第二服 同乳連枝(伍)

おなじうしてえだつらねる


 一頻り笑い合ったあと、与右衛門田中忠隆は身を正して三好之秀に相対した。畏まった姿に之秀も笑いを収めて真顔を見せる。


彦四郎三好之秀様、手前そろそろ身代を譲ろうかと思っておりました」

「ほう。与兵衛田中行隆殿にか」

「はい。そのつもりで準備も進めておりましたが、彦四郎三好之秀様のお話を聞さかさあさささささあかかあかかささああかあかさかかかさかかた?り、あと数年は先延ばしにしなければならないようでござりますな」


 にたり。

 与右衛門田中忠隆は掴んだという顔をした。

 調略には贈物が必要であり、堺と東讃の商人らには繋がっていた。そして、堺の塩は芸予諸島を通って来ており、塩飽しわく水軍や村上水軍との伝手もある。千屋とて納屋衆の端くれ、ここで大商いを捨てる手はなかった。


「そうしてくれるかの?」


 之秀は間髪を入れず答えた。


 その眼差しは真剣そのもの。それもそのはず、三好氏は細川讃州家内での発言力を落としている。先々代・三好筑前守之長か嫡子・修理大夫長秀が健在ならば、阿波衆も対立するようなことはしなかっただろうが、現在の讃州家に於いて三好への風当たりは厳しかった。味方は一族と寄騎の篠原氏らだけである。ほとんどの阿波衆は之長の強引な遣り口に反対で、それが之長敗死の原因でもあった。本来なら甥の長基を支えるべき次兄・三好越後入道宗安三好長当も嗣子・新五郎長久を失っては帰参することなく、高国陣営に付いたままだが、之秀とは連絡を取っている。


 だからこそ、長基を推戴する之秀は既存の遣り方に拘らなかった。商人と強く結びつこうというのも、その現れである。戦には金が要るのだから、商人を蔑むことなくともに栄えればよいのだ。そして、今は当主を取り巻く側仕えの層を厚くすることである。力ある若者を集めねば、三好家の飛躍の時に人が居らぬとなりかねない。さらには、長基を守れねば意味がなかった。


 長基とて若いが、三好は今、赤子の当主を戴く訳にはいかない。故に長秀の遺児は之秀が引き取り、養育している。ゆくゆくは長基に許しを得て一家を立てさせてやろうと思っていた。子のない之秀の跡を継がせても良いやも知れぬ。長秀が之長に従って上洛した永正六年西暦1509年六月には、まだ懐妊の気配すらなかった。産まれたのは翌年三月であり、男子が生まれるかどうかも分からぬのでは、待ちようもない。


「勿論でございますとも。彦四郎三好之秀様とご当代様三好長基が再起する手助け、身代が傾かぬ限りさせていただきましょう」

「恩に着る」


 今度は之秀が頭を下げた。


 之長もそうだったが、三好の者は商人を見下さず、対等に付き合ってくれる。これは与右衛門田中忠隆にとって嬉しいことだった。


彦四郎三好之秀様、頭を上げてくだされ」

「儂の頭で済むものなら、いくらでも下げようほどに、な」


 長基の頭は下げさせぬつもりなのであろう。与右衛門田中忠隆とてそこを求める気はなかった。過ぎたるは猶及ばざるが如しである。


「お顔をお上げくだされ。千屋は武家に頭を下げさせるなどと評判になっては困りまする故」

「これは失敬、そうなってはおおごとよな」


 再び二人は笑い合い、与右衛門田中忠隆は下女を呼んで酒の支度を命じる。


「これは助かる。新五兄上三好長当は風流で茶を好むが、儂はよう好かん。ささに限ろうて」


 生粋の武人でありながら、連歌や所にも通じる之秀であったが、抹茶は苦手であった。その割には甘い物に目がなく、唐物菓子である「グイファガオ」というきんもくせいを用いた琥珀糖を好んでいる。


 当然ではあるが、今も高坏に盛られて之秀の前に出されていた。与右衛門田中忠隆の妻の実家である斗々屋では唐人の料理人を雇っていて珍しい菓子などを作らせている。之秀が来ると分かっていれば桂花糕などを作らせるのは難しくなかった。


「では、酒が入る前に又甥の顔でも見てくるかの」

「今時分は孫と一緒に寝ているかも知れませぬが」


 寝顔だけでも、と之秀が立ち上がると、与右衛門田中忠隆が先導して母屋に案内し始めた。穏やかな五月の一日が過ぎ去ろうとしていた。

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