第七十四話 空と英雄②

「あなた……は?」


「下がっていろ、小僧。貴様では力不足だ……勇敢なのは結構だが、まだ死にたくはないだろう?」


 と、言ってくるのは二十前半くらいの女性である。


 ミディアムロングの黒髪に、猛獣のような黄金の瞳。

 ゆったりとした黒のフード付きジャケットの様な服に、それと同色のズボン。

 武器を一切持っていないことから、冒険者の様には見えない。


 むしろ、印象としては遊び人が一番近いように思える。

 と、空がそんな彼女を見ていると。


「貴様……傷だらけではないか。どれ……魔法 『アークヒール』」


 女性が空に手を翳し、そう言った瞬間。

 なんと、空の身体の怪我が完治――痛みも全て消え去ったのだ。


「っ……魔法を使った、このダンジョンで!? あなたは、いったい?」


「妙な制約が働いているようだが、俺には関係ない。まぁそれよりも、この俺の顔を知らないだと? 面白い」


 と、女性は空の胸倉を掴んでくる。

そして、彼女はそのまま空を入り口付近へ投げ飛ばすと言ってくる。


「覚えておけ、俺の名はアルハザード……この世界の頂点だ」


「っ……アルハザードって、英雄? 唯一のレベル6の」


「はっ……ようやく気が付いたか、愚か者が。まぁ気が付いたのなら、これからは敬意を込めてアルハザードさんとでも呼ぶのだな」


 と、アルハザードは肩越しにいやらしい笑みを浮かべてくる。

 けれど、空はそれに対し何かを感じるより先に、それに気がついてしまう。


「前! スケルトンキングが!」


 完全に回復したスケルトンキング。

 それがアルハザード目がけ、剣を振り下ろそうとしていたのである。

 だが。


「せっかくだ、小僧。この俺の力を見せてやる……せいぜい追いつきたいと励むことだ」


 と、アルハザードはスケルトンキングの攻撃を防いでいた。

 その手で振り下ろされた剣を、容易そうに掴むことによって。


(っ……あの剣、掴まれてから微塵も動いてない。それに抜き身の剣を掴んでいるのに、あの人の手は血一つ流していない)


 あれがレベル6。

 スケルトンキングなど意にしない力。

 空がいつか目指すべき英雄――本物のヒーロー。


「小僧、得物は剣なのだろう? 特意な剣技を言ってみるといい」


 と、言ってくるアルハザード。

 空はそんな彼女に対し言う。


「剣技『一閃』……ですけど。戦っている時にこんな話している暇が――」


「今日の俺は気分がいい。見込みのある貴様に教えてやろう……これが本物の」


 と、アルハザードはスケルトンキングの胴に蹴りを放つ。

 そして、彼女はスケルトンキングと距離を取った後に言う。


「剣技……」


アルハザードは抜刀の構えを取る。

 もう一度言うが、彼女は何の武器も持っていない――今も無刀だ。

 それでも。


「『一閃』!」


 直後、巻き起こったのは閃光。

 巻き起こる暴風。


 もはやスケルトンキングを倒す倒さないの領域ではない。

 そんなものはアルハザードが手を振り切る前に、消し飛んでしまっている—ダンジョンの階層もろとも。


「どうだ、小僧! この俺は凄いだろう?」


 ニカっと、いい笑顔を向けてくるアルハザード。

 彼女の頭上からは、空が数日ぶりに見る日の光が差し込んでいた。

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