惨劇

 恐ろしい夢を見た気がして、目を開ける。全身に汗をかいていた。足を動かすと冷えた部分に当たり思わず引っ込める。


 ゴウゴウと低い唸り声がする。かと思いきや、エアコンの稼働音だった。それに混じって、スルスルと違う音が聞こえた気がした。


 僕は慣れた目を凝らし、正面を見つめる。小さく体を曲げるようにして横になった野口さんがいた。


 いつの間にか眠ってしまったらしい。まどろみにもう一度身を任せようとしたとき、ピクピクと鼻が反応した。


(なんだ、このにおい?)

 すえたような、不快なかおりがした気がする。もう二、三回鼻をびくつかせると、濃厚な鉄臭さが鼻腔を突き抜け、思わず嗚咽しそうになった。


(あ、あかり……)

 枕元に置いておいたリモコンを掴み、スイッチを押す。


 パッと明かりが点いた途端、


「うわあぁっ!」

 僕は思わず叫んでしまった。

「……なっ、何事じゃ!?」

 叫び声で目が覚めた三村さんが上体をあげる。


「ぅ……うん……どうされました?」

 眠気眼をこすって身を起こしたのは関口さんだ。寝ぐせで黒髪が滅茶苦茶だ。

「な、なんという……」

「そ、そんな……」


 二人の目が細められ、途端に口元を手で覆った。嗅覚と同時に視覚も刺激されたのだ。とても耐えられるものじゃない。


「……三雲くん?」

 僕の背後からモゾモゾと衣擦れの音がした。ぎこちなく首を回すと、野口さんが不思議そうな瞳でこちらを見ていた。


 ここをどいてはいけない。

 こんなものを彼女に見せるわけにはいかない。


「……なぁに? このにおい」

 しかし、隠し通せるはずもなかった。

 僕の横で眠っていたはずの野々宮さんが、頭から血を流して微動だにしないのだから。


  *


 野々宮さんは明らかに死んでいた。

 頭から夥しい血液が流れ出し、枕と布団を真っ赤に染めていた。瞳を閉じているのがせめてもの救いかもしれない。震える手で脈をとったけど、一分待っても脈動は感じなかった。僕は今一度勇気を振り絞り布団を被せようとした。が、血を吸って重くなった布団からポタリと赤い液体が滴り、思わず落としてしまった。もう触りたくない。


 代わりに僕の布団を野々宮さんの頭に被せる。それに血が染み込むのが怖くて、すぐに壁際に寄る。他のみんなも同様だった。


 正面の壁際――出入り口から見て右側――で三村さんと関口さんが肩を震わせている。僕と野口さんは互いの震えを共有できるくらい肩を寄せ合い、


「し、し、死んでる」

 と、端的に彼女に言った。「そ、そんな。どうして」と彼女はさらにカタカタと震え出した。

 目が合った関口さんに向かって首を振る。


「禍だ。禍がほんとうに。この村はほんとうに呪われている」

 途端、三村さんが天井を仰ぎ十字を切り出した。


 僕らが動けないでいると、部屋の外が騒がしくなった。ドンドンと乱雑なノック音が静寂を切り裂く。

「どうしましたっ!? みなさん無事ですかぁ?」

 吉村さんの声だ。


「ええい! こんな所いられるかぁ!」

 すると先程までの弱音はどこへやら、三村さんは立ち上がって出入り口に早歩きで近づく。ガチャガチャと手荒い音がして鍵が開く。


「――み、三村さんなのですか?」

 戸惑った吉村さんの声がして、


「殺人じゃ! 禍が起きたんじゃ! どけえ!」

 三村さんの怒号が響き渡った。

 部屋を出ていった三村さんに代わり、吉村さんが入ってきて、


「ま、マジかよ……」

 一通り見渡した後、赤く染まった布団を見つめ表情を歪めた。


「怪我はないか?」

 僕ら三人は一斉に頷いた。

 震える手でスマートフォンを点けると、午前三時四十五分を過ぎていた。


 禍はすでに通り過ぎた。

 凄惨な赤い華に包まれた死体を一つ残して。

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