第四服 晴遷三坊(弐)

せいさんぼううつ


 高国の手配で、同朋衆や御供衆、奉公衆らも多くが帰参していた。政務は伊勢備中守貞忠が政所執事を引き続き務めたため、滞りなく進み、整った組織によって催事も恙無く行われていた。


 若い義晴が親政しなければならないことは殆どなく、義晴はいわばお飾りの存在であった。重要なこと――特に軍事・人事関係は高国が最高権力者として判断して、政所が処理しており、将軍は追認するだけに過ぎない。この権力構造は後の細川氏綱・三好長慶らも踏襲するほど、合理であったといえた。政治家としては義父・政元に一歩及ばぬまでも、新たな仕組み創りにおける高国は政元よりもりきりょうが高いと解る。


 とはいえ、将軍は将軍である。催事の要であり、ましてや人の忠誠心というものはお飾りであっても、将軍に向けられる。居てくれねば困る存在なのだ。催事の席料や酒税・関税(通行料)は幕府の重要な収入源であり、特に式正能などは将軍の出席こそが大事である。幸い義晴は催事を厭わず、茶の湯や和歌、能に狂言、狩りや流鏑馬やぶさめ、そして宴などいずれも欠かさず顔を出し、中座することもなかった。芸事を好み愛護して政務を顧みなかった義政ほどではないが、これらを好んでいるように高国には思える。


 また、奉公衆などとの面会も拒む様子もなく、政務については真面目である。さらには派閥を作って高国と対立する様子もない。高国としては安心して支えられる良き将軍といえる。少なくとも義稙とのような緊迫した関係にはならなそうだと感じていた。


「上様におかれましては、我が家臣・細川右馬頭うまのかみやしき御成おなりくださいますこと、この高国、恐悦至極に存じまする」

「よい、高国。おもてを上げよ。そなたは我が後見ぞ。そなたが必要と思うことなら、同然のこと。それに、余も尹賢の邸を見てみたい」


 少年のまだ甲高い声が、大仰な高国の言葉に答える。高国に全幅の信頼を置いていると言わんばかりの喜色に包まれていた。一色鶴寿丸は、義晴の喜色に胸を撫で下ろし、高国が義晴の期待に応えてくれることを願いつつ、義晴の後ろに控えている。


 戦の中を転々とした義晴は、高国によってようやく安寧の日々を送れる様になった経緯いきさつがあるとはいえ、敵対陣営に身を置き、高国の腹心である尹賢ただかたに幾度も命を狙われていたというのに、この心の開き方はいささか不思議でもある。しかし、高国は、義晴から純粋な感謝の念を感じていた。それ故、こうして二日と空けずに拝謁している。


「御成の準備もお有りかと存じますので、それがしはこれにて失礼するといたしましょう」

「待て、高国。折角来たのだ、茶でもんで行くがよい。何、御成の支度なぞ、御供之衆らが整えよう。余は何もすることなど有りはせぬ。余などより高国の方こそ忙しかろうに、何かと世話を焼いてくれておる。一服如きで返せるとは思わぬが、礼の気持ちを表したい」


 ほぅ、と高国が小さく声に出した。


 義晴が、こうした気遣いをする少年であったことに驚いたのだ。義稙にはなかった気遣いである。高国との関係性を把握しながらも、立場の上下は忘れず、それでいて気配りを怠らない。これは、拾い物であったかもしれぬと、ほくそ笑んだ。


「そこまで仰っていただきましたら、断るわけには参りませぬな。頂戴仕りまする」

「うむ。千阿弥せんあみを呼べ」


 満足気に頷く義晴を見て、御末之衆が音もさせず御供之衆筆頭の千阿弥を呼びに行った。御座所から会所まで左程の距離はない。


 義晴の御座所の周りにはいくつかの会所がある。裏手には蔵もあり、義満の遺した北山御物や義政が遺した東山御物が収められていた。一部は財政難や戦費のため放出していたが、まだ多くが残っている。蔵毎に同朋衆の管轄が分かれているが唐物蔵が最も多く、中でも茶湯蔵が半数以上を占めていた。

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