の事なのにまるで知らない誰かの話を聞いているようは不思議な感覚になってしまった。

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