第8話 始動

「……戯れが過ぎるぞ、アーデルハイド」


「いや、ごめんごめん。ぼくもまさか、ここまで驚かれるとは思わなかったんだよ」


 ユースウェインの言葉に、アーデルハイドが頬を掻く。

 アーデルハイドの悪い癖だ。この女は無駄に悪戯好きで、そして同様に、自身の外見が人間に対して恐怖を与えるということもしっかり分かっている。

 だからこそ、少しアリスをからかってみたのだろう。

 その結果、こうしてユースウェインの主にして、ここに集う四人の人外を束ねる王であるアリスは、気を失っていた。

 さすがにそのまま倒れては危ない、とミナリアがその背を受け止めたけれど。


「今のはあなたが悪いわよ、アディ」


「レティまで随分な言い分だよ。はいはい、ぼくが悪かったよ。それで、ユース。これからどうするんだい?」


 降参、とばかりに両手を挙げるアーデルハイド。

 そして、その眼差しと共に言葉を振られるのは、ユースウェインだ。


「ふむ……ひとまずは主の存念を伺って、それから行動するつもりだったのだがな」


「そんなにぼくを睨むなよ、興奮するじゃないか」


「黙れ変態。まぁ、アリス様は気を失っておられる。となれば、基本的な方針を決めるのは参謀の仕事だ。ミナリア、我らはこれからどうすれば良い」


「んー?」


 アリスをあばら家に寝かしているミナリアに、そう声をかける。

 そして、ミナリアは腕を組んだ。


「まずはねー……情報を集めるべきかな」


「どういうことだ?」


「ウチら何も知らないっしょ? この世界がどういう成り立ちで、どういう身分制になってて、どういう風に支配されているのか、とか。例えばこの国の支配体系が血脈なら、その時点でアウトだし。色々と情報は一応持ってきたけど、平行世界ならではの僅かな差があったりするんだよね」


「ふむ」


 ミナリアの言葉に、ユースウェインは頷く。だが実際のところはさっぱり分かっていない。

 騎士としての務めは、戦場で働くことと、主の身を守ることだ。だからこそ、こういった小難しいことはミナリアに任せればいい。


「つまり、情報収集から始めるってことかしら?」


「そういうことね。で、ここでウチらの問題が出てくるわけ。どいつもこいつも人外っていうね」


「むぅ……」


 情報を集めるには、人と接する必要がある。

 そして人と接して情報を集めるには、市井に混じる必要がある。


 ここに集まっている四人。

 白銀の鎧に身を包んだ、常人の二倍はあろう巨人。

 首から下が肉感のない骸骨の少女。

 腰から下が猟奇的な模様の蜘蛛で構成された美女。

 常人の三倍はあろうかという巨体に角を生やした女。


 どう考えても、市井に混じれる面々ではない。


「こん中で一番情報収集できそうなのは……アリスちゃんかなぁ」


「主にそのような務めをさせるわけにはいくまい」


「でも、わたしたちじゃどう考えても、情報収集する前に注目の的よね……」


 はぁ、と自分の、蜘蛛の下半身を見ながら嘆息するレティシア。

 現在、いるのは街道の外れ。人の往来もなく、今でこそ注目をされていない。だが、実際に市井の民が自分達の姿を見れば、恐れ慄くだろう。

 そして、それは情報収集という、影に徹するべき役割を考えると、明らかに向かない。


「んじゃ……次点で、アディ?」


「まぁ、そうなるかな。サイズ的には、ぼくが一番人間に近いからね」


「大きめの服を着て、手足を出さなければ大丈夫じゃないかしら? 誰かにぶつかったらバレるかもしれないけど。でも、ちょっとアディは……」


「……あまり、気は進まんな」


 乗り気のアーデルハイドと異なり、レティシアとユースウェインは渋面を作る。もっとも、ユースウェインは元より兜であるため、その表情は見えないが。

 そして、ユースウェインは乗り気になれない最大の理由は。


「……ごめんね、アディ。わたしも、友人のことを悪く言いたくはないのだけれど」


「いいさ、レティ。ぼくはきみの友人だ。友人の言葉ならば、忌憚のない言葉とて受け入れようじゃないか」


「あなた馬鹿なの」


「これは意外にも心にくるね! ぼく興奮してきたよ!」


 アーデルハイドは強い。

 恐らく一対一では、ユースウェインでも勝つことはできないだろう。無手であっても勝つことはできないだろうし、それが古代遺物アーティファクト第一位『焔腕』を用いられたら、もう絶対に勝てない。

 だが、それ以上に。


 アーデルハイドは馬鹿なのだ。


「はぁー……どうしよっかねー、ユース」


「そうだな……」


 ふむ、とユースウェインは顎に手をやる。八方塞がり、と呼ぶほどに不味い事態というわけではないが、指針が全くない、というのも困る。

 少なくとも移動をするにも、アリスが起きるのを待った方が良いだろう。現在のユースウェインたちには、土地勘の一つもないのだ。


「一応、方針としては二つあるんだけどね」


「あるのか!?」


 思わぬミナリアの言葉に、そう驚く。

 現在の動くことができない状況を、打破する方法があるとは。

 全く想像もできないミナリアの言葉に、やはり連れて来て良かった、と思ってしまう。もしもアーデルハイドとユースウェインだけだったら、動くことなどできなかっただろう。というより、アーデルハイドが勝手に暴走する未来しか思い浮かばない。


「一つはまぁ、普通。ウチらの見た目は、完全に人外っしょ?」


「そうだな」


 少なくとも、人のソレではない。

 だからこそ、市井に溶け込むことができない、というのも事実なのだ。


「だから、それを逆に利用する。旅芸人の一座みたいな感じに扮するのね。ウチはさすがにでっかすぎるし、気ぐるみ的なやつを着なきゃいけないけどね。ユースみたいに」


「……別に、俺はそういう意味で鎧を着ているわけではないが」


「わたしは大丈夫なの?」


「そこも、見世物としての扱いにすればいーよ。『さぁさ皆様ご覧あれ、世にもおかしな摩訶不思議、こんなものなどおりますまい。蜘蛛と人との融合体。死体や偽者、気ぐるみ鎧、そんなものではありません。生きた美少女と生きた蜘蛛、腰から上は妖艶美人、腰から下は禍々しい。一度ご覧になられましたら一生涯の話の種。奇妙な奇妙な見世物一座でござーい』とか言えばいいじゃん」


「……なんでそんなに上手いのよ、ミナリア」


 はぁ、と大きく溜息を吐くレティシア。

 さすがに自分が見世物になる、というのはあまり好ましくないだろう。


「ぼくはどうなるのかな?」


「アディは動く死体とか、そんな感じの見世物じゃないかしら?」


「大勢に見られるなんて緊張して皆殺しにしたくなっちゃうよ」


「裏方ね」


 あっさりとそうアーデルハイドの処遇をレティシアが決める。

 しかし、ミナリアは浮かない目で、そのままアリスを見やった。

 一つ目――それは恐らく、無理だろう、という思いを感じながら。


「でも、多分やめた方がいーね」


「何故だ?」


「ウチらは、アリスちゃんの下についてるわけ。つまり、アリスちゃんの仲間なわけね。んで、アリスちゃんとはちょっと話したけど、ものすっごーいいい子。もうね、ウチの汚さを感じちゃうからもうちょっと汚れて、って思うくらいに」


「……だから何を」


「そんな子がね、自分の仲間を見世物にしたいと思う?」


 ……。

 ユースウェインに、答えることはできない。

 恐らく効率としては、非常に良いだろう。見世物ということは、少なからず金銭を徴収することもできる。そして有名になれば、偉い立場にいる者にも近づけるかもしれない。そうすれば、権力の中枢に殴り込みを仕掛けることもできるのだ。

 だが、その代わりに。

 レティシアもユースウェインも、ミナリアもアーデルハイドも。

 笑い物にされ、小馬鹿にされ、嘲られるのだ。


「だから、ウチが提示するのは二つ目。一つ目よりも効率は悪いけど、こっちの方が確実かな」


「ふむ」


「ただし、あんまりこっちは気分が良いものじゃないよ。むしろ、救える相手を見捨てるに等しいから、アリスちゃんも乗り気にならないかもしれない。だけど、どうにかなるとは思うんだよね」


 名付けて、と。

 ミナリアは一本指を立て、それを天に翳し。


「――救世主作戦オペレーション・メシア

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