焼き鳥がないと帰れない
花見川港
焼き鳥がないと帰れない
一般的な帰宅時間より少し後にズラし、だいぶ人の流れが落ち着いた頃の駅を出る。すぐ目の前にあるコンビニで焼き鳥を買う。セール中でいつもより安く済んだ。皮、ももを塩とタレで二袋に分けて貰う。
この辺りには坂道が多く、どの経路でも家に向かうまでに下りて上がる必要がある。細道も多く、いくつも十字路があった。家までは真っ直ぐ進むだけなので、本来なら自分にとってはあまり意味のない道だ。
住宅地の裏道を歩き、一つ目の十字路。人の気配はなく、辻の真ん中を照らす街灯がちかちかと点滅している。周りは、とても都会とは思えないほど暗い。
歩きながらタレ皮を引き抜き、右に放る。もぞりと闇が動いて、右側の道にある街灯の光が見えるようになった。道路には何も落ちていない。
次の十字路では、塩ももを取り出し、前を見たまま後ろを放る。首筋を生暖かい風が撫でた。
次は左に塩皮を放ると、急に現れたバイクが左から右へ通過して行く。
次は右に、次は左。後ろ、右、右、左。
登り坂を越え、家まであと一歩手前の最後の十字路。
「あ」
タレじゃない。
最後の一本は塩ももだった。袋を逆さにしても油っぽいタレが滴るのみ。
これはいけない。
街灯が一つも点いていない目の前の景色がぐわんぐわんと揺らぐ。空が歪み、道が
右道に走って逃げた。駅前のとは違う種類のコンビニに駆け込む。
「タレもも下さい!」
コンビニを出て、試しにさっきとは別の道で前に進もうとしたが、やはり目の前の道が膨らんで立ち塞がった。
ぱかりと開いた大口に焼き鳥を放り込む。大口は串ごとぱくり。もぞもぞと咀嚼して、飲み込んだ。
沈むように膨らみが消えると、前の道の街灯の光がようやく見えるようになる。
やっと帰れる。
余った塩ももを一口齧ってから、家で温めてからにすればよかったと後悔する。
十字路の端に転がる白いパンプスを見つけた。串は食べるのに、靴は嫌いらしい。
焼き鳥がないと帰れない 花見川港 @hanamigawaminato
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