第百四話 空は胡桃を助けてみる②

 空は胡桃を抱えて跳躍。

 再び時雨から距離を取った後、胡桃へと言う。


「それでこれ、どういう状況? なんで時雨があんなことに――」


「あたしの、せい」


 と、震えた身体で言ってくるのは胡桃だ。

 彼女は視線を地面へ向けたまま、空へと続けて言ってくる。


「あたしが弱いのに……怪人と戦おうとして……怖くて戦えなくて、時雨が助けてくれたのに……言うこときかないで、あたしが、あたしがあの時……引き返したから……っ!」


 と、胡桃はそこで何かに気が付いたに違いない。

 彼女は身体をピクンと震わせた後、空へと言葉を続ける。


「なんで、なんでここに居るのよ! あたしを助けに来たって……あたしにそんな価値ないんだから! 時雨はあたしが死んでも助けるから……あんたは早く逃げ――」


「価値とかそんな問題じゃないよ」


 空はとりあえずそう言う。

 けれど、これ以上胡桃と何か言いあっても意味はないに違いない。


(胡桃、だいぶ自分を責めて落ち込んでるな。確かに胡桃が悪いところもあるけど、頭から全部悪いわけじゃない)


 理由はなんにせよ、胡桃は怪人という悪と戦おうとした。

 時雨が助けに来た後も、胡桃が逃げずに引き返した理由――それも彼女の中で決して引けないものだったに違いない。


 今回はそれが全て裏目に出てしまっただけだ。

 もしうまく行っていれば、被害を出さずに怪人を撃破できたかもしれない。

 もしうまく行っていれば、時雨と協力して怪人を倒せたかもしれない。


 それにそもそも悪いのは怪人だ。

 それだけは、後に何が起きても絶対に変わらない。


「空……逃げて、お願い! もうあたしのせいで誰も嫌な目に遭って欲しくない……今更都合がいいかもだけど、時雨だけは絶対にあたしが――」


 と、言ってくる胡桃。

 空はそんな彼女の言葉にかぶせる様に言う。


「昔、僕の父さんはとある怪人と対峙した時、姉妹の片方しか助けられなかったんだ」


「っ……それ、って」


「もう片方の女の子は怪人に攫われてしまったらしい。父さんはずっとその事を後悔していた……あの時はああするのが最善だったけど、他に出来ることがあったんじゃって」


 だから、空は決めているのだ。

 かつてヒーローだった空の父。

 そんな父が空にくれた大切な名前――それに相応しい男になると。


「胡桃、僕の夢は父さんみたいなヒーローになることなんだ。それで、父さんが出来なかったことをやり遂げる。その怪人を倒して、攫われた女の子を助ける」


 と、空は胡桃をおろし、手で制し下がらせる。

 そして、そのまま彼女へ言うのだった。


「だから、僕は絶対に後悔するようなことはしたくない。手が届く範囲なら全員を助けたい……綺麗事だとしても、僕は絶対に逃げない」

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