禍の夜
シャワーを浴びたことでいくらかスッキリした。が、施設の寝間着に袖を通すとすぐに冷ややかな感覚に包まれる。この村で一夜を明かす実感が鉛のようにのしかかる。
全員が入浴を済ませ、大部屋に集まった。全員同じ寝間着姿なのが少し可笑しかった。野口さんは清楚な雰囲気が一段と増しより魅力的だ。
大部屋は施設一階にある。リビングダイニングルームから伸びる廊下の途中にあって、スタッフ用の休息部屋と向かいあっていた。休息部屋で三尾さん、矢野さん、吉村さんが休む予定だ。廊下は裏口に繋がっている。ちなみに二階の個室に置いておいた荷物は既に運び込まれている。こんな状況なのに気遣いを忘れない精神に感心してしまう。
時刻は二十二時になろうとしていた。
「学生ん頃の修学旅行を思い出すな」
野々宮さんが腕まくりをする。山間部は春とはいえまだまだ寒いためか、暖房が効いていた。体が冷えてきたタイミングなのでちょうど良かった。
全員で互いに監視し合う――衆人環視状況で休む部屋に、五枚布団が敷かれていた。
広さは二十畳ほど。全体で横長の長方形型のような部屋だ。部屋唯一の出入り口から見て、左側に三枚、右側に二枚布団が並んでいる。互いに足先を向け合う形で、枕は部屋の壁側に置かれていた。左の壁際に液晶テレビが設置されている。
正面と右側の壁近くには大きな棚が置かれ、上には雑多なものが乱雑に置かれていた。三尾さん曰く「あまり使わない部屋だから勘弁してくれい」とのこと。矢野さんも「ゴメンね~うち、背届かないんだよね」と言ってにへらっと笑った。棚の前に間隔を置いて、僕らの荷物がきれいに置かれていた。
この部屋で一夜を明かす。不吉な紙を置いた犯人とともに。もちろん、三尾さんたちの中の誰かかもしれない。けれど三人も一室で夜を明かす。衆人環視状況には変わらない。
何事も起きず、無事朝日を拝めればいい。
禍なんてとうの昔の出来事で、現代に影響を及ぼすはずがない。
僕は部屋の中で呆然と立ち尽くす野口さんを見つめる。彼女は僕の視線に気づかず、ただ畳の一点を見つめていた。
彼女だけはなんとしてでも――。
僕はグッと握り拳をつくった。
*
「三村さん、枕硬いの用意しておきましたからね」
「ふんっ」
吉村さんの気遣いを気にもせず、三村さんは自分の荷物をもって壁際に寄った。ガサゴソと整理する音がやけに大きく響く。
シャワーに入る前に吉村さんから聞いたけど、三村さんはよく村を訪れる常連さんらしい。以前にも宿泊したことがあり、何度か案内したことがあるという。こんな常連、願い下げな気もするけど吉村さんは「本性知れてよかったよ」と作り笑いを浮かべていた。彼以外にも厄介な客を相手にしてきたのだろう。懐が広く奉仕精神あふれる吉村さんに感服してしまった。
「他の方も、硬いのありますんで」
と、まるで施設スタッフのように吉村さんは言った。仕事を取られた矢野さんは頬を膨らませている。
「あの、ボクも硬い派なのですが硬さをみてもいいですか?」
「もちろん」
吉村さんは向かいの休憩部屋に関口さんを連れて行った。枕のストックは向かいにあるらしい。やがて枕を手にした関口さんが戻ってくる。
「さて、では店じまいだな」
「はい。皆様、ごゆっくり~」
三尾さんと矢野さんが関口さんと入れ違いに部屋を後にする。二人の背後に会釈する吉村さんがみえた。
出入り口の扉が閉まる。
鍵をするか話し合った――三村さんはそっぽを向いていたけど――結果、することに決まった。女子一人で野口さんの心境が心配だったけど、彼女は気丈に頷いてみせた。
「その代わり、その、三雲くんが隣になってほしいな」
「えっ、なっ、うっ、うん!」
お安いご用さ――そう返せたらどんなに男前だったか。
「それがいい。一番信頼できるもんな!」
と言いながら、野々宮さんが肘で軽く小突いてくる。途端に頬が熱くなった。関口さんも「うらやましいです」とリラックスした表情で頷いてくれた。
「おい若いもんら。わたしはここで寝るからな」
三村さんはというと、出入り口からみて右側の一番遠い布団に既に陣取っていた。そそくさと布団を被り、「常夜灯は嫌いなんだ。真っ暗にしなさいよ」と言って黙ってしまう。
「しかし肝っ玉据わったじいさんだよな」
野々宮さんが小声で言い、全員が小さく頷いた。数分雑談を交わし、僕らはそれぞれの布団に潜り込んだ。出入り口に立って見渡すと、こんな配置になった。
①
④
②
⑤
③
□
□:出入り口
①野々宮 ②三雲 ③野口 ④三村 ⑤関口
僕はリモコンを操作し、部屋の電気を消した。
目が慣れていないので真っ暗だ。スマートフォンをつけると二十二時三十分を少し過ぎた頃だった。しばらくすると朧げに周囲が見え、横で布団にはいる野口さんがみえる。こちらに顔を向けていた。
必ず守ってみせる。そのためなら一睡もできなくたって構わない。
しかし僕の思いとは裏腹に、体は正直だった。
全身が重い。布団のぬくもりにいつの間にか、僕の意識は溶けていた。
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