第5話 戦闘中は目を離したら駄目だよ。


水の匂いがする。湖が近いのだ。


大きく開けた所に出ると目の前には澄んだ湖が見えた。

対岸が結構遠くにあり、少し歪だろうが円形に近い湖だ。



キョロキョロと辺りを見回すと、湖のほとりの手前に5輪の白い花を見つけた。


「あ、あれじゃないかな?」


指を差しながら早足で花に近づき、しゃがみ込み花を良く観察した。



間違いない、エルダーの花だ。

私に合わせ、アリリセもしゃがみ込む。



「綺麗な花だなぁ。一輪だよな?そのままとっていいのかな?」

「使うのは一輪でいいんだけど、予備と私も少し欲しいから全部とっちゃおうか。根から採取してね、そうするとちょっとだけ花が長持ちするから。」


わかった、と返事をするとアリリセは私と一緒に土を掻き分け根を掘り出し根ごと花を採取した。


5本とも取り終えると1度花を地面に置き、アリリセと共に土まみれの手を湖で手を洗う事にした。



手を洗い終え、置いてある花の所に戻り花を持ち上げる。

瑞々しい白い花弁に花脈はうっすら黄色で花自体が光っているように見えた。



無事に採取出来て、私とアリリセは顔を見合わせて笑う。

花を薬草の袋に一緒に入れて、袋の口を閉めるとアリリセは嬉しそうに話す。


「無事に見つかって良かった…!ありがとう、ロティ!」

「どういたしまして!後は帰って妹さんに薬を…。」



薬草袋に花を入れ、視線を前に戻す時に私は気付いてしまった。


目を見開いて私達を凝視する魔物がいる事に。

しかも最悪な事に私と目がバッチリ合ってしまっている。

下手にその魔物から目が離せない。



まだ森の中にいる魔物は今は私達と多少距離は離れているものの、走り出せばあっという間に距離を詰められてしまうだろう。


瞬時に体から血の気が引いてゆく。

見開いていた目が鋭くなり、草の茂みから私を睨む様に見ている。


魔物の顔が歪み、口から歯が見えた。

このままではまずいかもしれないと小声でなるべく口を動かさないように急いでアリリセに伝える。


「アリリセ、戦闘準備をして。剣を構えて。」

「え?ロティ?」


アリリセが私の顔を見たと当時に魔物も動いてしまった。

その大きい体とは裏腹にぎゅんと距離が詰められあっという間に近づいてくる。


「早く!!!魔物だよ!!」


ガギンッと金属音がした。


横にいたアリリセが私の前に立っていて、剣を横に構えて頭の上に翳している。

大型の犬の様な魔物は鋭い歯と爪で剣に噛み付いていた。

アリリセが上から押さえつけられている形を見るとかなり大きい魔物で、灰色の毛並みの体から瘴気を滲ませている。



「魔狼…?シュワールの森にこんなフェンリルくらいのサイズのやつがいる…!?」


鞄の中から素早く魔導具のスクロールを取り出して、アリリセの体の横からスクロールを魔狼の前に突き出し叫ぶ。


「【氷弾】!!」


スクロールが消え魔法陣に代わるとほぼ同時に、魔法陣の中から鋭い氷の塊が無数に魔狼の体に目掛けて飛んでいく。



「ガゥアアアアアア!!!」


次々と勢いよく氷が魔狼の体に突き刺さった。

刺さった勢いと魔狼自体避けようと後ろに跳ねたのか、そのまま魔狼の体は10mくらい飛び地面に落ちた。


何個かの氷は魔狼の体に刺さったままで、そこから血がポタポタと垂れている。

魔狼は痛みからかゆっくりと体を起こして、怒りから顔を顰め、歯を食いしばらせている。


剣を構え直すアリリセに私は急いで声を掛けた。


「アリリセ!怪我は!?」

「ない!また襲ってくるぞ!離れて!多分あいつだ!妹を襲ったやつ!!」


瘴気が出ている大きい犬型の魔物。


アリリセの言うことに間違いはないだろう。

通常群れている魔狼だが、1匹だし、サイズも2〜3倍は大きい。特別な進化でもしたのだろうか。



私は1人考えながらもアリリセの左後ろに下がり距離をとる。1度攻撃を受けているためターゲットはアリリセだ。

アリリセが怪我をしたらすぐに回復魔法を掛ける体勢をとった。



魔狼が口を少し開いている。そこから火が溢れて見え、徐々に火は大きさが増していく。



「火魔法が飛んでくる!避けて!」


私がそう言うと魔狼は大きく口を開け真っ直ぐ大きな火の弾を飛ばしてきた。




ーわたしに。


「な!?」

「ひゃあああ!!?」


ヒュンッーーボンッ!!!


間一髪で避けたはいいものの、遥か後ろの木に当たり燃えてしまっている。


アリリセと私は同時に驚愕した。


「な、なんで私が狙われてるの!?」

「普通俺のはずだろ!?」


スクロールを使って攻撃はしたものの、1番最初に攻撃を防いでいるため、ヘイトはアリリセになっているはずだ。なのに何故私に攻撃を飛ばしてきたのだろう。


通常とは違う行動に困惑しながらも、向こうで燃えている木も気になってしまう。

早く消火せねば被害は甚大になるが、先に魔狼をどうにかしないといけない。


私はジリジリとアリリセに近づき、すぐ後ろで耳打ちをする。


「アリリセ…。魔狼倒せそう?」

「ロティが回復してくれつつなら、なんとかいけると思う。あいつロティが使ったスクロールで結構ダメージ受けてるし。

だが問題はロティにヘイトが向いてる事だ。

せめて俺に向けないとロティを守れない。」


密かに弟のように感じていたアリリセが頼もしく思える。

そんな感動も束の間、再び魔狼が口に火を溜めているようだ。



アリリセが剣をぎゅっと握りしめているのが目に写った。


「俺が右に火の弾を避けて魔狼に斬りかかるから、怪我をするようなら回復よろしく。

斬撃が入れば多分ヘイトが移ると思う。」

「わかった。視界が被るのは防ぎたいから私は左に避ける。」


私達の小声の会話が終わるとすぐ魔狼から真っ直ぐ火の弾が飛んでくる。


前のより少し大きい。

アリリセが右に、私が左に回避する。

回避してアリリセを見ると無事に回避出来たようだが、斬りかかる素振りがない。


私は咄嗟に魔狼を見た。


「え、いない?」



さっきまでいた所に魔狼の姿がなかった。

火の玉を避けていた時にどこかに消えたのか、逃げたのかもわからない。




「ロティ!!後ろ!!」


アリリセの劈く様な声が右の方で響いた。


後ろを振り向こうとしたが遅く、私に大きな影が出来た。


その瞬間私の体は地面に叩きつけられた。

ガツンと体を地面に打って痛みが走る。しかも重く押さえつけられ動かない。


なんとか頭を押さえつけている物の方へ向けると、魔狼の手が私の腕を押さえているのが見えた。


体を動かそうにも完全に乗られているようでビクともしない。爪も体に食い込んで地味に痛い。



魔狼の体から漏れる瘴気がジリジリと当たり、押さえつけられいるのと相まって息も苦しい。

勢いで体を起こそうと力を入れようとした時、左肩に強烈な痛みが走った。



「っっっぃいっったあぁ!!」


左肩が思い切り噛まれてる。


痛さで涙が滲んでくる。魔狼の荒い息と涎が肩や髪にかかり気持ち悪いし、凄く痛い。



「ロティから離れろ!!」

「ギャインッッ!!」


そう聞こえると体が軽くなると同時に、アリリセが怪我をしていない右腕を引っ張り、体を起こして立たせてくれた。


「大丈夫か!?ロティ!!」

「…。」


噛まれた左肩の痛みで体が引き攣るし、瘴気が直接体内に入ったからかくらくらして視界が揺れている。

気持ちの悪さと痛みから声が出ない上に、アリリセに右腕から体を支えられているから立てているようなもので、1人じゃ力が上手く体に入らなくて多分立てない。



心配そうにするアリリセに反応はできなかったが、とりあえず左の肩と腕を確認した。

左肩からの出血は酷いし傷も深そうだが、左腕は食いちぎられず存在しているためほっとする。



魔狼を見るとアリリセに体の右横を斬られたのだろう。


大きく肩から尻の方に切創が出来ているのが見えた。


切られて驚いたのか今は距離をとっている。

だが魔狼も限界近いだろう。


血がボタボタと沢山出ていて、立っているのがやっとの状態に見えるし、灰色の毛も赤く染まっていて大量出血したのが窺えるほどだ。


フラつく足で魔狼が私達の方向をじっと見てきた。

その顔を見て私はぞっとしてしまう。


魔物ではありえない表情をしていたのだ。


「あ、あいつ、笑ってる…?」

「……。」


恍惚の表情にも見えるその顔は何故か酷く懐かしく、そして恐ろしかった。



それを見た私はあろう事か意識を手放してしまった。


意識を手放す前に、空に浮かぶ何かが見えたような気がした。



❇︎エルダーの花の咲く条件は白い蕾花に、満月の時に天気雨が降る事。その雨が当たった花がエルダーの花になる。一輪にかなりの養分を吸い上げられる為、1輪〜7輪程度しかその場に咲かない。別名、月涙花。


❇︎スクロールは高価。攻撃用スクロールは1枚5万Gするが、護身用としてロティは2枚持っている。

勿論ほぼ使うことはない。

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