第四服 晴遷三坊(伍)
先方の見取絵図を見ながら道具の選定をし終えていても、勝手の道具も運び入れなければならない。忘れ物があってその
将軍の使う道具は将軍家が持ち出し、場合によっては、その中から下賜する物もでてくる。故に品物は保管箱の附属品――これを次第というが――にいたるまで完全に整えておかなければならない。欠けていては将軍家の面目を潰してしまうからだ。ふと千阿弥が茶入の次第を見ると、茶入の仕覆が一枚欠けているようだった。
「歳阿弥、この
道啓の手許には開けられた包がある。仕切られた箱の中に空きがあり、本来入っていたはずの
茶入は現代において縮緬の
茶入は、休めの仕覆――御物袋に入れられていた。仕覆とは、名物裂で仕立てられた
「おかしいですな。確かつがりが解れかかっていたはずで……」
「先日袋師にお預けになられました」
道奕の横にすっと入ってきたのは万阿弥であった。手には塗りの手箱を抱えている。万阿弥は歳阿弥道奕の妻の一族で、歳阿弥の弟子の中では筆頭であり、同朋十一家の一つである万阿弥家の養子となっていた。
「そうであった、そうであった。千阿弥さま、こちらは修繕に出しております。つがりがよろしくないと以前、相阿弥様が仰られておられたのですが、
「そうであったか。では、代わりのものを出しておいておくれ、万阿弥」
万阿弥が、体の向きを変えて頭を下げる。
「上様のお気に入りをお出しなさい」
万阿弥が了承の会釈を返した。親族であってもここでは他人行儀を崩さない。当り前だが難しい。それが性に合わず飛び出した者もいる。千阿弥は少しだけ自由を愛した弟を思った。
歳阿弥と万阿弥の様子に満足しつつ、道啓は忙しなく茶を点てに向かった。場末之衆が迎えに来ていたからだ。
「今度の上様も茶がお好きのようだ」
それは同朋衆の安泰を約束してくれる。義晴公には、戦や政争に巻き込まれず、長く在位されてほしいと願わずには居られなかった。文化とは平和な時代にこそ花開く。建武の新政以後、騒乱が断続的に続く室町の時代から更に激しい戦乱の世へとなった今、仮初めであったとしても、僅かな日々であったとしても、その倍の戦乱の日々に優ること何十倍であろうか。千阿弥は独り言ちながら、会所へと向かった。
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