KAC20227人形の街のさくらふぶき
@WA3bon
第1話 出会いと別れ
店の窓から見える街路樹に、淡い紅色の花が咲いている。見事な満開だ。
確か桜とかいったか。何年か前に町内会長さんが故郷の木を植樹したらしい。
「この間までは寂しいモンだったのにな……」
時が経つのは早いものである。もっとも、季節が巡ったところで俺の店──ネロ人形工房に客の姿はないのだが。今日も今日とて開店休業状態だ。
「マスターも桜のように成長してください」
容赦なく辛辣な言葉のナイフを投げつけてくるのは、ノワールだ。
年の頃は十歳前後。黒髪に切れ長の碧眼が特徴的なエプロン姿の女の子……に見えるが人間ではない。
天才人形師たる俺が手掛けた最新型の自動人形だ。
「成長はしてるんだけどな?」
言いながらカウンターの下から四角い箱を取り出す。一見すると本のようだが、そうではない。もっとスグレモノだ。なにせ天才である俺の最新作なんだからな!
「いいか? 見てろよ? これは……」
しかしノワールはこちらに背を向けると店を出ていこうとするではないか。
「晩御飯の買い物です。 マスターと違って遊んでばかりもいられませんので」
それだけ言い置くと、止める間もなく行ってしまった。
まったく。最近あいつはどうにも冷たい。
まぁ、店の業績を思えば残念ながら当然なのかもしれないが……。
それにしたって少し前まではもっと愛らしかったのに。
「あ、あの!」
そうそう。こんなふうに声からしてもっと可愛げがあったもんだよ。
「す、すいませぇん!」
「お、おぅ?」
はっと我に返る。
いつの間に現れたのだろう。小さな女の子がカウンター越しにぴょんぴょんと飛び跳ねているではないか。
「あぁ、いらっしゃいませ」
ぐるりとカウンターの外側へ回る。子供。ノワールより小さい。ってことはまた近所のガキが遊びに来たのかな?
「悪いがノワールなら今いないぞ」
「いえいえ。そうではなくてですね」
おぉ! こいつはもしかして久しぶりの客か? ノワールのあの凍りつくような視線も和らぎそうだぜ!
「観光案内をお願いしたいのです!」
「帰れ!」
腐ってもここは人形工房だ。いや決して腐ってはないが!
何が悲しくて子供の観光案内なぞしなきゃならないんだ。
「そ、そんなぁ……もう他に頼める人が居ないのです……時間もないのですよ?」
見る見る女の子はその大きな瞳に涙をためていく。やめろよそういうの……。
「ぐぅ……あぁもう! わかったよ! やるよ!」
こういうところなんだろうな。成長してないってノワールが言うのは……。
「しかし見ない顔だな?」
トテトテと後ろから付いてくる女の子を見遣る。
淡い紅色の髪に……確か和服とか言ったか? 東方の民族衣装である。目立つ身なりだ。一度見れば忘れはすまい。
「あ、私はサクラですよ」
名前も東方のモノだ。なるほど、もしかしたら町内会長さんのお孫さんとかか?
「俺は──」
「ネロさん、ですよね。知ってますよぉ。ずっと近くで見てたので!」
町内会の会合とかで会ったのかもしれない。さっぱり覚えていないが。
「さて。観光案内って言ったか? どうするよ?」
適当に歩きだしたものの、当てがあるわけではない。
ここバンボラの街は各地から人形師が集まる人形の街だ。珍妙なアレコレには事欠かないが、観光と言われると少し困る。
「ふえ? あ、はい。ワタシはどこでも構いませんです!」
答えながらもサクラはキョロキョロと辺りを見回しては、目を輝かせている。よほど田舎から出てきたのだろうか?
「なら適当にその辺ぶらついてみるか?」
「はいっ!」
「ふあぁ……すごいです!」
市場が軒を連ねる大通り。俺には馴染みの場所だ。当然、今さらなんの感慨もない。
「ネロさん大変です! このお菓子おいひぃですよ!」
……はずだが、サクラの天真爛漫な反応を伴うと見慣れた景色もガラリと印象を変える。
「ノワールもこの半分くらい愛想があればなぁ……」
「ノワール、さん? あぁ、あの黒いお姉さんですよね!」
お姉さんときたか。確かにサクラの年格好からすればそうなのだろう。何か新鮮だ。
「えぇっと……あ、ちょっと来てください!」
少し辺りを見回すと、サクラは俺の手を引いて走り出す。
宝飾の露店商だ。女の子が好みそうな品々が並べられている。
「これですよ。これがいいです。どうですか?」
白い花をかたどった髪留めを指差す。
「いいんじゃないか。お前に似合いそうだ」
「私じゃないですよ。ノワールお姉さんにプレゼントするのです。そうすればきっと、お姉さんは笑ってくれるのです!」
さっきの愛想云々の愚痴で気を遣わせてしまったか……。
まったく、子供にそんな心配されるとは不覚の極みだ。
「よしよし。じゃあサクラにもこの白いのを一つ買ってやろう」
「本当ですか! ありがとうです!」
失地回復、になっただろうか?
「うひゃん!」
露店商を後にしてしばらく。不意に後ろから短い悲鳴が聞こえてきた。
引ったくりだ。上半身裸に派手な入れ墨。如何にもか風体の男が脇を駆け抜ける。
「た、大変ですよ! 髪留めが──」
サクラが声を上げるより先に身体が動く。
即座に追いかけ背に手を伸ばす。その瞬間。
ぶおおっ!
「っ!」
横合いからの強烈な風圧。なす統べなく吹き飛ばされてしまった。
「ぎゃはははっ! あばよ!」
あらかじめそこに隠しておいたのだろ。引ったくりは大型扇風機を備えた人形に飛び乗のると、そのまま逃げ去る。
「だ、大丈夫ですかネロさん!」
無様に噴水に頭から突っ込む俺のもとへ、サクラが駆け寄ってきた。
転んだときに擦りむいたのだろう。手に血が滲んでいるではないか。
「あの野郎……許さん!」
ザブザブと水から上がるや懐から黒い箱を取り出す。ノワールに見せようとしたシロモノだ。
「それは……?」
「俺の新発明だ。失くしたものを探せるってスグレモノでな。絶対逃がさねぇ!」
箱に魔力を通す。すると表面に光の点がひとつ浮かび上がってきた。
「よし。北の方角だな。落ちるなよ!」
「え? おち? うひゃぁん!」
サクラを所謂お姫様抱っこの形で抱えると、そのまま跳躍した。身体強化の魔術をフルで乗せたジャンプは、ひとっ飛びで二階建ての建物も飛び越す。
「すごい! 飛んでますよ!」
何度も屋根を飛び移り光点──引ったくり野郎を追う。
逃走用の人形だけあって相当な速度だ。しかし上から追うこちらの方が断然速い。ぐんぐんと距離が詰まる。
「追いついたぞ!」
「ひっ! な、なんで!?」
ごしゃっ!
飛び降りた勢いのまま引ったくり犯を踏み潰す。なんかいい音がしたが、死んではいないだろ。多分。
「今日は楽しかったですよ!」
意外に大した怪我をしなかった引ったくりを憲兵に引き渡すと、何だかんだで日が傾き始めていた。
「本当にここでよかったのか?」
家まで送ると言ったのだが、サクラは俺の店まででいいと譲らないのだ。
「いいのですよ。……桜も随分散ってしまったことですし……」
「桜? あぁ。確かにな」
昼は満開だったが、すっかり花が散ってしまっている。舞い散る花びらがまるで雪のようにヒラヒラと周囲に降り注ぐ。
「本当に楽しかったのです。これで思い残すことはないのですよ!」
「なんだ大袈裟に。またいつでも付き合ってやる……」
サクラに向き合った俺は思わず声を失ってしまった。
透けている。サクラの小さな身体が、ゆっくりと消えていくではないか。
「また来年、ですよ。そうだ。ノワールおねえちゃんによろしくです!」
微笑みながらそう言うと、とうとうサクラは完全に雲散霧消してしまった。
白い花の髪留めだけを残して……。
「マスター? どうしたんですか、桜を見つめたりして……?」
茫然自失の俺に、耳慣れた声が掛けられる。ノワールだ。買い物帰りなのだろう。ネギの刺さった袋を提げている。
「あの、出掛けに言いすぎました。申し訳ありません」
こいつが謝るなんて珍しいこともあったもんだ。
いや。違うな。そうではない。
「俺の方こそ悪かったよ。もうちょい、商売に本腰をいれるさ」
鳩が豆鉄砲を食らった顔、とはこういうことだろう。ノワールは目を丸くして固まる。
そんな彼女に大股で近付くと、そっと髪留めを付けてやる。
サクラが選んでくれた黒い花の髪留めだ。
「こいつは日頃の感謝の気持ちだ」
「もう! マスターはまた無駄遣いですか! さっきの申し訳ありませんを返してください!」
ぷくっと頬を膨らませると、ノワールは一気に捲し立てる。
裏目にでたか。昨日までの俺ならそんな後悔をしていただろう。
しかし今は、ノワールの口元に微かに浮かぶ笑みを見逃さない。
「少しは成長できたかな?」
そんな独り言に応じるように、一片の桜が舞い降りてきた。
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